ノーベル賞は「平成の遺産」になってしまうのか?令和の科学技術が進むべき道

11人の賞受賞者からの警鐘

 科学技術にとって平成の30年はどんな時代だったのか。少なくとも平成の終盤は悲観的な声が多かった。日本の論文数の停滞と中国の台頭など、地位低下が定量的に示されことがきっかけだ。調査の数字がマインドを冷やし、次の調査の数字を悪化させている。日刊工業新聞は平成の後期に11人のノーベル賞受賞者にインタビューした。彼らの言葉から令和の科学技術を探る。

                     

科学技術立国へ


小林氏「反対の道だ」/梶田氏「何か示して」
 「国は科学技術立国を目指すといいつつ、反対の道を歩んでいる」(小林誠高エネルギー加速器研究機構特別栄誉教授)。「少なくとも科学技術立国には向かっていない。日本はどんな国を目指すのか。もし科学技術でないなら、何かを示してほしい」(梶田隆章東京大学教授)。科学技術を代表する受賞者たちが厳しい声を上げた。これは現場の声にも表れている。

 文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)による研究者の意識調査では、基礎研究への認識が16年から18年にかけて急速に悪化した。日本の基礎研究から国際的に突出した成果が生み出されているか聞いた設問は、36%の研究者が評価を下げ、上げた研究者は8%に留まった。基礎研究の多様性が確保されているか聞いた設問では、29%が下げ、上げたのは7%だった。差し引き研究者の2―3割が認識を悪化させた。

スーパーカミオカンデの水槽内部

 理由には「役に立つ研究や成果がすぐに見える短期的研究に偏ってきている」「目の前の研究費獲得が最大の目標となっている」といった意見が挙げられた。研究の自由度が減り、知的探究心をもとに進める学術研究が苦しい状況にある。

基礎か応用か


野依氏「二元論は不毛」/山中氏「競合はしない」
 この批判の矛先にあるのが大型プロジェクトだ。政府主導で社会課題の解決に向けた開発が進む。NISTEP調査では「選択と集中が過度になっている」と指摘された。ただ“多様性”と“選択と集中”は矛盾しない。二つを繰り返すことで研究テーマの新陳代謝が進み、長期的に研究の多様性が増す。「大学は基礎、応用は企業が担うべきだ」という意見に、科学技術振興機構研究開発戦略センターの野依良治センター長は「基礎か応用かという二元論は不毛だ」と断じる。京都大学の山中伸弥教授も「基礎と応用は競合するものではない」と強調する。


大隅氏「『役に立つ』追及の弊害」
 社会課題などに役に立つ研究も学術研究を圧迫する。東京工業大学の大隅良典栄誉教授は「医学に役に立たない生物学は存在しないことになっている。科学が長年『役に立つ』ことを求められてきた弊害が現れている」と指摘する。成果を役に立つとこじつける論文が増え、学術研究の評価が下がっている。

 お役立ち論文の前には、“新しい”とこじつける論文が量産されていた。わずかな差で新しいと主張する論文があふれ、研究の評価軸が壊れた。その反動で“役に立つ”ことが求められ、その実績として産学連携が推進された。しかし“役に立つ”という評価軸もどれが本物かわからなくなり始めている。

 結局、研究者への評価を論文の数や被引用数などの客観指標に頼る。大隅教授は「視野の狭い研究者ほど客観指標に依存する。研究者は科学全体を見渡す力を培わないと駄目になる」と指摘する。評価軸が形骸化し、評価を客観指標に依存して本質を見失う。学術界全体が大企業病にかかっているかのようだ。

予算配分への不満


江崎氏「マテリアルに投資を」/天野氏「産学で組織的に対抗」
 この状況で予算配分への不満がくすぶっている。NISTEP調査で研究資金の配分機関が役割を果たしているか聞いた設問では28%が評価を下げ、上げたのは10%。学術研究にも濃淡がある。例えば宇宙研究では小惑星探査チームが水酸化マグネシウムを“水”とし、小惑星での水酸基含有鉱物の発見を、地球上の水の起源に迫れる成果と宣伝する。だが論文では水酸基含有鉱物を“水”とは書いていない。起源解明においては傍証の位置づけだ。素粒子研究では国際リニアコライダー(ILC)の推進派はILCで宇宙がつくれると宣伝するが、それはすぐに消えると小さく説明が入る。

青色発光ダイオード=JST提供

 茨城県科学技術振興財団の江崎玲於奈理事長は「ノーベル賞の分野で競争力につなげるならマテリアルやヘルスケアに投資すべきだ」と強調する。宇宙も素粒子も国内の予算の議論よりも先に海外で国際共同プロジェクトを約束する分野だ。必ずしも実用研究と学術研究の対立ではなく、学術研究の中でフェアに投資配分されているか疑う声がある。ビッグサイエンスなどの研究者と官僚が二人三脚で予算をとりにいく分野と、人文社会科学や数理などの研究者と官僚が分断された分野では差があった。ただ人工知能(AI)や自動運転の開発に数理は必須で、社会実装には人文社会科学の知見が欠かせなくなった。

田中氏「日本の良さ生きず」/大村氏「連携ではなく依存」
 この打開策として大学と企業の組織同士での産学連携が進められている。名古屋大学の天野浩教授は中国の台頭を念頭に「大学と産業界が組織的に対抗すべきだ」と説明する。島津製作所の田中耕一シニアフェローは「日本の良さを生かし切れていない部分があり、改善すれば世界と戦える」という。組織同士の連携で共同研究が大型化すると、その間接経費が大学本部の収入になり、基礎や学術研究へ配分できる。ただ北里大学の大村智特別栄誉教授は「資金源として国が頼れなくなったから企業に頼るというのは、連携でなく依存だ」と指摘する。

白川氏「好奇心が社会支える」/中村氏「自分で生き抜く術を」
 令和になっても確かなものは教育と人材だ。白川英樹筑波大学名誉教授は研究者が社会に科学を伝える重要性を説いてきた。「一人ひとりの好奇心と教養が社会を支え、研究者はこの社会に支えられている」という。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授は「工学系を目指す若者は、まず日本から出ることだ。学術界も産業界も沈んでいく国に留まり、それでも支援を求めて国にすがりつく日本の大学研究者にどんな未来があると思うか。若者には自分の脚で立ち、生き抜く術を身につけてほしい」と語る。
小野薬品工業のオプジーボ

(文=小寺貴之)

日刊工業新聞2019年4月30日

小寺 貴之

小寺 貴之
05月01日
この記事のファシリテーター

 ノーベル賞受賞者は一般の人にとって、科学に触れる窓のような役割を果たします。受賞者の発現から研究に打ち込む人々の人生に触れ、科学の現状を知ります。受賞研究の中身については世間話についていける程度でしょうか。ノーベル賞をあがめ奉るメディアがいうのも何ですが、ノーベル賞は科学の一部でしかありません。科学技術でいうと極一部です。受賞者が素晴らしい研究者であることは間違いありませんが、同じくらい凄い人は周りに10倍はいて、受賞者の研究や、その研究分野を支えています。そしてノーベル賞を奉る副作用もあります。近年は、わかりやすい実用例がある基礎研究が選ばれていて、18年物理学賞のパルスレーザーなら眼科手術、化学賞はファージディスプレーは新薬開発、17年化学賞のクライオ電顕も新薬開発と、医学生理学賞以外の賞も医学への貢献が評価されています。いつの間にか医学のための化学が大きく占めるようになりました。科技予算自体がわかりやすい出口を求めるようになったため、ノーベル賞のせいで偏ったとまではいえませんが、要因の一つではあると思います。

 その上で、科学技術を見ると、もう少し大学や国研が産業競争力に貢献しないと、30年後に基礎研究をやる余裕がなくなるのではないかと思います。いま基礎研究を絶やすことは誰も考えてません。基礎研究をしないと30年後のノーベル賞や応用研究、事業のタネが減るのはその通りだと思います。ですがこの30年間で産業が負ければ、または新しく勝つモデルをつくれなければ、学術研究は税金ではなく趣味や寄付でやってくれといわれかねないなと思います。こんな極論が出てこないように産業競争力への貢献はしっかり示していかないといけません。また極論が出てきても大丈夫なように、市民と一緒に研究し、科学を楽しむことも広げていくべきだと思います。昔は地道にファンを増やしたり、正しく研究への理解を広げるよりも、受賞者を前面に立てて政治活動する方が効率的ではありました。いろんな分野の研究者が受賞してからは、理学や工学、スモールサイエンスやビッグサイエンスの立場の違いが広く伝わるようになったと思います。学術研究の大型戦略予算はノーベル賞の範囲外の研究者を広く集めて配分を議論した方がいいです。受賞者から政治家に政策提案させて施策を進めるのは、どうなのだろうと思います。

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arai keisuke
arai keisuke
05月03日
>もう少し大学や国研が産業競争力に貢献しないと、

日本に産業競争力がないのは大学の貢献が足りないからでない。日本の場合技術力や学問的な知識はあるが、既存の技術で消費者に画期的だと思わせる商品を生み出す独創性が企業に不足している。こういった物は大学の貢献でどうこうできるものではない。また大企業の保守的な経営方針やどこぞの団体の既得権益を守る体質、日本の法整備の遅さなどが新しい物を作る事の妨げになっていて、そちらの方が原因でしょう。
  

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