日本には「右脳」領域に蓄積あり、豊かな街づくりに生かす

醍醐ビル社長・田中常雅氏が語る

 人間の脳は左脳が言語や計算などデジタルで論理的な思考を担当、右脳が図形の認識やイメージの記憶、直感・ひらめきなど全体的な情報処理を受け持つ。左脳と右脳がバランス良く働くことで人間の記憶力、創造力や判断力が最大に生かされる。

 人間を取り巻く環境にも「科学と文化」「技術と芸術」や「機能と感性」など「左脳と右脳」に似た特性が内在する。しかし産業革命以来、物を効率よく大量に作る技術と利益を追求する資本主義経済が原動力となり、右脳に比べて左脳の領域が発達した。近年のデジタル技術の革新でこの傾向は加速する。

 ところが、経済の高度成長が終わり成熟期を迎えると、国内総生産(GDP)が必ずしも豊かさの指標でなくなるなど、経済価値が先行する左脳の領域の価値観に限界が出ている。

 そこで、未来社会では左脳と右脳の領域のバランスを取り戻し、産業や資本主義経済を適切なかたちに補正することが求められる。その挑戦こそ、先進国の役割となる。

 幸いにも日本には右脳の領域に蓄積がある。さらに、絵画、彫刻、伝統芸能、日本食など伝統文化を包括し、インスタレーション、パフォーマンス、デザイン(グラフィック、インダストリアル、ファッション、インテリア、建築、都市計画など)、文学、漫画・アニメ、写真、映像、音楽など総合的に拡大している。

 その魅力は漫画・アニメなど限られたコンテンツだけでなく、そこに出てくる日本の文化そのものを「クール」と捉えて興味を持ち、共感する外国人に教えられる。

いかに創造的人材育むか


 私の活動の領域である街づくりも、経済価値や安全・安心、利便性などの都市機能といった左脳の領域で語られることが多い。

 しかし、都市の質はハードではなく人々の価値観やライフスタイルにあり、いかに創造的な人材が集まるかが国際都市間の競争となる。都市機能に加えて感性やカルチャーマインドが重要で、芸術や文化に接する環境づくりが大切になる。

 そんな思いから、1992年に、東京都大田区に特定非営利活動法人「大田まちづくり芸術支援協会」を設立した。生活に身近なところで一流の芸術に触れることや、街の中に感動と共感のシーンを演出する活動をしている。

 野菜に囲まれた大田市場での「イチコン」、全日本空輸(ANA)の格納庫での「エアコン」など街のさまざまな場所での大規模なコンサートは記憶に残る。洗足池に完成した三連太鼓橋が舞台のしの笛の会「春宵の響」は、春の宵に幽玄なシーンを作り出し今も続く。

 02年に実施した「田園調布パブリックガーデンフェア」は、公園を文化拠点として活用する社会実験で10万人の来客を記録する手応えがあった。

 07―10年の「多摩川アートライン」は、東急多摩川線7駅を中心にした現代アートの街づくり。駅舎全域に描いた天井画など大掛かりなアート製作、ワークショップ、ダンスパフォーマンスや電車を貸し切っての演劇など、街が一流のアートと出会う場となった。

 08年と09年にグッドデザイン賞を、街づくりと地域ネットワークによるメセナ活動を同じ文脈で語ることが評価されて09年にはメセナアワード2009を受賞した。

 社会実験は観光協会やさまざまなエリア活動につながった。14年にはボランティアでデザイン監修に携わった道路改修が完成し、「さかさ川通りおいしい道計画(現蒲田東口おいしい道計画)」として特区制度で「エリアマネジメントに係る道路法の特例」の認定を受け、道路を活用した街づくりを試行している。

 右脳の領域での街づくり、特に公共スペースでの展開は、規制が厳しく前例がない、財源を確保する仕組みがないなど課題は多い。しかし、文化・芸術やアーティストたちとの交流には社会や生活を豊かにする力がある。街がもっとすてきになる可能性を実感する。

 すべて経済の尺度で捉えるのではなく、経済の尺度で測れない価値の素晴らしさが、これからの街づくりや経済活動を先に導くのではないだろうか。(次回から執筆陣が代わります)

【略歴】たなか・つねまさ 74年(昭49)慶大工卒。81年醍醐ビル入社、96年から現職。不動産・建設業、NPOの活動を通じて地域づくりを推進。東京商工会議所(東商)副会頭、日本商工会議所/東商税制委員長。税制調査会特別委員。67歳。


田中常雅氏

日刊工業新聞2019年3月25日

  

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