三菱自動車”終わりと始まり“の一週間

米国生産の撤退と東南アジア市場の深耕。グローバルの「集中と選択」は次のフェーズへ

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左は相川社長。右上は新型パジェロスポーツ、右下はタイのテストコース
 三菱自動車にとって先週は”終わりと始まり“が凝縮していた。7月27日に米国生産撤退を発表した一方、1日にタイ・バンコクでスポーツ多目的車(SUV)最高峰の「パジェロスポーツ」を初公開。一連の報道発表を終えた相川哲郎社長は「生産面での『集中と選択』は米国が最後。次はプラットホーム(車台)が課題だ」と今後の方向を示した。つまり車種改廃や車台共有などで1車台あたりの生産を増やし、稼げる体制を構築する。東南アジアの事業基盤の強化も進み、集中と選択は次の段階へ入る。

パジェロスポーツ「個性の強いブランド」への試金石


 「豪州とオランダ、米国。この3工場は(2005年度からの)再生計画を始めた時から課題として残っていた」と相川社長は振り返る。00年以降の一連のリコール隠し騒動の間に一時は同社の経営を支援していたダイムラークライスラー(当時)に手を引かれ、04年にトラック・バスの株式を譲渡。三菱商事出身の益子修現会長のもと、三菱グループが支援して再建の道を進めた。

 車種では「ミニカ」など、生産では08年に豪州、12年に1ユーロでの欧子会社売却を決めて欧州から撤退。一方、軽自動車で日産自動車と提携するなど新しいビジネスをつくり、14年3月に三菱グループ3社の持つ優先株を処理した。その中で米国生産は車種を絞って生き残りを図ったが、3分の1を占めるロシア向け輸出の急減で撤退が決まった。悔しさもあるが、一区切りがついた。

 ただ、同じ米州で生産していない軽・小型車のスズキやダイハツ工業と違い、SUVと電動車が中心の三菱自は米国に背を向けられない。「米ではグローバル車種をしっかり売る」(相川社長)と話し、同市場に必要なC・Dセグメントのセダンの調達先も「継続して探す」(同)。

 そこで急がれるのが、ブランドの再構築と輸出を含めた東南アジアの基盤強化だ。現行の為替水準で北米への輸出に問題ないとはいえ、円高に振れた場合にはマイナスの影響をまともに受ける。個性の強いブランドをつくり、車種構成・生産技術で逆風時に耐えられる体制が必要になる。現在も同社の販売はSUVやピックアップトラックなどが約6割を占め、得意とするが、他社に対してずばぬけた印象はない。

 パジェロスポーツは課題である『個性の強いブランド』への試金石となる。日本ではなじみがないが、ピックアップトラックをベースにし、悪路でもどこでも走る意味でも最高峰のSUVだからだ。1車台あたりの生産を増やす上でも「トライトン」と車台を共有する同車の出来が、経営に与えるインパクトは大きい。

 展示販売会を兼ねたタイのモーターショーで発表した戦略も奏功し、初日のパジェロスポーツの受注は大成功に終わった。今後はSUVでは新型RVRや新型パジェロを投入、電動車ではPHEVの車種拡大が続く予定で、同時並行で車台を集約する。次の一手が注目される。

日刊工業新聞2015年08月06日/07日 自動車面

COMMENT

明豊
執行役員 DX担当
デジタルメディア局長

10年来の課題が世界戦略車がない。アウトランダーではまだ役者不足。一本柱ができれば、米国工場もここまで迷走することはなかった。開発畑の相川社長時代に渾身のクルマを。

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