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“外れ者”から日本人初の快挙、IEEE会長に選ばれた男が語るロボ研究

福田敏男・名城大学教授インタビュー
“外れ者”から日本人初の快挙、IEEE会長に選ばれた男が語るロボ研究

福田敏男・名城大学教授

 米電気電子学会(IEEE)の会長に福田敏男名城大学教授が日本人として初めて選ばれた。米国以外からの選出は二人目。2019年は次期会長、20年に会長に就任する。IEEEは42万人の会員を抱え、196の専門誌を発行し、1800以上の国際学会などを開催、160カ国のリーダーと連携して139の技術標準規格を策定するグローバル組織だ。そのIEEEが会員構成やビジネスモデルを大きく転換している。福田次期会長はアジアでの会員拡大を担う。会長就任への抱負と世界動向について聞いた。

 -IEEEの現状は。
 「先進国はどの学会も会員を減らしていて、世界的に学術界は縮小傾向にある。例外は中国などの新興国だ。IEEEは米国の会員は43%。欧州が20%で、日本を含むアジアが30%。IEEEは先進国の縮小を中国の成長で補ってきた。会員数トップ5は米国、インド、中国、カナダ、日本だ。だがアジアに対して有効な施策を打てていなかった。米国のコミュニティーの中でも東海岸の伝統的なスタイルと西海岸の開放的なスタイルが混在している。だがアジアはその両方の型にはまらないところがある。例えば米国では新しい会議体を作る際に動議をかける。強く問題を訴えて、議論に人を巻き込んでいく。これは少なくとも日本人にはなじまない」

 -会長就任に向けてどんな準備を進めていますか。
 「私のミッションはアジア会員の拡大だ。アジアの研究者の声を集め、IEEEの中でプレゼンスを発揮しやすいよう環境を整える。将来は42万人の会員を倍増させ、100万人にしたい。そのために地域に小さなコミュニティーをいくつも作っていきたい。車で気軽に集まれるような地域コミュニティーだ。ワイワイ議論して新しいアイデアを出していく。博士号をとって10年以内の若手にとって刺激になるだろう。一つ一つは小さくても数を作って全体を大きくしたい」

 -日本の若者の間では内向き志向が強まっているようです。
 「日本の若手は、どんどん世界に出て行ってほしい。日本国内は学術界も産業界も縮小して基盤が揺らいでいるため、足元のことばかりを考えてしまっている。いまの職を守るため内向きになり、留学すると国内で次のポストがなくなると気にする。ならば次を作ればいい。新しいことに挑戦する価値観をもってほしい」

 「私自身は若い人間に自由にチャンスを与えてくれるIEEEの雰囲気が気に入り30年も居着いてしまった。例えば私が米エール大学に留学した当時は、発展途上国からの留学生は米国で必ず成功する覚悟で来ていた。本国に帰る場所がないからだ。日本は帰国すれば食べていくことはできる。現在は中国も帰る場所ができた。だが当時は、新天地で必死に勉強して新しいモノを提案し、自分で場所を作っていった。世界はそれを求めている」

 -IEEEの中でもロボット研究者は常にフロンティアを歩いてきましたね。
 「重電や通信など、クラシックな領域から会長を選ぶなら米国の研究者が選ばれるだろう。私はロボットの中でもバイオやナノ、マイクロを研究する〝外れ者〟だった。細胞や微生物を摘まんでハンドリングするマイクロマニピュレーターなどとして実用化したが、いまでもそれはロボットなのかと問われる。新しいモノはそういうものだ。88年に国際学会『IROS』を立ち上げたときも『ドン・キホーテになるつもりか』と言われたが、3700人が集まる世界最大級のロボット学会に育った。80年代は産業用ロボットの電動化が大きく進んだ時代だ。当時の研究は生産性に焦点を当てたものが多かった。そこにインテリジェンス(知能化)を提案した。我々の研究を世界に認めさせる目的で立ち上げ、広く認められた」

 -今後のロボット研究の方向性は。
 「〝より広く〟〝より深く〟がキーワードになる。〝より広く〟はサイバーフィジカルシステム(CPS)でITや人工知能(AI)との連携が進む。現実世界のロボットと仮想空間のAIが統合され、IoT(モノのインターネット)のように、ロボットや家電、車、インフラなど、あらゆるモノが広くつながっていく。〝より深く〟は生体の中や細胞の中で働くロボット技術だ。サイボーグや分子ロボティクスなど、これから5年、10年、20年をかけて開拓していく領域になる。核酸やたんぱく質などの生体分子を使って演算回路を組み、センサーとして利用し状況に応じて働かせる。現在は何年かけたら完成するのかもわからない。だから研究する価値がある」

 -学際領域は人を育てるのが大変です。研究者が新領域に出る足がかりは。
 「バイオや医学と連携し、学んでいく必要がある。IEEEとしては教育事業をテコ入れするつもりだ。〝IEEEユニバーシティ〟を提案しており、オンラインの学習カリキュラムを再構築する。これは若手研究者に限らず、高校生やリタイアした人でも学べる環境を提供したい。分野ごとにレベルに応じた学習コースを作る。地域コミュニティーの立ち上げとの相乗効果も望める」

 -投資が必要です。
 「私の使命は日本企業との連携拡大になる。昔は新入社員として入社すると、1年半ほど研修する時代もあった。いまでは即戦力を求められ、新人研修の期間はどんどん短くなっている。日本も会社が人を育てて、守ってくれる時代は終わり、自分で学ぶしかなくなった。いまの若手はロボットやAIが作業を自動化していく時代に、どんな仕事に付加価値が残るか、いかに機械に作れない価値を創るか考えていかないと生き残れない。IEEEではそれを支える環境を作りたい。私はそのための資金を捻出しなければならない。企業の声を集め、どんな形で連携できるか模索している」

 -学術界にはオープン化・無償化の波が来ています。学会や学術誌のビジネスモデルも曲がり角にあります。
 「米コーネル大学図書館のプレプリント投稿サイト『アーカイブ』など、他の研究者に検証される前の論文がネットに大量にアップされ、みながそれを読んで研究を進めている。おかげで研究は加速した。将来は、個人が自分のホームページ(HP)に論文をアップするような状況になるかもしれない。ただ、これではどの論文を読んだら良いのかわからない。また論文が多すぎて読み切れない。やはり査読で他の研究者に評価されることは大切だ。そして学術誌はオープンアクセスが広がっている。査読システムを支える資金を読者から頂くか、投稿者から頂くか。読むのを無料にするなら、投稿者から頂く形になる。読者が増えて論文の引用率が上がり、投稿者にとっても利点がある。学術誌のビジネスモデルが大きく変わる」

 -IEEEへの影響は。
 「IEEEは国際学会や標準規格などの、研究者と技術者のコミュニティーがあるから何とかやっていける。だが今後、学術誌だけでは経営は厳しくなるだろう。そのための教育事業や地域コミュニティーでもある。反対に教育だけ、地域コミュニティーだけでも厳しい。日本で初めての日本人会長と喜んで頂けるのはありがたい。一方で、本当に重い責任がある。私は荒波にこぎ出すことになるが、10年後には、この嵐は学術界という大陸を壊しているかもしれない。いまかじ取りを間違えることは許されない。若者や女性、アジアの声を丁寧に集めていきたい」
(聞き手・小寺貴之)

【プロフィール】
福田敏男(ふくだ・としお) 71年(昭46)早大卒、77年東大院博士課程修了。同年通商産業省(現経済産業省)工業技術院機械技術研究所入所。82年東京理科大講師、83年助教授、89年名大教授、13年名城大教授、北京理工大教授、名大名誉教授。88年IEEEインテリジェント・ロボッツ・アンド・システムズ(IROS)学会を創設。98年IEEEロボティクス・オートメーション(RAS)学会の日本人初の会長。17年中国科学技術院の外国籍院士会員に選出。現在IEEEサイボーグアンドバイオニックシステムズ(CBS)技術委員会共同代表。富山県出身、70歳。
日刊工業新聞2019年1月11日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
学術界は論文や教育のオープン化・無償化の大波で、学術誌や学会が変革期にある。そのかじ取りを福田次期会長が担うことになった。日本の学術界にとってIEEE本部の生の議論を聞けるのは極めて有益だ。日本国内での議論に留まると縮小均衡の中での延命策しか出てこなかった。世界の成長を取り込むチャンスになるかもしれない。

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