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《ヤマハ編》ザ・インタビュー~「ボーカロイドの父」新たな挑戦(前編)

剣持秀紀ニューバリュー推進室室長「初音ミクが出た後からの出来事に立ち会えたのは技術者として幸せ」

自分の曲を作ってアップして、みんなで楽しみたいという隠れた“ウォンツ”があった


 ―これは「いける!」と確信したのはいつごろ?
 「そこはもう2007年にクリプトン・フューチャー・メディアさんからVOCALOID2を採用した『初音ミク』が出た時ですね。2004年の初代VOCALOID採用製品に比べても息の成分も改良され、女の子らしいカワイイ声で歌えるようになった。でもあんな形で流行するとは思っていませんでした。初音ミクを開発したクリプトンの伊藤(博之社長)さんや佐々木(渉氏=開発者)さんは別の答えを持っているかもしれないけど、私はやっぱりそこに隠れた“ウォンツ”があったと思うんです」

 「当時、ちょうどニコニコ動画というインフラが出てきていて、そこに自分の曲を作ってアップして、みんなで楽しめないか、というニーズが存在していたんじゃないかなと。だけど、なかなか自分の曲に歌を入れるのは難しい。そこにボーカロイドがはまったんだと思います。当時の作品は、今よりもはるかに小さいコミュニティーの中で楽しまれていましたが、温かい雰囲気がしっかり出来上がっていました。2007年後半からの出来事は、生涯忘れることができない。技術者としてあの瞬間に立ち会えたことは幸せです」

 音声を扱うのは文系と理系の中間。自分の感性に合っている

 ―剣持さんは長くオーケストラでバイオリンを演奏しています。ボーカロイドの開発に役立った面はありますか。
 「直接的には関係ないかなと。ただ、例えば平均律の周波数がどうなっているか、ビブラートがどうなっているかなど、音楽音響の基礎的なことは大学のオーケストラで先輩に教えられたり、自主的に勉強していたので分かっていましたから、間接的にはあるのかな、と思います。また、音楽は常に変化していることが大切で、時間的には一定ではダメということを感覚的に理解していたという点もあると思います」

 「人間の耳は常に音の変化するところを聞いています。時間的に変化しないと、音楽は死んでしまう。ボーカロイドの特徴は、まさに『変化する』ところにあって、声が変化する部分をなるべくそのままにして、伸ばし音の部分でうまくつじつまを合わせて合成している。バイオリンも変化する部分が大事なので、そこは共通していると思います」

 「それから、音声学というのは、科学的に色々とアプローチしていますが、実は文系的な要素もあるのです。例えば音素(音声学上のに最小単位)という用語。音素とは人間が思い込んでいる音、つまり人間が感覚的に捉えている単位に過ぎません。そういう意味で音声を扱うということは、文系と理系の中間に位置していると思っています。そういう部分は自分の感性に合っているんじゃないかと思います」

 ボーカロイドでしかできない表現もあり、新しい用途が出てくる

 ―これからボーカロイドがもっと人間に近づいていくのか、それとも独自の道に進んでいくのでしょうか。
 「私はもうボーカロイドの担当を外れたのであまり断定的なことは言えませんが、人間の声をとことん真似ていくという方向は続くんではないかと。一方でボーカロイドでしかできない表現もある。コンピューターグラフィックッス(CG)もそうだと思いますが、ある程度まで真似できていて、プロがみても分からないぐらいになってきている」

 「つい10年前はコンピューターで歌うと、いかにも不自然だった。今、ボーカロイドで私自身も『これ合成なの?』と思うことがあります。歴史的な必然の中で、歌を合成するという技術で新しい用途がいろいろと出てくるでしょうね」

 「一方で、昨年から『ボカロネット』というクラウドサービスで、ボカロデューサーという自動作曲機能を提供しています。これは歌詞だけ入れれば自動的に曲を作ってくれるサービスです。天気予報やニュースを常に歌っているインターネットラジオとか、ロボットが鼻歌を歌うとか、いろいろなアイデアを企業側が試してくれれば新しい世界が生まれてくると思います」
 <プロフィール>
 剣持秀紀(けんもち・ひでき)事業開発部ニューバリュー推進室室長
京大大学院工学研究科で電気電子工学を専攻、1993年ヤマハ入社。96年から出向先企業で音声合成の研究を始める。ヤマハに戻った後、2000年から研究チームのリーダーとして「VOCALOID(ボーカロイド)」の開発に本格的に取り組み、2007年にはVOCALOID2を発表。これを採用したクリプトン・フューチャー・メディアの初音ミクが大ヒット、バーチャル音楽の潮流を作った。今年1月から現職。高校生の時にバイオリンの演奏を始め、今の地元の市民オーケストラに参加し、多くのコンサートに出演している。1967年、静岡市清水区(旧清水市)生まれ。
 (ニュースイッチ編集部、取材協力=トーマツベンチャーサポート)
 ※後編は8月7日(金)に公開予定

※初音ミクは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社の製品・著作物です。

本田知行
本田知行 Honda Tomoyuki バカン
連載2回目はボーカロイドの父として知られているヤマハの剣持さんです。成功事例として多くのメディアに取り上げられているボーカロイドですが、実は開発開始は2000年。意外にも陽の目があたるまで時間が掛かっていました。実際、新規事業が立ち上がるまでには時間が掛かりますが、社内の理解が得られないのも事実です。ヤマハ社内ではどのような見方をされていたのか、その中ボーカロイドをどう立ち上げたのかをぜひ学んでいただければと思います。

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