“鶴岡シルク”が追求する絹織物の可能性

鶴岡織物工業協同組合、製糸過程で出る副産物「キビソ」を活用

 山形県鶴岡市を含む庄内地域は日本最北限の絹産地で、明治維新以降に始まった最も新しい産地として知られる。養蚕から絹織物の製品化まで一貫した工程が集約されている国内唯一の地域でもある。各地でそれぞれ伝統を持つ工芸品としても親しまれる絹織物。山形県は庄内地域の「鶴岡シルク」をふるさと工芸品の一つとして紹介している。鶴岡シルク(鶴岡市、大和匡輔社長、0235・29・1607)は、県境を越えた産地間の連携など、絹織物の新たな可能性を追求している。

 風合いの新しい絹素材「Kibiso(キビソ)」を用いて、鶴岡織物工業協同組合(鶴岡市)が2007年からデザイナーらとスクラムを組み、経済産業省の補助事業などを通じて、いち早くキビソ・プロジェクトを進めてきた。その中で、キビソ商品の企画・製造販売などを手がける鶴岡シルクが10年に発足した。大和社長は「絹産業が国内になくなれば、技術も消えてしまう」と産業としての鶴岡シルクの先行きを見つめている。

 キビソは製糸工程から産出される副産物で以前は産地で見向きもされなかった素材だった。蚕が繭を作るとき最初にはき出す糸で太くごわごわした材質のため製品化には利用が進んでいなかった。鶴岡でのキビソを用いた商品は帽子、ストール、スカーフなど多彩。最近は洋服への利用も進んでいるという。未来を見つめた取り組みとしては、産地間連携による鶴岡シルク製品の開発と販売に乗り出している。

 キビソと木綿や麻、ウール、タオル地、デニムなどお互いの素材や技術を融合させた国内織物産地の新たな連携が進む。桐生、倉敷、今治など「ウィン―ウィンな関係で産地間の協力が構築されつつある」(大和社長)。

 各産地との連携の中で、多くのデザイナーとの交流も増えてきた。需要開拓は全国の百貨店での企画展などを通じて鶴岡シルク製品のブランド化の浸透に力を注いでいる。

【メモ】明治維新以降に絹織物産地が形成された鶴岡。旧庄内藩士約3000人が現在の鶴岡市南東の地・松ケ岡地区を開墾したことが鶴岡シルクの始まりとなる。明治30年代には絹織物が成長産業となったが、1960年代後半から中国との競争など厳しい時代に入った。絹産業の再生が鶴岡シルクの担う使命でもある。新たなブランドの確立に向けて挑戦が続いている。


風合いの新たなシルク素材となるキビソ

日刊工業新聞2018年12月14日

  

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