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10月開催の国際ロボット競技会は“組み合わせ爆発”を加速する

ワールド・ロボット・サミット(WRS)実行委員長・佐藤知正東京大学名誉教授インタビュー
10月開催の国際ロボット競技会は“組み合わせ爆発”を加速する

WRS実行委員長(東京大学名誉教授)佐藤知正氏

 ロボットや人工知能(AI)技術は、ロボットビジョンやハンドリング、移動など、優れた要素技術がそろい、その組み合わせで多彩なアプリケーションが実現する“組み合わせ爆発”を起こそうとしている。10月に開催する国際ロボット競演会「ワールド・ロボット・サミット」(WRS)は技術と人材を集め、この流れを加速する機会だ。実行委員長の佐藤知正東京大学名誉教授に狙いを聞いた。

 -WRSを開く技術的な背景は。
 「良い要素技術がそろい、その組み合わせでさまざまな分野でロボットが開発されるステージにある。競技会でさまざまな技術やアイデア、人材を一堂に集めて競い、技術開発を加速させる。技術面では最近、常識が四つ覆った。反省を込めて挙げると、多機能なロボットは専用機に費用対効果で勝てないと考えていた。さらにシミュレーションなどでロボットの動きを決めるオフラインティーチングは使えない。ロボットビジョンは使えない。ユーザーごとに働きを変える、個別対応ロボットは実現不可能と考えていた」

 「だがすべて考えを改めた。自動車の生産ラインをみるとマスカスタマイゼーション(特注品の大量生産)が実現している。注文ごとに内装やオプションを組み替え、一つのラインに同じ車は3台ほどしか流れない。これを支えるのが多機能ロボだ。10-20台が並んで溶接、加工、組み立てと連動して自動車を造っている」

 「この規模のシステムを人間がコツコツとティーチングをするのは不可能だ。ティーチングしてもすぐ生産品が変わる。オフラインティーチングがものになったのだ。シミュレーションを駆使して車ごとに、新しくティーチングし直している。そしてロボットはバラ積みの部品を拾い上げる。これはロボットビジョンがものになったことが大きい。乱雑に積まれた部品を識別し、一つ一つラインに供給していく。結果として個別対応で自動車を生産するロボットシステムが実現している。現在は自動車メーカーの技術だが、さまざまな分野に広がっていくだろう。ユーザー一人一人に応じたサービスが提供されるようになる」

 -製造業の中でも自動車メーカーの技術は最高峰です。他の分野にも波及しますか。
 「ロボットをシステム構築するシステムインテグレーター(SI)の拡大がカギになる。自動車の例では大企業内部の生産技術部隊がSIの役割を果たしてきた。社内の技術者がロボットメーカーと協力して自社の現場にあうシステムを構築してきた。自動車産業では独立したSIが育ち、新工場の設計や生産ラインの構築を請け負っている。こうした企業が製造業全体に広がっている」

 「次は食品や化粧品、医薬品の三品産業がターゲットになる。深刻な人不足に悩んでおり、なかには17時以降は経営幹部がラインに並ぶほど困っている例もある。こうした企業が製造業の生産技術部門をリタイアした技術者を雇っている。ただ食品ラインの自動化を任されても、一人ではさすがに手が足りない。SIと組む必要があり、SI産業の育成が求められている背景だ。7月にFA・ロボットシステムインテグレータ協会(東京都港区)が設立され、140社が加盟したが、まだ足りない。もっと育てないといけない」

 -三品産業や中小企業は投資できる金額が小さいです。
 「SI協会を通して〝隠れSI〟が多いことに驚いた。例えば金属加工が本業で、生産ラインの治具を作っている会社が潜在的にSIの力をもっている。ラインの流れや人間の作業分析を重ねてロボットがハンドリングしやすい治具を設計している。軽作業の自動化を担える力がある。こうした、実は力のある中小企業が日本には多い」

 「新工場や新ラインの立ち上げでは数十億-数百億円の仕事になるが、中堅製造業のロボット導入は数千万円から数億円になる。さらに中小企業の予算は1000万円程度。300万円のロボットに600万円の周辺装置でシステムを構築する。この1億円以下の仕事が人不足で急増していている。隠れSIが応える事業領域になるだろう」

 「ソフトウエアハウスにも商機がある。システム構築には現場とハード、ソフトの力が必要だ。現場やハードの力が伸びているため、ソフトウエアハウスと連携して受注する案件が増えている。ソフトウエアハウスはコードを書くだけではなく、分業や統合、計画管理などのノウハウをもつ。システム構築の重要プレーヤーになるだろう。ロボットメーカーが集まるロボット工業会は設立から約40年で1兆円産業になった。SIはもっと速い。10-20年後には1兆円を超えるだろう」

 -WRSで競われるインフラ災害やサービスなどの非製造分野にも波及しますか。
 「私は製造業の大企業から中堅・中小、インフラ保守、介護現場までシームレスにつながっていると考える。製造業では1億円以下のシステム構築案件が広がる収穫期にある。次は1000万円程度の案件だ。SIが育ちビジネスが成立するようになれば、300万円程度のシステム構築が見えてくる。また介護や生活支援のロボット導入はビジネスモデルの開発競争でもある。ロボットだけでなく、IoT(モノのインターネット)家電や人間の手助けを含めて、サービスとしてデザインする。鉄道会社の沿線振興、デベロッパーによる地域づくりに期待している」

 「地域の隠れSIを探して困っている現場と引き合わせたり、地域でロボットを共同運用してユーザー一人一人の負担を減らしたりできる。市民一人一人にとってはロボットがほしいのではない。サービスが必要なのだ。ロボットもRaaS(ロボティクス・アズ・ア・サービス)として提供されることになるだろう」

 -プラットフォーム競争ですか。
 「今後、システム構築の採算ラインが下がり、サービスやビジネスモデルの重みが増していく。さらにAIのおかげでロボットを通して集めるデータの価値が増している。ロボットが担う作業だけでなく、収集したデータをAIで解析してサービス全体を高度化する。導入費用自体はロボットによる効率化分でまかない、データで付加価値を積み増すモデルが広がっていくだろう。RaaSモデルを構想するには幅広い分野の知見や連携が要る」

 「18年のWRSプレ大会は技術を競い、ロボットの働く姿を社会に示すことに重点を置いている。まず大会を順当に立ち上げ、世界から技術と人材を集めるためだ。20年の本大会を見据え、集まった技術や人材をいかにつなぐか。WRSを見に来た人たちを触発して、いかにビジネスモデルを生みだす場とするか挑戦していきたい」
日刊工業新聞2018年9月4日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
WRSは日本発のロボットエコシステム構築への挑戦だ。参加チームは競技会の順位以上に、WRSでどんなコンセプトを見せられるかが勝負だ。最下位でもビジネスモデルの要となる技術を見せつければパートナーやスポンサーが現れる。その技術を使って稼ぎたいSIは拡大している。

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