トヨタ自動車フェローが語る、ロボット技術に必要な二つのブレークスルー

ギル・プラット氏(ワールド・ロボット・サミット実行委員会諮問会議委員)インタビュー

ギル・プラット氏
 ロボットと自動運転は同質な二つの課題を抱える。第一は一つの機体が学習した結果を世界中の他の機体とシェアする技術基盤の構築だ。それぞれロボット業界では「クラウドロボティクス」、自動車業界では「コネクテッドカー」と表現される。第二はシステムへの信頼をユーザーと一緒に作っていく社会基盤の構築だ。ロボットも自動運転もデータを蓄積して学んでいく。この途中でミスもする。ミスを許容し、データをシェアするユーザーコミュニティーが必要だ。

 10月に開催するワールド・ロボット・サミット(WRS)では展示会としてロボットとの未来が提案される。同時に競技会ではミスを重ねつつ、成長していくロボットの姿が見られるだろう。未来のロボットユーザーにとって、その姿は頼もしく映るだろうか。WRSは新技術と社会をつなぐ触媒となれるだろうか。トヨタ自動車フェローでWRS実行委員会諮問会議の委員を務めるギル・プラット氏に聞いた。

 -自動運転がロボットや人工知能(AI)技術をけん引しています。自動車業界の投資額が大きいだけでなく、極めて高いレベルを要求するためです。画像認識の精度を引き上げ、システムとしての安全設計も洗練してきたように思います。先生がDARPAからトヨタに移り3年がたとうとしています。トヨタは移動支援系は自動運転やパーソナルモビリティなどロボットのほぼすべての技術をそろえようとしています。各分野の状況を俯瞰して改めて注力する分野は。
 「まずトヨタに来て、日本と米国、たくさんの技術者と議論する機会をもらった。とてもスマートでハードに働く人ばかりだ。技術全体を俯瞰して二つのブレークスルーが必要だと考える。一つはロボットのハードウエア。品質と耐久性、信頼性、そして経済性を兼ね備えた機体を作らねばならない。たくさんの人に届けるには量産してコストを下げる必要がある。大量生産までは時間がかかるだろう。だがトヨタ自動車が得意とする部分だ」

 「二つ目はロボットの脳に当たる部分だ。クラウドロボティクスを実現する必要がある。一つのロボットが学ぶと全体が学習するシステムを構築したい。技術としては分散学習と増分学習、転移学習が必要だ。世界中で無数のロボットが働いている。すべてのデータを一カ所に集めて学習するのは現実的ではない。分散学習で個々の機体がそれぞれ学習して、それを統合する必要がある。増分学習は段階的に能力を増やしていく仕組みだ。課題に対して有効な方法がわかれば機能として加える。そして転移学習でシステム全体に技術をシェアする。ロボットが互いに学び合い、能力を伸ばしていく。これはコネクテッドカーと同じ考えだ」

 -コンピューターのOSを作るよりも大きな仕事になるのでは。
 「社会にとって必要であり、また技術的にも可能だと考える。少子高齢化が進めばロボットに頼らざるをえない状況が増えていく。例えばロボットに食事を作ってもらうことを考えてほしい、当然のように毎回成功することが前提になる。ロボットにとって料理を作るのは非常に難しい課題だ。信頼性を高めるにはシステム全体で学習の成果を共有していく必要がある」

 「実現するには分散と増分、転移学習がカギになる。ロボットは時間をかけ何度もトライできる。そして成功したら無数のロボットの間でシェアできる。無数のロボットがさまざまなタスクに挑戦し、成功したら共有する。ロボットは生き物に比べ、時間と空間の制約がない。徐々に信頼性を高めていくだろう」

 -ユーザーはロボットたちのミスに耐えられますか。完成された製品に慣れてしまった消費者が許容しますか。米グーグルは乱雑に置かれた日用品を拾う動作の学習に58万回の試行を重ねました。
 「その懸念は正しい。最新の研究でも数十万回のトライアンドエラーを繰り返してデータを学習している。そこでシミュレーションの活用を進めている。実際に何度も失敗するのではなくシミュレーション上でデータを増幅し学習する。実際に失敗する数を大幅に減らせるだろう」

 -WRSは一般市民とロボットを結ぶ機会になります。競技会を通して技術の進化を支えるユーザーコミュニティーを育てることはできないでしょうか。例えばロボットに物事を教えることで学習用のデータを作るということは簡単に始められます。
 「WRSとして非常に面白いチャレンジになるだろう。ユーザーコミュニティーの育成は、すべてのテクノロジーとマーケットに共通する課題だ。WRSを通して方法論を確立できるかとても興味深い。実は学習用データの作成は難しい話しではない。ここでもシミュレーションが有効だ。VR(仮想現実)でシミュレーションの中に入り込んで、動きを確かめたり、VRを楽しむことを通してデータを作ることができる。数千の実験を実際にやるのは難しいが、シミュレーションの中なら可能だ。シミュレーションは人の力も増幅する」

 -WRSはモノづくりやサービス、インフラ災害など4部門で構成されます。現実世界で実機を動かす部門とバーチャル(仮想空間)でロボットを動かす部門を設けました。シミュレーションと実機の相乗効果が狙えますね。
 「WRSは4部門の、さまざまな側面から課題に挑戦するのが特徴だ。例えばモノづくり部門の産業用ロボットは高い生産性が求められる。トヨタは工場で多くのロボットを使っている。ここに明確な理念がある。そこで働く人たちの能力を増幅するためにロボットを使うというものだ。人間の仕事をロボットで置き換えることは目指していない。人がより安全に、効率良く、高い品質で仕事をするためにロボットを活用する。WRSでは多品種少量生産に向け、ロボットがより幅広い作業ができるようになるための課題を設けた」

 「サービス部門は生活の質(QOL)の向上が目標だ。人の仕事を置き換えるのではなく、一緒にチームメートのように活動できるロボットを求める。ロボットと人が連携する。これは自動運転と同じ課題を抱えている。連携するには人の動きや振る舞いをある程度予測できなければならない。自動運転の安全性を高めるには走行中に、周囲の歩行者や自転車などがどんな動きをするか予測する必要がある。これは家庭のロボットでも同じだ。連携して作業するには相手が次に何をするか予想する必要がある。ロボットのユーザーが健康でも、高齢でも、障がいを抱えていても等しく実現していきたい」

 「またチームメートと定義することでロボットへの過信を防ぎたい。現状、ロボットやAIは過大評価されている。ロボットにできる仕事であっても、人がすべき仕事がある。最も大事なのは最終的な判断は人がしなければならないという点だ。人とロボットがどう連携して、補い合う関係をつくるか。その上でユーザーエクスペリエンス(顧客体験)を高め、顧客満足につなげるか。我々も自動運転の技術をサービスロボットに応用できないかと模索している」

 -インフラ・災害部門は人がいない環境にロボットを投入し、遠隔操作が中心です。
 「DARPAで災害対応ロボットの競技会を開いた。これは2011年の福島原発事故にインスパイアされた。事故や災害の危険な環境には人は立ち入れない。だがロボットを進入させて状況を調査したり、バルブの開閉など緊急対応することが可能だ。遠隔操作といっても単純なラジコンにはならない。たくさんのセンサー情報やデータを統合して、シンプルに操縦者に伝える必要がある。ロボットが見ている状況をわかりやすく伝えるためだ。同時にロボットが作業する場合も操縦者が細かく操作するのは難しい。作業を半自動化して、シンプルな指示で複雑な仕事をする必要がある。非常に高度な連携が求められる。サービスロボットはコミュニケーションを通して人と連携する。インフラ災害ロボは遠隔操作という形で人と連携する」

 -ジュニア部門では19歳以下の中高生たちがロボット社会の未来像を作ります。
 「競技会では課題を達成するためにさまざまな技術が開発されるだろう。だが技術はその成果の極一部でしかない。最大の成果は人材だ。WRSはさまざまな世代の人材が世界から集まる。チーム同士で切磋琢磨し、ネットワークを築く。DARPAの競技会からは、たくさんの人材が育っていった。ベンチャーを率いる人材を何人も輩出できた。競技会は開発者コミュニティーを活性化してきた。WRSでは開発者コミュニティーと一般のユーザーコミュニティーをつなぐことが一つのチャレンジだ。WRSをロボットと社会をつなぎ、コミュニティーとして新技術を育てる触媒としたい。そのためにはユーザーエクスペリエンス(顧客体験)やロボットへの信頼とても重要になる」

 -社会からの信頼獲得は自動運転が先行しています。自動運転は業界を挙げてロードマップを描きました。レベル0から5まで自動化率や利用環境を定義しました。これは社会からの信頼を段階的に高めていく道筋を作ったといえます。
 「完全な自動運転の実現にはまだ時間がかかるだろう。トヨタとしては2020年に高速道路での自動運転を実用化する。ドライバーに運転状況を監視ししてもらいながら、システムが運転する。その後、一般道にも広げていく。足元ではブレーキ支援やレーンキープ支援、ドライバーが目を閉じていたらアラートを出して起こすなど、運転を支援する形で技術を進歩させていく。段階的に自動化と信頼を高めていく」

 -自動車も完成された製品を売るビジネスモデルから、サービスをユーザーとともに作っていく過渡期にあり、そのためにトリリオンマイル(1兆マイル)の信頼性を掲げました。一方でデータは誰のものになりますか。データや学習結果のシェアは実現すると思いますか。
 「極めて大きな問題だ。この問題は本当に難しいパラドックス(矛盾)を抱えている。まずトヨタが重視するのは安全だ。何よりもまず安全が優先される。これは自動車メーカーはみな同じ理念をもっていると思う。そして自動車事故を防ぎたいと考えるなら、1社が学んだことは他の会社ともシェアするべきだ。信頼性や安全性が向上するならば、データをシェアして学習し、より高いレベルを目指すこともありえる。一方で『データ・イズ・ニュー・オイル』(データは新しい資源)と言われる。他社との競争で優位に立つためにはデータを独占したほうがいい。このパラドックスを解く必要がある」

 -魔法のように解決する技術はないですか。
 「私は魔法は使えない。だが問題意識は業界全体で共有されている。そして議論は進んでいる。自動車メーカーやIT企業、当局などが集まり、コンセンサスを作ろうと協議している。どんな情報が重要で、どんな形で共有すべきか、ある程度固まってきた。そして企業の市場競争を妨げないよう、ドライバーの個人情報やプライバシーを守るよう、とても慎重に議論している。これは合意形成できると考えている」

 「課題は技術の進化が速く、各国の規制が追いつかない点だ。安全認証など、制度を作り、その運用が軌道に乗るまで時間がかかる。技術があれば十分なのではなく、それを審査する技術や人材、体制を整えていく必要がある。それでも私は楽観している。こうした新技術への規制対応が世界中の政府機関のトレンドになっているためだ。そして各国の規制をハーモナイズ(整合)させるよう国際的な協議が進んでいる」

 -自動運転は米国の不幸な事故を経て、グローバルなコンセンサス形成が進んだように思います。言い換えると自動運転という一つのタスクに対してこれだけ苦労しました。ロボットはいくつものタスクに対して、これを成さなければなりません。ロボットが社会から信頼を得るためのロードマップは描けるでしょうか。
 「描ける。我々はそこに挑戦しなければならない」

 

日刊工業新聞2018年9月26日を加筆

COMMENT

小寺貴之
編集局中小企業部
記者

ロボット同士を結ぶ技術基盤、ロボットとユーザーを結ぶ社会基盤。この二つの同時解決が本当に大きなビックチャレンジになっています。これには研究者や経営者、官僚、ユーザーの協力が欠かせません。非常に広範な協調が必要なため、日本でも世界的にも上手くいった例は少ないです。WRSは競技会を核にチャレンジします。一度きりのイベントでなく、PDCAを回してイノベーションの芽を育てる触媒にしないといけません。いまはビジネスを見せる展示会と技術を見せる競技会が中心ですが、ゆくゆくは各国の行政機関を集めて規制のハーモナイズもWRSのような場で、みなで試しながら更新していくことができれば理想だと思います。インフラ災害対応部門の標準性能評価法(STM)競技がそのひな型になるはずです。これは大国に振り回されがちな科学技術・中堅国の戦い方としては筋の良い戦略だと思います。

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