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【小山宙哉】「宇宙兄弟」で描く世界よりもテクノロジーの進歩は早い

「描ききれなかった思いやキャラクターの群像劇は別の形でいつか」
 日本人宇宙飛行士が活躍する人気マンガ「宇宙兄弟」。兄弟で宇宙という壮大な夢に挑む姿や、彼らを取り巻く人間模様が読者の心を捉え、現時点で累計発行部数2000万を超える。最新号の執筆を終えたばかりの作者、小山宙哉さんを訪ね作品に込めた思いを聞いた。

前澤さん、「いよいよそういう時代が来たか!」


 -くしくも、このインタビューの前日に、米国の宇宙開発ベンチャーSpaceX(スペースX)が2023年に実施する民間初の月周回旅行の乗客として日本人実業家の前澤友作さんが契約したとの発表がありました。このニュースをどんな思いで見ましたか。
 「すでに『宇宙兄弟』では、宇宙開発にまい進する民間企業が登場します。ちょうど昨日のニュースの前に書いていた原稿でも、前澤さんのような経営者をほうふつとさせるような場面を描いているところでしたので、『いよいよそういう時代が来たか!』という感じです」

 -物語は2025年を舞台に始まります。連載開始は2007年ですが、どんな未来が到来しているのか執筆時点で技術の進展を想像するのは難しくありませんでしたか。
 「作品が世に出て11年たちますが、僕が描く世界よりも実際のテクノロジーの進歩は早いというのが率直な印象です。例えば作品に登場するフロントガラスにナビゲーションシステムを映し出す技術はもう実用化されそうですし、さすがに空飛ぶクルマはまだないだろうと思っていましたが、現実味を増してきましたよね」

 -そもそも宇宙を題材にした作品に取り組まれることになったきっかけは。
 「担当編集者(現在はコルク代表の佐渡島庸平さん)が、向井万起男さんの著書『君について行こう』を読んだことが直接のきっかけです。僕自身もスキージャンプを描いた『ハルジャン』や『ジジジイ』といった過去の作品で、人が浮遊する姿を好んで描いていたことや、これまで無縁だった世界の人たちに取材できるのは楽しそうと思いました」
小山宙哉さんホームページから

ユニークなエピソード、随所に


 -宇宙を舞台にしたこれまでのSF作品は、想像もできないほど遠い未来や非現実的な世界を描くのが一般的という印象があります。一方、「宇宙兄弟」は、ごく普通の青年が宇宙飛行士という夢を実現するリアルな姿を通じて宇宙が身近に感じられるようになった-。そう感じる人も多いのではないでしょうか。
 「現実離れしている世界はSFの魅力ですが、僕が描きたかったのは宇宙開発に関わる人たちの人間ドラマ。それぞれの個性や背景を丁寧に表現したいと思いました。だから、すべてのキャラクターに思い入れがありますよ」

 -日本人初となる月面歩行者として歴史に名を刻んだ弟に続き、兄も宇宙飛行士となりさまざまなミッションに挑みます。描かれる世界のリアリティーと空想とのさじ加減はどのように。
 「作品としてのドキドキ感やエンターテインメント性を追求する上で、とっぴなアイデアや現実には無謀なストーリー展開は不可欠です。それに科学技術的な面から納得感を持たせる上で専門家のアドバイスを参考にしています。突っ込まれても、『まあこの程度なら実際にあり得るんじゃないか』というぎりぎりのところですね」

 -さまざまな関係者に取材を行うなかで印象的なエピソードは。
 「米国では宇宙飛行士の野口聡一さんにお会いしました。食事をともにする中で垣間見られた、野口さんのマルチタスクぶりは作品に反映されています」

 -作品に登場するJAXA(宇宙航空研究開発機構)の那須田理事長は、明らかに向井万起男さんがモデルですよね。
 「取材でお会いしたんですよ。宇宙のことや(妻の)千秋さんの話を聞きたくて。ところが話の半分以上はイチロー選手の話題でした(笑)。あまりにユニークな方だったので作品に登場させました」

 -主人公がJAXAの面接中、椅子のネジが緩んでいて集中できないシーンがありました。あれも実話?
 「いや、あれは別の大手企業の面接を受けた友人の話が面白かったので、毛利衛さんが仕組んだことにして作品に盛り込みました」

 -ところで、いま宇宙開発は転換点にあります。民間企業の参入も相次ぎ、新たなビジネスも生まれつつあります。宇宙に関わるプレーヤーが増えることは作品にどんな影響がありますか。
 「豊富な題材の中から何を描きたいのか、取捨選択する難しさはあります。今、描いているのは、日本からロケットを打ち上げる場面なのですが、それだけでも十分すぎるストーリーがある。描きたいことが山ほどあるのを、ぐっと我慢して、本筋に集中するといったところでしょうか。描ききれなかった僕なりの思いや主人公以外のキャラクターの群像劇は別の形でいつか表現したいなと思っています」

 -宇宙開発に携わる人からも「リアルだ」「よく分かっている」という声があるそうです。
 「日本の技術者の励みになるような場面は積極的に描きたいと思っています。国際宇宙ステーション(ISS)で作った難病の治療薬開発につながる実験サンプルを日本の回収カプセルで日本に持ち帰るといったシーンは、そんな思いで描きました」

 -まさにそれは、日本の宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機で実証実験を行います。
 「そうらしいですね。僕も最近、知りました」

宇宙を知ることで地球を知る


 -宇宙というテーマに出会ったことで、小山さん自身にはどんな変化がありましたか。
 「宇宙を知ることは地球を知ることだとあらためて感じています。単に、宇宙を探査して地球の起源を知るという意味だけではありません。宇宙飛行士は極寒の地や砂漠などさまざまな環境下で自然にまみれて訓練を重ねますが、そんな姿を作品に描きながら、宇宙という最も苛酷な環境に耐えうる素材や機器開発はこうして進み、その結果、科学技術が進展していくのだと思いをはせています」

 -作品はこの先、どう展開していくのですか。
 「物語は終章に向かっています。主人公が夢や目標をかなえる姿を、どう爽快に表現し完結させるか。これから考えていきます」
                    
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
この作品が宇宙を身近にした-。本当にそう思います。ストーリー展開もさることながら、それ以上に魅力的なのは個性的で人間味あふれるキャラクター。それは小山さん自身を投影したものだとインタビューを通じて感じました。

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