EV用電池開発に大貢献、産業発展へ中性子利用施設が欠かせない

新材料開発や創薬へ

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J―PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)実験ホール
 新材料開発や創薬など多くの分野で中性子が欠かせないツールとなりつつある。茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設「J―PARC」(ジェイパーク)はリチウムイオン電池の研究や高強度材料の開発などに大きく貢献。日本原子力研究開発機構の研究用原子炉「JRR―3」は運転再開に向け動き始めた。産業界や大学から利用の要望が多い中性子利用施設を両輪としてフル稼働することで日本の産業発展が期待される。

 中性子は原子の中心にある原子核を構成する粒子の一つ。電荷を持たず、透過性がきわめて高い。X線で観察が困難な水素やリチウムなどの軽い元素を観察できる。日本での中性子利用施設として産業利用できる施設はJRR―3と、原子力機構と高エネルギー加速器研究機構が共同運営するJ―PARCの「物質・生命科学実験施設」(MLF)の2施設だ。

 JRR―3とMLFは機能を補完する関係にある。ウラン燃料の核分裂連鎖反応を使い中性子の定常ビームを作るJRR―3に対し、MLFは光速近くまで加速した陽子を水銀標的に当て、水銀の原子核が破壊され内部から中性子が40ミリ秒ごとに飛び出す仕組みだ。

 「MLFでの観察が広い視野を捉える航空写真とすれば、JRR―3は局所を精密に望遠レンズで撮るイメージ」(原子力機構原子力科学研究所の武田全康物質科学研究センター長)で、効率的かつ高精度に観察するには両施設をうまく使い分ける必要がある。欧州連合(EU)や米国、中国などは両タイプの中性子利用施設を持ち、それらを連携させることで相乗効果を高めている。

 MLFの産業利用採用件数の約3割はリチウムイオン電池関連が占める。電気自動車(EV)の普及に向け開発が進む全固体リチウムイオン電池の研究にも貢献している。東京工業大学とトヨタ自動車はMLFの粉末中性子回折装置を使い、電流の出力を高められる電池材料を発見した。さらにたんぱく質中の水分子の動きを中性子で観察し、たんぱく質の機能を解明することで創薬につなげる研究も始まっている。

 MLFでは4月、利用運転の中性子ビーム出力を300キロワットから500キロワットに上げた。

 さらに1000キロワットの利用運転を目指し、標的容器の改良を進めている。高強度化すれば実験にかかる時間を短縮でき、より多くのユーザーに利用機会を提供できる。ニーズの多様化にあわせ、新たな測定手法の確立にも取り組む。

 2008年に稼働したMLFに先立ち、初の国産原子炉であるJRR―3も、大学の基礎研究の用途などの中性子源として多くの中性子ビーム実験や照射に使われてきた。産業利用はトラブルによる停止があった09年を除き、右肩上がりに増加。日産自動車が08年、中性子の透過性を生かし駆動中のエンジン内部の潤滑油挙動の可視化を発表するなど、多くの企業が中性子を使った新しい研究開発手法を取り入れ始めた。

 だが、11年の東日本大震災後に国の新規制基準対応のため稼働を停止。企業や大学は海外の中性子利用施設を使い実験せざるを得なくなった。中性子産業利用推進協議会(今井敬会長=新日鉄住金名誉会長)の林眞琴事務局長は、「JRR―3は世界で勝つための製品開発に不可欠で、できるだけ早く復旧してほしい」と訴える。

 原子力機構は18年中にも設置変更許可取得を見込み、20年秋の運転再開に向け19年度には耐震補強工事に着手する予定だ。

 今後、中性子利用はますます多様な分野に広がるとみられる。斉藤直人J―PARCセンター長は「これからニーズが増えるのはたんぱく質の機能解明などの生命科学分野。生体試料の観察には凍らせる場合が多いが、中性子を使えばそのままの状態で実験できる」と強調する。

 

日刊工業新聞2018年8月17日

COMMENT

現在の中性子の利用は自動車や化学、電機関連企業の利用が大半だが、医薬品や食品の業界の利用も増えてくるだろう。材料分野などでは、中性子利用施設は最先端の研究だけでなく、製品開発や評価の基盤となる。中性子産業利用推進協議会の林事務局長は、「施設の十分な稼働時間の確保に加え、ユーザーへのサポートの充実なども重要だ」と話し、中性子利用施設の環境整備を求めている。 (日刊工業新聞社・曽谷絵里子)

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