ケタ違いにAI人材が足りない!俄然、注目されるあのサークル
QCサークル。実践を通して人材を育てる
日本でケタ違いのAI人材育成が始まる。政府は人工知能(AI)時代に対応した人材の質と量が日本の将来を決定づけると考え、初等中等教育や大学、社会人など、あらゆる教育施策を動員してAI人材を育てる構えだ。おりしも日本のAI戦略は現場主義を取り入れはじめた。現場データに通じ、PDCA(計画・実行・評価・改善)を回して産業人材を育ててきた品質管理コミュニティーの重要性が増す。現場に根ざしたAI人材は育つのか。
「デジタル革命が急速に進展する中で、価値を生み出すデータや人材をめぐる熾烈(しれつ)な争奪戦が世界で繰り広げられている。このまま手をこまねいていてはならない」(安倍晋三首相)。
内閣府はAI人材を含むIT人材について、2020年に30万人、30年には60万人が不足すると試算する。そのためAIを開発する先端IT人材を年間2万―3万人、AIを活用する一般のIT人材を毎年15万人、現行施策に追加して育成することが急務だとしている。
ただデータ分析の訓練を受けた大学卒業者数は足元では年間約3000人にとどまる。追加施策として社会人の再教育によって年間2500人、外国人登用で年間500人の人材増を見込むものの、人材不足に応えられていない。
国は民間の教育訓練講座を国が認定してお墨付きを与えたり、情報処理推進機構の「ITパスポート試験」受験者を6倍に増やすなど、教育検定ビジネスの拡大を掲げる。ただ「テキストとテストがあれば人材が育つわけではない」と疑問視する声もある。
そもそもAI技術を開発する大学研究者や大手IT企業の技術者は、各機関の研究開発予算で実践を通して養成される。すでにAI技術の研究開発は官民で重点投資されており、課題は給与高騰などの人材獲得競争への対応などに移った。
「問題なのは30万人の一般IT人材」(内閣府)。現場でAI技術を使う人材は、現場と実践なしでは育てようがない。AI人材の問題の本質は育成の大規模化だ。従来とはケタ違いの規模の育成計画を実行しつつ、現場を持つコミュニティーが求められていた。
ここで注目されるのがQCサークル(小集団改善活動)をはじめとする品質管理(QC)コミュニティーだ。日本品質管理学会と日本科学技術連盟は、車の両輪のように“研究と実践”“理論と事例”を分担してそれぞれ推進してきた。
QCサークルは5万5000団体、50万9600人が活動する。製造業が中核だが、11%はサービス業。実践を通して人材を育てるシステムが構築されている。現場のデータに精通し、PDCAサイクルを回せるQC人材が中心となることで、AI技術の活用事例を積み上げ体系化し、新技術の普及をけん引する役割が求められる。
AI技術の開発においてもQCをユーザーとするメリットは大きい。「QC七つ道具」のように問題の発見から対策の絞り込みまで、問題解決のプロセスが明確化されている。このため、現場が意思決定できるようにAIの分析結果を表現しやすい。AIの判断がブラックボックスになってしまう問題を突破できる。
産業技術総合研究所人工知能研究センターの麻生英樹副研究センター長は、「使い慣れた意思決定プロセスに合わせてAI技術を提示していく方法は有効だ」と期待する。
QC学会や日科技連なら、AI技術をカイゼン活動の道具として成熟させ、中小企業への普及を加速できる。日本の自動車産業の現場力がロボット産業を育てたように、QCユーザーがAIを地に足のついた技術に育てると期待される。
―AI技術で品質管理は変わりますか。
「PDCAサイクルが格段に早くなる。今までは“評価(C)”に時間がかかっていたが、AIやIoT(モノのインターネット)によって効率化できる。そしてシミュレーションなどでサイバー(仮想)のPDCAを回してリアル(現実)のPDCAとつなげば、さらに加速できる」
「従来は数値的なデータに限られていたが、AI技術で画像や言語データを分析できるようになった。これでサービスの満足度を評価できるようになる。製造業のサービス化も、サービス現場での品質管理もサポートできる」
―QC学会でのAI研究の動向は。
「研究としてはまだ道半ばだ。研究会として統計的機械学習の手法の検証を進めている。解釈が難しく、有効なデータの特徴や利用場面を検討している。基本的な分析手法を『QC七つ道具』として教育普及してきたが、AI技術は新しい七つ道具になっていくだろう」
―研究や理論を担う学会の役割は。
「いずれすべての企業がAI技術を使うようになる。この事例を整理し、理論的なサポートをしていくのが学会だ。学会として人づくりや組織づくりをお手伝いしたい。まずは知識の共有から始め、人材育成やツールの開発、仕組みの標準化などを進める。中小企業はデータがあってもその使い方がわからないこともある。一つの企業ですべての技術や知見をそろえられる時代ではない。学会として共創の場を提供したい」
―QC活動でのAI技術の活用は。
「QCサークルとしては道半ばだ。各社のノウハウを簡単には開示できない。そもそもデータは財産だ。各社の競争力を守る形で事例や経験を共有する仕組みが必要だ。我々の悩みも人材不足だ。指導できる先生が少ない。ただ個々の企業は投資を進めている。トヨタでは大学と協力してデータサイエンティストの育成講座を開いており、トヨタグループで数千人の若手が手を上げた」
―大学だけで産業界の人材育成ニーズに応えられますか。
「育てた人材が指導役になり、次の人材を育てる好循環を作りたい。新技術は大企業だけが使えても意味がない。中小企業を含めたサプライチェーン全体で活用できなければ、そこがボトルネックになる。AIや解析をパッケージ化し、後はセンサーを取り付けるだけという段階まで成熟させる必要がある」
―AIのコストは。
「我々は知りたいことが明確だ。切削工具のガタを検出するために摩耗を見るか、摩擦熱を見るか、物理現象を理解してデータを集める。化学反応や接客フローの何が問題であり、どこで変化を捉えるか突き詰めてきた。だから最小限のコストで運用し、投資効果が出る。AIで検出精度が飛躍し、予測で不良が出る前に対策できるようになる」
「AIは道具であり、目的ではない。人を育てるのは現場と実践だ。日科技連が現場のニーズを吸い上げ、QC学会がシーズや方法論を開発する。この二人三脚で歩んでいく」
教育検定の拡大だけでは…品質管理・改善に活路
「デジタル革命が急速に進展する中で、価値を生み出すデータや人材をめぐる熾烈(しれつ)な争奪戦が世界で繰り広げられている。このまま手をこまねいていてはならない」(安倍晋三首相)。
内閣府はAI人材を含むIT人材について、2020年に30万人、30年には60万人が不足すると試算する。そのためAIを開発する先端IT人材を年間2万―3万人、AIを活用する一般のIT人材を毎年15万人、現行施策に追加して育成することが急務だとしている。
ただデータ分析の訓練を受けた大学卒業者数は足元では年間約3000人にとどまる。追加施策として社会人の再教育によって年間2500人、外国人登用で年間500人の人材増を見込むものの、人材不足に応えられていない。
国は民間の教育訓練講座を国が認定してお墨付きを与えたり、情報処理推進機構の「ITパスポート試験」受験者を6倍に増やすなど、教育検定ビジネスの拡大を掲げる。ただ「テキストとテストがあれば人材が育つわけではない」と疑問視する声もある。
そもそもAI技術を開発する大学研究者や大手IT企業の技術者は、各機関の研究開発予算で実践を通して養成される。すでにAI技術の研究開発は官民で重点投資されており、課題は給与高騰などの人材獲得競争への対応などに移った。
「問題なのは30万人の一般IT人材」(内閣府)。現場でAI技術を使う人材は、現場と実践なしでは育てようがない。AI人材の問題の本質は育成の大規模化だ。従来とはケタ違いの規模の育成計画を実行しつつ、現場を持つコミュニティーが求められていた。
ここで注目されるのがQCサークル(小集団改善活動)をはじめとする品質管理(QC)コミュニティーだ。日本品質管理学会と日本科学技術連盟は、車の両輪のように“研究と実践”“理論と事例”を分担してそれぞれ推進してきた。
QCサークルは5万5000団体、50万9600人が活動する。製造業が中核だが、11%はサービス業。実践を通して人材を育てるシステムが構築されている。現場のデータに精通し、PDCAサイクルを回せるQC人材が中心となることで、AI技術の活用事例を積み上げ体系化し、新技術の普及をけん引する役割が求められる。
AI技術の開発においてもQCをユーザーとするメリットは大きい。「QC七つ道具」のように問題の発見から対策の絞り込みまで、問題解決のプロセスが明確化されている。このため、現場が意思決定できるようにAIの分析結果を表現しやすい。AIの判断がブラックボックスになってしまう問題を突破できる。
産業技術総合研究所人工知能研究センターの麻生英樹副研究センター長は、「使い慣れた意思決定プロセスに合わせてAI技術を提示していく方法は有効だ」と期待する。
QC学会や日科技連なら、AI技術をカイゼン活動の道具として成熟させ、中小企業への普及を加速できる。日本の自動車産業の現場力がロボット産業を育てたように、QCユーザーがAIを地に足のついた技術に育てると期待される。
日本品質管理学会会長(前田建設工業会長)小原好一氏
―AI技術で品質管理は変わりますか。
「PDCAサイクルが格段に早くなる。今までは“評価(C)”に時間がかかっていたが、AIやIoT(モノのインターネット)によって効率化できる。そしてシミュレーションなどでサイバー(仮想)のPDCAを回してリアル(現実)のPDCAとつなげば、さらに加速できる」
「従来は数値的なデータに限られていたが、AI技術で画像や言語データを分析できるようになった。これでサービスの満足度を評価できるようになる。製造業のサービス化も、サービス現場での品質管理もサポートできる」
―QC学会でのAI研究の動向は。
「研究としてはまだ道半ばだ。研究会として統計的機械学習の手法の検証を進めている。解釈が難しく、有効なデータの特徴や利用場面を検討している。基本的な分析手法を『QC七つ道具』として教育普及してきたが、AI技術は新しい七つ道具になっていくだろう」
―研究や理論を担う学会の役割は。
「いずれすべての企業がAI技術を使うようになる。この事例を整理し、理論的なサポートをしていくのが学会だ。学会として人づくりや組織づくりをお手伝いしたい。まずは知識の共有から始め、人材育成やツールの開発、仕組みの標準化などを進める。中小企業はデータがあってもその使い方がわからないこともある。一つの企業ですべての技術や知見をそろえられる時代ではない。学会として共創の場を提供したい」
日本科学技術連盟理事長(トヨタ自動車顧問・技監)佐々木眞一氏
―QC活動でのAI技術の活用は。
「QCサークルとしては道半ばだ。各社のノウハウを簡単には開示できない。そもそもデータは財産だ。各社の競争力を守る形で事例や経験を共有する仕組みが必要だ。我々の悩みも人材不足だ。指導できる先生が少ない。ただ個々の企業は投資を進めている。トヨタでは大学と協力してデータサイエンティストの育成講座を開いており、トヨタグループで数千人の若手が手を上げた」
―大学だけで産業界の人材育成ニーズに応えられますか。
「育てた人材が指導役になり、次の人材を育てる好循環を作りたい。新技術は大企業だけが使えても意味がない。中小企業を含めたサプライチェーン全体で活用できなければ、そこがボトルネックになる。AIや解析をパッケージ化し、後はセンサーを取り付けるだけという段階まで成熟させる必要がある」
―AIのコストは。
「我々は知りたいことが明確だ。切削工具のガタを検出するために摩耗を見るか、摩擦熱を見るか、物理現象を理解してデータを集める。化学反応や接客フローの何が問題であり、どこで変化を捉えるか突き詰めてきた。だから最小限のコストで運用し、投資効果が出る。AIで検出精度が飛躍し、予測で不良が出る前に対策できるようになる」
「AIは道具であり、目的ではない。人を育てるのは現場と実践だ。日科技連が現場のニーズを吸い上げ、QC学会がシーズや方法論を開発する。この二人三脚で歩んでいく」
日刊工業新聞2018年6月29日