材料研究とAIの融合、“半信半疑”から“王道”に

若い学生が研究の推進力に

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物材機構は熱伝導材料の開発にAI技術を利用。新しい断熱材料を開発することに成功した(物材機構提供)
 材料開発の分野で人工知能(AI)の“頭の中”を理解する研究が進んでいる。AI技術は材料開発の強力な武器として新材料の候補をいくつも提案しているものの、材料研究者はその判断の過程を解釈できなかった。そこでAIと材料の研究者たちがタッグを組み、AIの頭の中を解読しつつ、解読可能な手法を開発している。この取り組みはAIがさまざまな異分野に使われるためのモデルケースになる。

信用させるには―深層学習だけに頼らず


 「この3年、本当に勉強になった」と物質・材料研究機構の徐一斌(しゅういーびん)データプラットフォーム長は振り返る。熱伝導材料の開発にAI技術を利用し、新しい断熱材料を開発することに成功した。

 徐プラットフォーム長は、材料研究の中でも実験系の出身だ。材料を合成し、実際のモノで性能を確かめることを重視する。「実験と計算の結果が合わないことは幾度も経験してきた。その上でAIを信じて新領域に踏み出す不安があった」と思い返す。

 日本の材料開発分野では、この3年でAIの導入が急速に進んだ。材料とAIの融合領域は「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」と呼ばれ、産業界にも広がる。

 新分野の立ち上げ当初は、材料研究の大御所から「研究者がAIにすがるのか」とやゆされていた。この理由の一つにAIのブラックボックス性がある。AI業界でブレークスルーを起こしたディープラーニング(深層学習)は、その頭の中を解釈することが難しい。「深層学習の答えを信じてうのみにするのか」と、批判的に受け止められていた。

 そこでMIに挑戦した研究者たちは深層学習だけに頼らず、“解釈可能なAI技術”を模索した。

 難題だったのはAI研究者が解釈できるレベルでなく、材料研究者が解釈できるレベルを求めた点だ。AIの頭の中をのぞいても、材料研究に必要な内部の微細構造や化学ポテンシャル(化学的位置エネルギー差)の分布、電子やイオンの通り道の大きさなどが明示されるわけではない。

 また材料研究の概念の多くは研究者の頭の中にしかない。必要なデータがもともとなければAIに学習させることもできない。

 この課題を解決するため、徐プラットフォーム長は、分析機器で計測可能な物理量や材料特性の関係性を調べることから始めた。例えば、材料内部における格子振動などを粒子としてとらえた「フォノン(音子)」の移動速度は、熱伝導に大きく影響する。
 

物理量・材料の概念、AI通じて「再勉強」


 研究者はフォノンという概念によって、熱の伝達を電子や原子のように粒子が移動するイメージで捉えられる。フォノンが物質中を進む方向によって速度を変えれば、熱が伝わる向きを制御できる。ただフォノンの速度自体を測ることは難しい。

 これに対し、固体が溶ける融点は計測しやすく測定精度も高い。溶ける現象や温度にはフォノンも関係しているため、融点にはフォノンの情報も含まれる。熱指向性は一部犠牲になるが、フォノンのデータを融点データで補完することが可能になる。

 他にも材料内部の組織構造は電子顕微鏡などで観察する必要があった。徐プラットフォーム長は「材料の断面をいくつも用意して計測し、複合組織を観察していった」と振り返る。この組織構造は断熱材の製造条件データで補完できた。断熱材の加工法や膜厚などによって似たような組織ができるためだ。

 集めにくいデータを集めやすいデータで補完してAIに学習させ、新規断熱材の開発にたどり着いた。従来の物理シミュレーションは物理法則にのっとった予測しかできない。

 今回、物理や化学、製造プロセスのデータをAIに学習させ、すべてを含めた予測が実現した。徐プラットフォーム長は「物理量や材料の概念をAIを通して再勉強させられた。本当に勉強になった」と満足げだ。

進む解釈―若いアイデアが続々、半信半疑から“王道”に


 AIの頭の中を解釈可能にする研究も進む。物材機構のハレム・ランディ研究員は、トヨタ自動車と全固体電池を研究する。固体電解質の材料探索に、ベイズ最適化(形状が分からない関数の最大値または最小値を求める手法)を利用した。

 ベイズ最適化では、まず既存のデータ群から性能とその不確実さを予測する。性能が高く、不確実なポイントを選んでデータを追加していくと、少ないデータでも最適なポイントにたどり着く。この手法で固体電解質の元素組成を最適化した。

 ハレム研究員は、ベイズ最適化の過程で、AIがどんな特徴量を重視しているか、分かるようにした。

 固体電解質の結晶構造は計算でき、その原子間距離や多面体性など340の特徴量が自動生成される。これでは多すぎて解釈できないため、各特徴量をAIに学習させる前に、五つに分類し、それぞれの重要度を計算した。

 結果は、原子間距離などのグループと格子定数などのグループの影響が大きく、原子配置を多面体として捉えた多面体間の特徴量はほぼ影響していないことが分かった。これで材料研究者が考える要素を絞り込める。

 ハレム研究員は「材料研究者が思い描く、物質内部のイオンの通り道などをうまく特徴量化したい」と話す。見つけた新材料は合成して性能を検証する。

 こうした異分野の融合は、科学技術のオープン化と若手が原動力になって実現した。東京大学の常行真司教授は「AIのアルゴリズムや計算基盤、教材などがオープンに提供され、異分野の研究者でも挑戦しやすい環境が整ったことが成功要因」と分析する。材料物理の学生がオープンソースのAIを試しながら勘所を身につける。

 さらに統計数理研究所の樋口知之所長は「年や月でなく“日”単位でアイデアが共有され、技術が更新されている」と指摘する。AI業界では、論文投稿サイトで良いアイデアをみつけたらプログラムを書いて一晩計算機を回す。翌朝、良い結果が出ていたら2―3時間で論文を書いて投稿する。そして論文投稿サイトで次のアイデアを探す。以前は考えられなかったこんな研究サイクルが日常になりつつある。

 このスピード感にベテランの材料研究者がついていくのは難しい。若く優秀な学生こそ研究の推進力だ。ここに危機感を強めているのが中堅大学のベテラン材料研究者だ。東京大学などの学生は学生主体で異分野の先端を追い掛けられるが、中堅大学の学生はそこまでの余裕がない。そこでベテランが若手の勉強会に顔を出し、博士課程の大学院生などに声をかける姿が散見される。

 当初は「信じるか・信じないか」と半信半疑だったMIが、材料開発の王道になろうとしている。
 

日刊工業新聞2018年6月4日

COMMENT

小寺貴之
編集局中小企業部
記者

 材料とAIの融合領域は、他にAIの異分野融合領域を立ち上げる際の良い事例になると思います。ポイントはAI技術が本物なのか、ブームになるかまだわからない内から取り組んできた点です。おかげで材料研究者が主体的にAI技術を学びました。データをとる当人がAI技術を使って試行錯誤するので、材料系にとっては地に足のついた進め方になります。医療系にみられた、とにかく情報出身の研究者にデータを渡して宝探しをさせるタイプの連携とはひと味違った連携になりました。一方で、材料系も宝探しをする博打タイプの研究はまだものになっていません。計算機や実験でデータをためている段階に見えます。  民間でも技術確立が進みました。トヨタの電池研究担当の射場英紀部長は「いまならデータさえあればいかようにも料理できる。民間企業は研究よりも開発製造が大量のデータを抱え、そこでのAI応用は公表しない」といいます。データ量に頼る宝探しタイプは民間がリードするのでしょうか。費用対効果が読めないため民間ではやりにくそうに思えます。一方でトレーサビリティー用にためてきたデータと、ためていくデータが競争力になる可能性もあります。今後、NDA下の産学連携でないと、できないタイプの研究が増えていくと思います。

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