失業するかもしれない…AI脅威論の払拭を模索する研究者たち

産総研がAI三本柱戦略

 人工知能(AI)研究者が社会の不安や懸念に応えようと模索している。産業技術総合研究所人工知能研究戦略部が今後の技術開発について「人間との協調」や「AIへの信頼」、「構築のしやすさ」の三本柱を設定し、社会に受け入れられるAI研究を探る。これらは内閣府の人工知能技術戦略会議がまとめる実行計画に採用される見込みだ。先に政府が示した「統合イノベーション戦略」に大まかな方向性が盛り込まれていた。多くのAI関連の戦略が策定されてきたが抽象的なものが多かった。基盤技術の具体的なテーマにまで踏み込んだ実行計画がまとまれば、社会の漠とした不安も払拭できるかもしれない。

職場に不安 AI判断、適否、評価を


 「AIの本格的な社会実装に向けて問題点が整理されてきた」と産総研人工知能研究センターの辻井潤一センター長は三本柱を挙げた背景を説明する。現在の第三次AIブームがAIによる失業への不安や脅威論によって広がった側面もあり、AI研究者は常に社会からの期待と懸念にさらされてきた。そのためAI判断の説明可能性や信頼性保証、プライバシー保護など、社会受容性を広げる技術が活発に研究されている。そして日本のAI戦略に現場主義が採り入れられた。現場に信頼され、現場で構築しやすい技術が三本柱に掲げられた。

 そもそもAI2強の米国と中国は、それぞれグーグルやアリババといった巨大プラットフォーマーを抱える。国家やプラットフォーマーが集める膨大なデータをAIに学習させて精度とサービスを磨く。対して日本は現場力を強みとする方針だ。工場などの現場をIoT(モノのインターネット)でスマート化し、良質なデータを集めてAIの精度を高め現場力を向上させる。

 現場主義の課題は現場への依存度が高い点だ。現場はデータへの投資効果を計り、AIの先端や限界を理解する必要がある。そのためAIの説明可能性が問題となる。AIが下す判断の理由などを現場の人たちが解釈できないと改善や課題解決に使えない。そこで深層学習の内部構造解析などを三本柱に取り入れた。

 また現場の知識やノウハウをAIで扱うために知識の構造化や、シミュレーションと機械学習との統合技術も三本柱に入れた。これらは一部成果が出ている。産総研は社内SNSを通して介護現場の知識を集め構造化するシステムを開発。さらにNECとシミュレーションと機械学習を組み合わせて発生頻度が1億分の1程度の希少な不具合を見つける技術を開発した。人工衛星の光学部品の設計に応用される。

 シミュレーションはAIの信頼性評価にも使われる。AIの判断をシミュレーションで体系的に評価し、品質保証する。この先にはシミュレーションからの逸脱検出と拡張技術が必要になる。自動運転のように事前にすべての交通状況を再現できない場合、現実世界を観測してシミュレーションから逸脱した状況を検出し、その都度シミュレーションモデルを拡張する必要がある。

 麻生英樹副研究センター長は「観測データをもとにモデルを修正していく『データ同化』が応用できる」と期待する。現場のユーザーがモデルを修正し拡張する技術が不可欠となる。
 

構築しやすさ 実務人材が不足、AI工学も競争変質


 「産業界と議論を重ねコンセプトを固めた」と産業技術総合研究所人工知能研究センターの市川類副研究センター長は三本柱戦略の経緯を振り返る。産総研が経済産業省や内閣府に提案し、政府の「統合イノベーション戦略」に反映される。同戦略ではAIは重点項目として扱われる。AIの基盤技術を2018年央までに明確化し、戦略的なAI人材不足への対応やデータ活用が始まる。

 AI分野の人材不足は深刻だ。経産省は2020年で36万9000人、30年で78万9000人が不足すると予測する。大学教育の強化だけでは足りず、社会人の学び直しや外国からの人材の獲得施策が検討されている。

 ではどんなAI人材が足りないのか。現在のAIは数理がわからなければ本質をつかめない。高度な情報・数理人材が足りないとされ、大学は教育強化に動いている。ただNECの藤巻遼平主席研究員・米ドットデータ代表は「AIの設計が自動化され、数理を駆使するAI人材の需要は減り、AIを運用に乗せるアーキテクトやコンサルタントの需要が増える」と予想する。

 これまではデータサイエンティストがデータをAIが学習できる形に整え、学習に重要な因子を探してきた。この職人技ともいえる仕事を藤巻研究員は自動化した。「数カ月かかっていた解析が自動化で1日に短縮した。まず試し、その後でどんなデータを集めるか試しながら考えればいい」という。長期的にはAIやデータ解析の原理に精通した人材から、実際のビジネスに落とし込む人材に需要が移るとされる。

 AIの人材競争が数理から現場に移るなら、日本にとっては朗報だ。この流れを加速するにはAIを現場で簡単に構築するための技術が必要だ。AIの自動設計に加え、学習済みAIの再利用や要素機能のモジュール化、相互接続性など、AIを分業して開発、統合するための工学体系が必要になる。そこで産総研は三本柱戦略にAI工学を取り上げた。

 一方でAI工学が進むと日本の現場力やデータの価値が相対的に下がるリスクもある。現場から良質なデータを集めてAIに学習させても、その学習済みモデルを流通させるプラットフォーマーに牛耳られる可能性があるためだ。米グーグルはデータを直接サーバーに集めずに、各ユーザーが一度学習モデルを作り、それを統合して、より精度の高いAIを再配布するモデルを提唱する。通信負荷を抑え、プライバシーも守りやすい。

 ただ産総研の麻生英樹副研究センター長は「決定打となる技術はまだ出てきていない」と評価する。競争がデータから学習済みモデルに移るかどうか、いまは不透明だが、いつ競争原理が変わってもおかしくない。AIを現場に浸透させるため、そしてその先の競争原理の変化を捉えるためにもAI工学の先頭を走る必要がある。
 

人間との協調


 人工知能(AI)の開発競争にロボットが不可欠になりつつある。政府の総合科学技術・イノベーション会議(議長=安倍晋三首相)が6月にまとめる「統合イノベーション戦略」に、日本がAIで勝つための戦略が盛り込まれる。産業技術総合研究所はこの下地とするために三本柱戦略をまとめた。カギとなるのは現場力とロボットだ。日本のロボット産業は協働ロボットの実用化で先頭を走ってきた。AIでより高度な協調を実現する。

 ディープラーニング(深層学習)はAIだけでなくロボットにとってもブレークスルーだった。東京大学の松尾豊特任准教授は「ロボットが目を獲得した」と例える。深層学習は画像認識の精度を飛躍させた。米アマゾン・ドット・コムグループが開催したロボットによるピッキング作業のコンテスト「アマゾンロボティクスチャレンジ」の2017年大会はロボットよりも深層学習の優劣が勝敗を分けた。

 認識に加え、ロボットの運動制御や異常検知、動きを教えるティーチングなどにAIの応用が広がる。早稲田大学の尾形哲也教授は「工場やロボット用のグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)が登場するなど、AIの普及は間違いない。研究者は画像認識の次を示す必要がある」という。

 注目は人との協調技術。ロボット側は人間と協働作業するための安全性をハードウエアとして作り上げた。AI側は画像認識が進化し、身体の動作解析や人体の3次元モデリングの技術が登場した。カメラだけでリアルタイムに身体の動きを追跡できる。進化したロボットとAIを融合し用途開拓を進める時機だ。

 例えば組み立て作業中の人の上半身をAI計測し、動きに応じロボットが先回りして部品を供給したり作業ミスを予防したりする。より高度に協調するロボットになると期待される。

 身体動作解析はスポーツや健康管理のアプリケーション向けとして開発されてきた。AIでマーカー装着が不要になり、高速カメラがスマートフォンにまで搭載されるようになったことで用途が急拡大している。現在の協働ロボットがターゲットとしている工場に限らず、屋外での協調や多対多の協調が大きな研究領域になるだろう。

 AIの研究者は漠とした社会からの不安にさらされてきた。研究責任者はメディアや官僚、政治家などに技術を解説しつつ、その不安の原因を整理してきた。AI失職への懸念には仕事が代替されるのではなく協調する姿を示し、AIが何を考えているかわからないという不安には説明可能性や信頼性評価で応えようとしている。

 産総研人工知能研究センターの辻井潤一センター長は「AIが社会に入るには、その社会の構造に深く関わらないといけない。それにはAIがどうあるべきかを社会とともに考える必要がある」という。

 AIに対する漠とした不安を技術課題に落とし込むことには成功しつつある。これが国の戦略に反映され技術開発と社会実装を加速すると期待される。

日刊工業新聞2018年6月1、6、8日

小寺 貴之

小寺 貴之
06月19日
この記事のファシリテーター

経産省系の産総研はAI戦略の実行計画に三本柱を入れることができそうです。研究開発実行計画の軸になると聞いています。文科省や総務省など、他の省庁は間に合ったのでしょうか。この実行計画は2019年度の概算要求の土台になるので、一度路線が決まると、具体的な技術シーズを持ってる研究機関が有利になります。後追いは厳しいのが世の常です。研究所の経営企画部門の競争は、実際に研究が始まるかなり前から始まっていることに驚かされます。

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