揺れる東芝「ガバナンス改革」日立は模範になるか?
外国人取締役が慣例を変えた。“日本流経営”のあり方そのものが問われる
東芝と日立製作所は長く良きライバル関係にある。東芝の首脳陣もここ数年は、大幅な赤字からV字回復し成長軌道に乗り始めた日立を以前にも増して意識していた。日立はグローバル戦略へ舵を切ると同時に取締役改革にも乗り出している。それを主導したのが2009年に子会社から日立の会長兼社長として呼び戻され窮地を救った川村隆現相談役だ。
日立は昨年、経営トップの交代に踏み切った。その1年前から取締役会の議長を務めていた川村会長(当時)は、取締役会のメンバーに対し3人を「次期社長候補だ」と伝え、能力や人物を評価してもらっていた。必ずしも日立の取締役会がすべてうまく機能しているわけではないが、6月から上場会社に義務づけられた新たな企業統治の原則「コーポレートガバナンス・コード」を、先取りしようとする意識が強かったのは間違いない。
日本を代表する名門企業の東芝。もちろん不適切な会計処理は当事者の問題だが、今後の対応策は個別企業の話だけにとどまらない。海外からは日本の産業界全体のガバナンスが問われている。
今年5月に日刊工業新聞で掲載した連載「ガバナンス改革・企業の選択」の日立編と、昨年1月のトップ交代発表の前日に掲載した川村会長(同)とジョージ・バックリー社外取締役へのインタビュー。二つの記事から総合電機大手の企業統治について考える。
日立製作所の基本理念に“和”の1字がある。結束と相互理解を大切にする創業時の精神で、実に日立らしい考え方だ。ただ、この理念は今の取締役会では通用しない。月並みな計画や成果が報告されると、外国人取締役が猛然と異議を唱え、和の弊害とも言うべき“なれ合い”を打破する。
【国際的な目線】
最近、中西宏明会長兼最高経営責任者(CEO)ら経営陣3人は外国人取締役から、こんな指摘を受けた。「情報通信の世界は大きく変化し、巨大企業が減収減益に陥っている。日立はどう対処しているのか」。
中西は一瞬、たじろいだ。グローバル企業の経営陣は意見を主張し合い、周囲を説き伏せるのが一般的だ。外国人取締役の感覚からすると、中西の回答に対し残る2人が追従することは許されない。主体性に乏しい人物と判断され、問題視される恐れもあるからだ。
中西は言う。「外国人は『借り物の意見では本当のリーダーシップは生まれない』と考えている。この時は幸いにして3人の意見が異なっていた」。外国人取締役は国際的な目線で問題を提起すると同時に、経営者の資質にも目を光らせ、強いリーダーを育てる。
日本流経営の代表格だった日立。東京電力やNTTグループの設備投資に依存し、国内市場だけで稼げた時代が長く続いた。その日立がなぜ外国人取締役を取り入れることになったのか。
【取締役会が一変】
転機は2009年。国内製造業で過去最大の当期赤字を計上し、瀕死(ひんし)の重傷を負った。生き残るには海外に活路を求めるしかない。それには国際競争で戦い抜いた外国人経営者の知恵が不可欠だった。
「経営を革新するため、必要以上に多様性を取り入れた」。会長兼社長に緊急登板した川村隆(現相談役)は当時をこう振り返る。
取締役会は一変した。特に俎上(そじょう)に上がったのが利益水準の低さだ。日立は11年度から全社的なコスト削減活動に注力し利益創出に努めたが、営業利益率は5%前後にとどまった。「活動で利益率は上がったのか」―。米3MでCEOを務めたジョージ・バックリーは愚直な改善活動への評価ではなく、明白な成果を求めた。
ライバルの米ゼネラル・エレクトリック(GE)は2ケタの利益率をたたき出す。外国人取締役は海外勢に劣る収益力に疑問を呈し、中西らが回答に窮する場面も出てきた。「日本人だけだと紳士的な会議だったが、外国人が加わり議論が伯仲するようになった」。中西は手放しで喜ぶ。
【和の理念】
激論を交わす取締役会で、じっと耳を傾けている人物がいる。社長兼最高執行責任者(COO)の東原敏昭だ。いずれ中西が一線から退けば、東原の時代が来る。
「川村相談役が言うラストマン(最終責任者)の意味が分かってきた」。こんなことを漏らすようにもなった。外国人取締役が求める高い目標は、東原が負うことになる。目標を達成するにはどうすれば良いか。成長速度を上げたい外国人取締役の考えと、末端の従業員の意識を一つにまとめるしかない。まさに和の理念だ。国際競争を戦い抜く意識をみなに共有させることが、次のラストマンの責務になる。(敬称略)
日立は昨年、経営トップの交代に踏み切った。その1年前から取締役会の議長を務めていた川村会長(当時)は、取締役会のメンバーに対し3人を「次期社長候補だ」と伝え、能力や人物を評価してもらっていた。必ずしも日立の取締役会がすべてうまく機能しているわけではないが、6月から上場会社に義務づけられた新たな企業統治の原則「コーポレートガバナンス・コード」を、先取りしようとする意識が強かったのは間違いない。
日本を代表する名門企業の東芝。もちろん不適切な会計処理は当事者の問題だが、今後の対応策は個別企業の話だけにとどまらない。海外からは日本の産業界全体のガバナンスが問われている。
今年5月に日刊工業新聞で掲載した連載「ガバナンス改革・企業の選択」の日立編と、昨年1月のトップ交代発表の前日に掲載した川村会長(同)とジョージ・バックリー社外取締役へのインタビュー。二つの記事から総合電機大手の企業統治について考える。
ラストマン(最終責任者)と外国人取締役が白熱の議論
日立製作所の基本理念に“和”の1字がある。結束と相互理解を大切にする創業時の精神で、実に日立らしい考え方だ。ただ、この理念は今の取締役会では通用しない。月並みな計画や成果が報告されると、外国人取締役が猛然と異議を唱え、和の弊害とも言うべき“なれ合い”を打破する。
【国際的な目線】
最近、中西宏明会長兼最高経営責任者(CEO)ら経営陣3人は外国人取締役から、こんな指摘を受けた。「情報通信の世界は大きく変化し、巨大企業が減収減益に陥っている。日立はどう対処しているのか」。
中西は一瞬、たじろいだ。グローバル企業の経営陣は意見を主張し合い、周囲を説き伏せるのが一般的だ。外国人取締役の感覚からすると、中西の回答に対し残る2人が追従することは許されない。主体性に乏しい人物と判断され、問題視される恐れもあるからだ。
中西は言う。「外国人は『借り物の意見では本当のリーダーシップは生まれない』と考えている。この時は幸いにして3人の意見が異なっていた」。外国人取締役は国際的な目線で問題を提起すると同時に、経営者の資質にも目を光らせ、強いリーダーを育てる。
日本流経営の代表格だった日立。東京電力やNTTグループの設備投資に依存し、国内市場だけで稼げた時代が長く続いた。その日立がなぜ外国人取締役を取り入れることになったのか。
【取締役会が一変】
転機は2009年。国内製造業で過去最大の当期赤字を計上し、瀕死(ひんし)の重傷を負った。生き残るには海外に活路を求めるしかない。それには国際競争で戦い抜いた外国人経営者の知恵が不可欠だった。
「経営を革新するため、必要以上に多様性を取り入れた」。会長兼社長に緊急登板した川村隆(現相談役)は当時をこう振り返る。
取締役会は一変した。特に俎上(そじょう)に上がったのが利益水準の低さだ。日立は11年度から全社的なコスト削減活動に注力し利益創出に努めたが、営業利益率は5%前後にとどまった。「活動で利益率は上がったのか」―。米3MでCEOを務めたジョージ・バックリーは愚直な改善活動への評価ではなく、明白な成果を求めた。
ライバルの米ゼネラル・エレクトリック(GE)は2ケタの利益率をたたき出す。外国人取締役は海外勢に劣る収益力に疑問を呈し、中西らが回答に窮する場面も出てきた。「日本人だけだと紳士的な会議だったが、外国人が加わり議論が伯仲するようになった」。中西は手放しで喜ぶ。
【和の理念】
激論を交わす取締役会で、じっと耳を傾けている人物がいる。社長兼最高執行責任者(COO)の東原敏昭だ。いずれ中西が一線から退けば、東原の時代が来る。
「川村相談役が言うラストマン(最終責任者)の意味が分かってきた」。こんなことを漏らすようにもなった。外国人取締役が求める高い目標は、東原が負うことになる。目標を達成するにはどうすれば良いか。成長速度を上げたい外国人取締役の考えと、末端の従業員の意識を一つにまとめるしかない。まさに和の理念だ。国際競争を戦い抜く意識をみなに共有させることが、次のラストマンの責務になる。(敬称略)
日刊工業新聞2014年01月07日 電機・電子部品・情報・通信面/2015年05月12日1面