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西郷どん「出会いや決断、別れのドラマとなった場所」

宮崎・延岡にあり
西郷どん「出会いや決断、別れのドラマとなった場所」

西郷隆盛宿陣跡資料館(延岡観光協会オフィシャルサイトより)

 西郷隆盛は鹿児島県出身だが、隣接する宮崎県延岡市北川町にも関連の史跡が多く残されている。

 薩摩と政府軍による西南戦争の末期、政府軍に追い詰められた西郷らは現在の延岡市郊外の和田越で政府軍と相まみえた。政府軍5万人に対して薩軍兵力は3500人。数と装備には大きな差があった。だが西郷は政府軍の戦いぶりに「日本の将来はこれで大丈夫だ」と話したという。

 大打撃を受けた西郷らは俵野の地へ逃れる。この際に投宿した民家は現在「西郷隆盛宿陣跡資料館」として残っている。

 ここでわずかな休息の時を得た西郷だったが、自らの運命を悟り覚悟を決めたのだろう。この地で辞世の句を詠み、陸軍大将の軍服を焼いた。また負傷で療養していた息子の菊次郎ら家族や仲間たちにもここで別れを告げたという。

 その後、約1カ月かけて鹿児島に戻った西郷はまもなく生涯を終える。心安らぐ最後の時間を過ごしたであろう延岡の地は、時代のうねりの中を生きた西郷が家族や国への思いを最後ににじませた場所だったといえる。

 西郷隆盛はNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」の放送も始まり、延岡市は西郷関連の史跡を「青空テーマ館」として紹介している。同市観光戦略課の加行孝之さんは「出会いや決断、別れのドラマとなった場所を見てほしい」と話す。
宿陣跡に残る、西郷隆盛が軍服を燃やした場所

【アクセス】▽宮崎県延岡市北川町長井6727▽車の場合は東九州自動車道北川ICから約5分。同ICは現在無料区間となっている佐伯IC―延岡南IC間にあり、立ち寄り観光地としてもおすすめ。公共交通機関の場合はJR延岡駅からタクシーで15分。宿陣跡資料館のほか、和田越決戦場には記念碑などの史跡がある。

(文=宗健一郎)
日刊工業新聞2018年4月13日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
今日は西郷どんの放送日。先週から奄美編になり一気にテイストが変わりましたが、ついつい見てしまっている。

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