「あいまいさ」による全体最適#01 日本の製造業は再興できるか
中国の「いま」から成長のヒントを学ぶ
ここ数年、中国出張に行くたびに、中国はもはや「遅れている」国ではなく、とっくに日本を追い抜いた国であると実感します。日本でもよく知られるようになりましたが、昨年中国では急速にスマホマネーが普及し、カフェやショッピングはもちろん、屋台の支払いもスマホマネーで行われ、レジがないレストランも登場しています。
支払いだけでなく、注文からの流れ全てがスマホで完結するようになっています。レストランで席に着くと、まずすることはテーブルの2次元バーコードをスマホで読み取ること。スマホアプリで開いたメニューから注文し、同時に支払いをも済ませます。店側は、お客のスマホを通じて注文をクラウドで一括管理しており、どこのテーブルで何を頼んだかが瞬時に分かります。情報の一元化は数年後、厨房の自動化、そして食事を運ぶロボットによるホールの自動化へとつながっていくでしょう。
スマホ決済が中国で急速に普及した背景には、消費者がこれまでの決済方法に不便を感じていたことがあります。最高額の紙幣は100元(約1600円)であり、クレジットカードや電子マネーもあまり普及していませんでした。だから、消費者は圧倒的に便利なスマホマネーを受け入れ、急速に普及していきました。
これと同じことは、アリババを中心としたeコマースにも起こりました。それまでは、地方で買い物をするのに一苦労でしたし、都会でもコンビニですら埃をかぶった商品があるなど在庫管理に問題があったため、eコマースも爆発的に普及したのです。
結果的に中国は、スマホマネーとeコマースで世界最先端にいきなり踊りでました。これらの業界に大勢の優秀な若者が参入し、技術を押し上げています。技術は日進月歩で変化し、顧客のニーズも日々変わっていくため、常に試行錯誤が行われ、それが業界を大きく進歩させます。この結果、中国はこの分野で急激に成長しました。
一方、中国の製造業の現状はどうなっているのでしょうか。中国企業の経営者や管理職の方の話を聞くと、今も「どこまで日本や欧米に追いついたか」と言います。ロボットによる工場自動化(Factory Automation)が最近急速に進みましたが、その多くは日本企業の製品であり、家電やスマホの多くも中国企業が生産していますが、中の部品はまだまだ日本企業が担っています。
製造業において日本がいまだ強いのは、「モノを作ること」だけでなく、「モノを作る方法」を知っているからです。アイデアを形に変え開発し、そこから製造技術を生み出していく力を持っている。中国がそうした日本の製造業に追いつきたくても、成熟した製造業ではそうすることは難しい。
日本は数十年前、大量生産方式が発展する世界の最前線で試行錯誤を繰り返し、「モノを作る方法」を身につけてきました。一方、そこに追いつきたい中国企業にとっては、同じ試行錯誤を繰り返すより先人を真似するのが一番早い。その結果、「モノを作る方法」は学べなくなってしまいました。
インターネット時代にスマホマネーやeコマースが成長した現在の中国は、高度経済成長の時代に世界の最先端を突き進んだ日本のものづくりの発展と同じ構図です。そこには試行錯誤が許される環境があり、若者には世界最前線の技術に取り組む機会があります。
一方で日本の製造業は、過去に培った「モノを作る方法」を持ちながらも、そのような試行錯誤が許されるチャンスはほとんどありません。「モノを作る方法」を持つことは強みになる一方で、「中途半端な出来栄え」が許されないレベルに到達してしまっているからです。
しかし今、製造業が新たな転換点を迎えようとしています。日本にとっては長いデフレと海外生産シフトゆえ、一見衰退産業のように見えますが、世界的には「自動化」の観点において新たな段階に入っています。「Industrie4.0」と呼ばれるネットワーク化・データ化に加え、常に安価な労働者を求めてきた工場生産の歴史が、中国において急激に変わっていることが背景にあります。世界最大の消費国で人件費が上昇したことで、中国企業が中国内で生産を続けるために自動化をせざるを得なくなっているからです。この流れは新たな技術や仕組みを生み、これまでの労働コストの安い地域へシフトし続けた製造業の流れを変えるでしょう。そしてそこに、日本企業がかつて試行錯誤で身につけた世界最高の技術の土台を元に、世界に貢献できるチャンスがまだあるのではと考えています。
筆者は、日本の製造業が再び来るチャンスを掴むためには、かつて企業が伝統的に持っており、かつ言語化されていない「目に見えない文化」、すなわちコミュニケーション方法と組織運営方法を見直した上で言語化する必要があると考えています。連載#02(5月4日公開予定)では、目に見えないコミュニケーション方法と組織運営方法は何だったのかを解き明かしていきたいと思います。
(文・菅原伸昭)
※本連載の詳しい内容は、書籍『利益を上げ続ける逆転の発想 あいまいもやもやこそが高収益の源泉』(日刊工業新聞社刊)に記載しています。
【著者紹介】
菅原 伸昭(すがはら のぶあき)
1991年京都大学卒業後、日商岩井株式会社に入社。産業機械などの日本・中国・アジアでの営業を経験後、自費にて中国へ語学留学。1996年に㈱キーエンスに入社し、30歳にて現地法人責任者として台湾法人を立ち上げ、その後中国の現地法人を設立、現地法人責任者として中国事業拡大に貢献。さらにアメリカ・メキシコ現地法人責任者を歴任。2014年からTHK㈱にて執行役員事業戦略特命本部長として、グローバルマーケティング・商品企画・データ分析の部署を立ち上げる。2017年からはAIベンチャーを立ち上げるとともに、営業組織構築のコンサルティングや業界構造・ビジネスモデル解明のリサーチなどを行っている。
藤井 幸一郎(ふじい こういちろう)
1975年東京都生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、1998年に中央官庁に入省し、資産流動化・不動産投資信託法の法案作成や国会質疑対応業務などに従事する。その後、東京大学大学院を経て、公会計基準の策定業務を行う。2006年にコンサルティング会社へ転職し、プロジェクトマネジャーとして、事業戦略の策定などの上流工程から、組織・業務の設計、ハンズオンでの現場改革といった下流工程までのプロジェクトを様々な業界に対して実施する。2013年に独立し、経営戦略策定や市場分析などのコンサルティングを大手・中堅企業に対して実施するほか、東日本大震災の被災地のNPOとともに、地域のデータブックの作成を行う。2017年にアトラトル㈱を設立し、海外市場の消費者や販売チャネルの「ありのまま」の調査とその背景データを分析して提供するサービスを行っている。
本書に関するお問い合わせは下記にご連絡ください。
nobu.sugahara@euler-intl.com
www.euler-intl.com
【書籍情報】
「利益を上げ続ける逆転の発想『あいまい・もやもや』こそが高収益を生む 」
(菅原伸昭、藤井幸一郎・著、日刊工業新聞社)
1,620円(税込)、256頁、2018年3月発行
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支払いだけでなく、注文からの流れ全てがスマホで完結するようになっています。レストランで席に着くと、まずすることはテーブルの2次元バーコードをスマホで読み取ること。スマホアプリで開いたメニューから注文し、同時に支払いをも済ませます。店側は、お客のスマホを通じて注文をクラウドで一括管理しており、どこのテーブルで何を頼んだかが瞬時に分かります。情報の一元化は数年後、厨房の自動化、そして食事を運ぶロボットによるホールの自動化へとつながっていくでしょう。
中国でスマホ決済が普及した理由
スマホ決済が中国で急速に普及した背景には、消費者がこれまでの決済方法に不便を感じていたことがあります。最高額の紙幣は100元(約1600円)であり、クレジットカードや電子マネーもあまり普及していませんでした。だから、消費者は圧倒的に便利なスマホマネーを受け入れ、急速に普及していきました。
これと同じことは、アリババを中心としたeコマースにも起こりました。それまでは、地方で買い物をするのに一苦労でしたし、都会でもコンビニですら埃をかぶった商品があるなど在庫管理に問題があったため、eコマースも爆発的に普及したのです。
結果的に中国は、スマホマネーとeコマースで世界最先端にいきなり踊りでました。これらの業界に大勢の優秀な若者が参入し、技術を押し上げています。技術は日進月歩で変化し、顧客のニーズも日々変わっていくため、常に試行錯誤が行われ、それが業界を大きく進歩させます。この結果、中国はこの分野で急激に成長しました。
日本の製造業はなぜ強い
一方、中国の製造業の現状はどうなっているのでしょうか。中国企業の経営者や管理職の方の話を聞くと、今も「どこまで日本や欧米に追いついたか」と言います。ロボットによる工場自動化(Factory Automation)が最近急速に進みましたが、その多くは日本企業の製品であり、家電やスマホの多くも中国企業が生産していますが、中の部品はまだまだ日本企業が担っています。
製造業において日本がいまだ強いのは、「モノを作ること」だけでなく、「モノを作る方法」を知っているからです。アイデアを形に変え開発し、そこから製造技術を生み出していく力を持っている。中国がそうした日本の製造業に追いつきたくても、成熟した製造業ではそうすることは難しい。
日本は数十年前、大量生産方式が発展する世界の最前線で試行錯誤を繰り返し、「モノを作る方法」を身につけてきました。一方、そこに追いつきたい中国企業にとっては、同じ試行錯誤を繰り返すより先人を真似するのが一番早い。その結果、「モノを作る方法」は学べなくなってしまいました。
インターネット時代にスマホマネーやeコマースが成長した現在の中国は、高度経済成長の時代に世界の最先端を突き進んだ日本のものづくりの発展と同じ構図です。そこには試行錯誤が許される環境があり、若者には世界最前線の技術に取り組む機会があります。
一方で日本の製造業は、過去に培った「モノを作る方法」を持ちながらも、そのような試行錯誤が許されるチャンスはほとんどありません。「モノを作る方法」を持つことは強みになる一方で、「中途半端な出来栄え」が許されないレベルに到達してしまっているからです。
日本の製造業が世界の潮流に乗るために
しかし今、製造業が新たな転換点を迎えようとしています。日本にとっては長いデフレと海外生産シフトゆえ、一見衰退産業のように見えますが、世界的には「自動化」の観点において新たな段階に入っています。「Industrie4.0」と呼ばれるネットワーク化・データ化に加え、常に安価な労働者を求めてきた工場生産の歴史が、中国において急激に変わっていることが背景にあります。世界最大の消費国で人件費が上昇したことで、中国企業が中国内で生産を続けるために自動化をせざるを得なくなっているからです。この流れは新たな技術や仕組みを生み、これまでの労働コストの安い地域へシフトし続けた製造業の流れを変えるでしょう。そしてそこに、日本企業がかつて試行錯誤で身につけた世界最高の技術の土台を元に、世界に貢献できるチャンスがまだあるのではと考えています。
筆者は、日本の製造業が再び来るチャンスを掴むためには、かつて企業が伝統的に持っており、かつ言語化されていない「目に見えない文化」、すなわちコミュニケーション方法と組織運営方法を見直した上で言語化する必要があると考えています。連載#02(5月4日公開予定)では、目に見えないコミュニケーション方法と組織運営方法は何だったのかを解き明かしていきたいと思います。
(文・菅原伸昭)
※本連載の詳しい内容は、書籍『利益を上げ続ける逆転の発想 あいまいもやもやこそが高収益の源泉』(日刊工業新聞社刊)に記載しています。
菅原 伸昭(すがはら のぶあき)
1991年京都大学卒業後、日商岩井株式会社に入社。産業機械などの日本・中国・アジアでの営業を経験後、自費にて中国へ語学留学。1996年に㈱キーエンスに入社し、30歳にて現地法人責任者として台湾法人を立ち上げ、その後中国の現地法人を設立、現地法人責任者として中国事業拡大に貢献。さらにアメリカ・メキシコ現地法人責任者を歴任。2014年からTHK㈱にて執行役員事業戦略特命本部長として、グローバルマーケティング・商品企画・データ分析の部署を立ち上げる。2017年からはAIベンチャーを立ち上げるとともに、営業組織構築のコンサルティングや業界構造・ビジネスモデル解明のリサーチなどを行っている。
藤井 幸一郎(ふじい こういちろう)
1975年東京都生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、1998年に中央官庁に入省し、資産流動化・不動産投資信託法の法案作成や国会質疑対応業務などに従事する。その後、東京大学大学院を経て、公会計基準の策定業務を行う。2006年にコンサルティング会社へ転職し、プロジェクトマネジャーとして、事業戦略の策定などの上流工程から、組織・業務の設計、ハンズオンでの現場改革といった下流工程までのプロジェクトを様々な業界に対して実施する。2013年に独立し、経営戦略策定や市場分析などのコンサルティングを大手・中堅企業に対して実施するほか、東日本大震災の被災地のNPOとともに、地域のデータブックの作成を行う。2017年にアトラトル㈱を設立し、海外市場の消費者や販売チャネルの「ありのまま」の調査とその背景データを分析して提供するサービスを行っている。
本書に関するお問い合わせは下記にご連絡ください。
nobu.sugahara@euler-intl.com
www.euler-intl.com
【書籍情報】
「利益を上げ続ける逆転の発想『あいまい・もやもや』こそが高収益を生む 」
(菅原伸昭、藤井幸一郎・著、日刊工業新聞社)
1,620円(税込)、256頁、2018年3月発行
NIKKAN BOOK STORE
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