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「夢だけを語っていろ」 社長の言葉を現実にするコマツ2.0の推進力

「夢だけを語っていろ」 社長の言葉を現実にするコマツ2.0の推進力

コマツの姿勢はICT企業と遜色ない

 2001年に始めた建設機械の稼働管理システム「コムトラックス」でビッグデータ(大量データ)の活用に先鞭(せんべん)を付けたコマツ。IoT(モノのインターネット)時代に向け新ビジネスモデル“コマツ2・0”が始動した。

 「社長からは『夢だけを語っていろ』と言われる」―。執行役員の四家千佳史は自らの役割をこう表現する。情報通信技術(ICT)を利用し、工事全般を支援する事業「スマートコンストラクション(スマコン)」のキーパーソンだ。

 コマツはICTに対応する建設機械を投入し、飛行ロボット(ドローン)による測量も進めてきたが、建設現場にさらに入り込む戦略を描いている。

 建機や作業者、掘削された土砂などの多くのデータを収集して丸ごと見える化するのが狙いだ。工事関係者からすれば夢のようにしか思えないが、実現に向けて強力な連携相手を得た。画像処理半導体(GPU)大手の米エヌビディアだ。

 両社は現場の作業支援で手を組む。大容量のデータを現場で処理する技術「エッジコンピューティング」や画像処理技術も生かして、把握しきれていなかった工事の状況をつかめるようにする。

 例えば、ドローンで撮影した測量写真を20分ほどで処理でき、工事に必要な点群データの作成時間の短縮につながる。これまで画像を処理するのに6―7時間ほどかかっていたという。

 また、撮影したダンプトラックの状況を人工知能(AI)が学習することで、土砂を積み込み中で止まっているのか、積み込みの順番待ちで待機しているのかどうかを判別できる。最新の情報処理技術を導入するコマツの姿勢は、ICT企業と遜色ない。現場でこうした技術をコストを抑えて活用できるようにして、生産性や安全の向上を目指す。

 四家の柔軟な発想こそがスマコンの競争力で、開発部隊が発想の具体化に動く体制が整う。一方で「現場の見える化はスマコンを拡大する中間点」(四家)という。

 建機業界で現場のさまざまなデータを収集、管理する方向性が変わることは考えにくく、コマツはエヌビディアとの協業により膨大なデータ処理で優位に立つ。四家が思い浮かべる夢がスマコンの戦略となる。

“コマツ経済圏”は楽市楽座


 コマツは建設現場のビッグデータ(大量データ)の活用戦略を転換した。自社でデータ管理基盤「コムコネクト」をいち早く構築し、情報通信技術(ICT)を生かした争いをリードしてきたにもかかわらず、同基盤の外部への開放に踏み切った。なぜか。

 「プラットフォーム(基盤)のオープン化(開放)には、社内で相当な意見が出たが、楽市楽座のようににぎやかな方がいい」―。四家は、コマツにとって大きな決断だったことを強調する。

 コマツは建設機械の稼働や施工状況などのデータを収集、解析する機能を持つコムコネクトを運用し、作業を“見える化”する需要を取り込んできた。

 ただ、工事ではコマツだけでなく他社の建機も稼働している。現場でのICTの導入が進めば、工事支援のサービスに商機を見いだす企業が増えることも予想される。そのためコマツはコムコネクトに代わり、さまざまな企業がデータを利用できるようにすることが必要と判断した。

 社長の大橋徹二から新たなデータ管理基盤に基づく戦略の策定を任された四家は協業相手を探し、NTTドコモ、SAPジャパン(東京都千代田区)、オプティムに絞った。

 そしてコマツを含めた4社で新会社を設立、同基盤「ランドログ」の運用を始めた。建機や地形、資材のデータを収集、管理でき、アプリケーション(応用ソフト)事業者などによる工事支援のサービス開発に役立ててもらう。ランドログにさまざまな企業が集うことで、“コマツ経済圏”が生まれる。

 現場のビッグデータの活用を重視するコマツにとって、今後は争う相手が変わる可能性もある。地図や画像データを握る米グーグルさえも、ランドログと似たようなビジネスモデルで参入するかもしれない。

 「プラットフォームのオープン化を他の誰かにやられたくはない」(四家)。コムコネクトにこだわらなかったコマツの本音だ。
左から2人目がコマツの大橋社長。右から2人目がNTTドコモの吉澤和弘社長

虎の子のベンチャー「ランドログ」


 東京都港区。JR浜松町駅近くのビルの一室に、コマツがNTTドコモなどと共同出資する肝いりのベンチャー企業がオフィスを構えている。「ランドログ」だ。

 10人ほどの社員を束ねる社長の井川甲作は異色の経歴を持つ。ITコンサルタントを務めた後、ITベンチャーを経て、大手映画会社のIT部門に携わった。

 コマツはランドログの社長に、ベンチャーで働いた経験を持ち、情報通信技術(ICT)に詳しく、戦略性や論理的思考も求めていたため、井川はうってつけだった。コマツ執行役員の四家千佳史は井川と20年来の付き合いで、「“ぱっ”と思い浮かんだのが彼だった」と振り返る。

 コマツがベンチャーを立ち上げるのは珍しい。ランドログが建設機械や地形、資材などのデータを収集、管理するシステム基盤を運用し、建設現場のICT化を目指すコマツの戦略で要となる。

 一般的に新規事業を立ち上げても、社内の規則や収益面からの経営判断に左右されてしまいがちだ。井川は「コマツからは『(システム基盤の活用で)もうかるかどうかの話ではない』と言われている。黒字を多少出しても誰も喜ばない」と明かす。


 コマツが性能や品質面から徹底的に作り込んで製品化するのに対し、ランドログが重視するのはICT企業と似た迅速な事業展開だ。建設業でもICTで作業を改善する意識を持っているものの、社員が限られ、情報システム部門が弱い企業が少なくない。

 ランドログは同基盤の運用を通じて、作業支援や生産性向上のサービスを工事関係者に提供することを目指す。「我々の基盤からでないと、キラー(人気の)アプリが使えない」(井川)状況ができあがることで、ランドログの競争力が高まる。

 井川は「日本発の世界で戦えるプラットフォーム(基盤)を目指す」と鼻息は荒い。コマツにとってランドログは虎の子のベンチャーで、建機各社との争いで優位に立つ切り札となる。

5Gとドコモ


 1月下旬、東京都内のNTTドコモ本社の一室に、コマツの油圧ショベルの運転席を模した操作体験スペースが設けられた。前方の画面に神奈川県平塚市のコマツの試験場が映し出され、運転席で操作すると試験場に置かれた油圧ショベルのバケットを動かせる。ゲーム感覚のようだが、建機を遠隔操作する実証だ。通信速度が大幅に向上する第5世代通信(5G)を利用した技術開発が進む。

 コマツICTソリューション本部戦略企画推進室長の木村和之は「5Gの通信能力の“味見”ができた」と実用化への期待を膨らませる。油圧ショベルに取り付けた複数のカメラで現場を撮影し、試験場に設置した基地局を経由して、ドコモ本社に伝送される。映像を確認しながら、油圧ショベルをリアルタイムに遠隔操作できる。

 コマツにとって、建機の稼働管理システム「コムトラックス」の運用を始めて以降続いているドコモとの関係は大きな強みだ。現場の高精細な映像を遅延なく送るには、現在の高速通信サービス「LTE」では難しく、5Gが必要。ドコモとの深いつながりでイノベーションを起こし、現場の人手不足の解消につなげる。

 建機の無人運転に向けた動きは徐々に広がりつつある。コマツ以外では、大林組とNEC、KDDIの3社が5Gを利用し、建機の遠隔施工に成功した。操作室から70メートル離れた建機を動かし、遠隔操作の作業効率を従来に比べて15―25%改善したという。災害復旧での活用を見据える。

 木村は「コマツが(建機の無人運転の)安全対策で手を打っていることを自信を持って言えるようにする」と気を引き締める。有人運転で安全に細心の注意を払っても作業者と接触する事故が後を絶たない。遠隔操作の場合、これまでよりも死角が増えてしまうことも予想される。

 2020年ごろには5Gが商用化される見通し。コマツは建機の作業効率と安全を両立する遠隔操作技術の開発で先行することを狙う。

CTOはさらに長期の視点で


 コマツが最高技術責任者(CTO)の役職を設けたのは2014年。大手製造業では意外なほど導入が遅いかもしれない。CTOを置くことで、開発部門を率いる本部長との分業を進めてきた。

 建設機械のモデルチェンジを優先し、5年先を見据えて開発を進めるのが本部長なのに対し、CTOはさらに長期の視点で開発の方向性や顧客の要求をとらえる。2代目CTOの岩本祐一は「見る目を変える意志が強くなった」と自らの役割を自覚する。

 ここ数年、コマツの視線はより建設現場に向けられている。作業者不足が深刻化することが見込まれており、限られた人数での効率的な工事に向けた答えを出すことが求められるためだ。

 先端技術を駆使する印象が強いコマツだが、研究開発の前提は現場での対話。岩本は「顧客の困りごとを踏まえて、現場の3D(3次元)データを建機に取り込めるようにした」と説明する。

 コマツは現場でのICTの活用が進むのに伴って、開発での自前主義が薄まりつつある。しかも外部の技術を取り入れる上で、関係を築こうとする相手はベンチャー企業が少なくない。

 ドローンで撮影した地形の画像を高速処理できる米スカイキャッチ(カリフォルニア州)は、「展示会に出展していたのをたまたま見つけた」(岩本)という。ドローンによる測量で欠かせない技術だ。CTO室の担当者がシリコンバレーをはじめ世界各地を飛び回って、有望な技術の発掘を狙う。

 ICTが急速に発展し、建機だけでなく工事全般にも導入されつつあり、建機業界はもはや自力だけの開発に固執する状況ではない。

 コマツには社内で持たない技術を外部から取り込む素地が以前から整っていた。岩本は「CTOが(研究開発の)種まきを繰り返すのが重要」と熱意をにじませる。イノベーションを起こす技術を社内外で見いだすことに全力を注ぐのが岩本の使命だ。

 建機市場が活性化していることもあり、コマツは18年3月期売上高が前期比29・1%増の2兆3280億円と10年ぶりに過去最高を更新する見通し。コマツ2・0でさらなる飛躍を目指す。
 (敬称略)
日刊工業新聞2018年3月8日/9日/121314
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
現在、日刊工業新聞で「挑戦する企業・コマツ編」を連載中。自分の地元・小松市が発祥の地なので公私ともに注目しています。

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