プログラミング教育必修化、必要なのはオモチャか本物か
重視される教育の連続性、ロボがつなぐ学外・地域教育連携
2020年に小学校、21年に中学校でプログラミング教育が全面実施される。公教育では授業時間や学習目標などの制限がある中にプログラミングの要素を取り入れる。対して民間では教育熱を狙ってロボット教室や教材開発が進む。民間がロボット導入で差別化を競う環境で公教育が始まるため、教材の技術だけを比べると公教育が見劣りしかねない。公教育の基礎的な内容と民間での挑戦的な教育をうまくつなぐ必要がある。
小学生にプログラミングの抽象的な概念を教えるのは難しい。そこで、現実にモノが動くロボット工作キットとプログラミングの組み合わせが検討されている。ロボットを歩かせたり、迷路を解かせたりと、プログラムを書いた結果がその場で見え、日常生活に役立つ装置に応用することも可能だ。
ただ実際に授業で使うにはハードルが高い。子どもに教材の組み立て方や扱い方を教えるのに時間がかかり、十分にプログラミングに取り組めないこともある。また小学校では図工や理科、総合などの授業にプログラミングを組み込んで情報技術に触れるきっかけをつくる。本来の授業や学習目標は損なうことはできない。
ロボットプログラミング教育に使われる教材は大きく三つに大別できる。ラジオのような目的の決まった電子工作物と、ブロックや電子部品などを組み合わせたロボット工作キット、ソフトバンクの「ペッパー」のようなコミュニケーションロボットだ。それぞれ一長一短がある。
ロボットキットの教材開発を推進する東京学芸大こども未来研究所の金子嘉宏副理事長は「現場の先生からはラジオのように手元に残り、授業後も役に立つモノがほしいと要望される」と説明する。ラジオは用途が明確だが、ロボットキットは特定の用途がない分、目的を持たないと役に立たない。
コミュニケーションロボットを手がける企業はプログラミング教育への参入に積極的だ。ソフトバンクはロボットアプリを作成する基盤ソフト「コレグラフ」を展開する。ペッパーの台詞や動作をブロックのように組み合わせて一連のサービスを作る。小中校生でも扱えるのが強みだ。
NTTもサービス開発基盤ソフト「連舞」の採用を目指す。連舞はロボットやセンサー、家電などさまざまな機器をつなぎ、各機器への命令をブロックのように組み合わせてサービスを作る。NTTサービスエボリューション研究所の松本猛研究主任は「誰でも簡単に使えることを訴求したい」という。
ペッパーなどのロボット教育を手がける玉川大学の岡田浩之教授は「本格的なロボットもアプリ開発が簡単になり、教育現場で使えるようになった。子どもは本物か“オモチャ”かすぐ見抜き、オモチャには熱中しない。プロが使う機体を使えば意欲を引き出せる」と強調する。
学習指導要領の改定で中学校のプログラミング教育では「問題解決」に本格的に取り組む。“オモチャ”では難しく、実際に使われているロボットが有効だ。
ただ本格的なロボットを学校の先生が運用するのは簡単ではない。タブレット端末を使った電子教材でさえ、端末がフリーズするたびに授業が止まる例が少なくない。
今はまだバグの多いロボットの扱いは学校にとってハードルが高く、民間や有志の私塾が受け皿になっている。また、子どもや先生にとってロボットの中身がブラックボックスになり、なぜ動くのかわからないままプログラミングを学ぶことになる。
ロボットキットはラジオを求める現場ニーズと本格的なロボットとの板挟みにあるが、ブラックボックスにならない点が強みだ。学芸大の大谷忠准教授は「ロボットを子どもが組み立てるため、なぜ動くのか、どこにミスがあるかわかる。授業を設計しやすい」と説明する。
歯車を使った力の伝達でギア比やテコの原理を教えるなど現行の授業とも相性が良い。文部科学省は18年度に50程度の授業事例集を作成する。
本格的なロボットはロボット工学の大学研究者が中心で、技術の先進性や操作の簡便さのPRに熱心。ロボットキットは教育学の研究者が中心に教材を開発し、現場に適した授業案を作成する。同じプログラミング教育市場を目指しながらも、両者を隔てる溝は小さくない。
文科省情報教育振興室の稲葉敦室長補佐は「子どもがもっとやりたいと思ったときに、学校で教えられるのはここまでと終わらせてほしくない。先生が地域の体験イベントを紹介するなど、学校の中の教育と学校の外の教育をつないでほしい」という。
公教育と地域で運営する工作教室や民間の塾などとの連携が必要だ。プログラミングやモーターの仕組みなど、授業の単元とロボット教室が連動できると授業が面白くなり理解も深まる。ただ学芸大こども未来研究所の金子副理事長は「公教育と民間は文化がまったく違う。学校の内外で教育を連携する発想すらなかった」と振り返る。
経産省中国経済産業局の新連携事業では学芸大こども未来研究所とテーマパーク経営のおもちゃ王国(岡山県玉野市)、イベント運営のビザビ(岡山市北区)などが連携する。
小中学校の公教育と民間のロボット教室、「STEMQUESTスタジアム」イベントを連動させて教育効果を高める。広島など中国地方を中心に90以上の中学校に教材を導入した。ロボットイベントに地方自治体や中小企業を巻き込み、地域の技術者が子どもにロボット工作を教える地域企業のPRの場にしたい考えだ。
例えば経産省主催のロボットの国際競演会「ワールド・ロボット・サミット」(WRS)ジュニア部門の試験大会では小中学生がペッパーでアプリを開発。NPO法人「WROジャパン」(東京都千代田区)などが主催するロボットコンテスト「ワールドロボットオリンピアード」は国内大会だけで小中高校生約1600チームが参加。国際大会は47カ国500チームが競い合う。
公教育と地域の大学や企業のサポートするロボット教育がつながり、子どもたちを世界の舞台に送り出せばPRにもなる。連携を通じて学校のための教材をより実用に、実用ロボットを教育現場で使いやすく、進化を促すことが期待される。
(文=小寺貴之)
学習目標を損なわず
小学生にプログラミングの抽象的な概念を教えるのは難しい。そこで、現実にモノが動くロボット工作キットとプログラミングの組み合わせが検討されている。ロボットを歩かせたり、迷路を解かせたりと、プログラムを書いた結果がその場で見え、日常生活に役立つ装置に応用することも可能だ。
ただ実際に授業で使うにはハードルが高い。子どもに教材の組み立て方や扱い方を教えるのに時間がかかり、十分にプログラミングに取り組めないこともある。また小学校では図工や理科、総合などの授業にプログラミングを組み込んで情報技術に触れるきっかけをつくる。本来の授業や学習目標は損なうことはできない。
ロボットプログラミング教育に使われる教材は大きく三つに大別できる。ラジオのような目的の決まった電子工作物と、ブロックや電子部品などを組み合わせたロボット工作キット、ソフトバンクの「ペッパー」のようなコミュニケーションロボットだ。それぞれ一長一短がある。
ロボットキットの教材開発を推進する東京学芸大こども未来研究所の金子嘉宏副理事長は「現場の先生からはラジオのように手元に残り、授業後も役に立つモノがほしいと要望される」と説明する。ラジオは用途が明確だが、ロボットキットは特定の用途がない分、目的を持たないと役に立たない。
教育現場、板挟み
コミュニケーションロボットを手がける企業はプログラミング教育への参入に積極的だ。ソフトバンクはロボットアプリを作成する基盤ソフト「コレグラフ」を展開する。ペッパーの台詞や動作をブロックのように組み合わせて一連のサービスを作る。小中校生でも扱えるのが強みだ。
NTTもサービス開発基盤ソフト「連舞」の採用を目指す。連舞はロボットやセンサー、家電などさまざまな機器をつなぎ、各機器への命令をブロックのように組み合わせてサービスを作る。NTTサービスエボリューション研究所の松本猛研究主任は「誰でも簡単に使えることを訴求したい」という。
ペッパーなどのロボット教育を手がける玉川大学の岡田浩之教授は「本格的なロボットもアプリ開発が簡単になり、教育現場で使えるようになった。子どもは本物か“オモチャ”かすぐ見抜き、オモチャには熱中しない。プロが使う機体を使えば意欲を引き出せる」と強調する。
学習指導要領の改定で中学校のプログラミング教育では「問題解決」に本格的に取り組む。“オモチャ”では難しく、実際に使われているロボットが有効だ。
ただ本格的なロボットを学校の先生が運用するのは簡単ではない。タブレット端末を使った電子教材でさえ、端末がフリーズするたびに授業が止まる例が少なくない。
今はまだバグの多いロボットの扱いは学校にとってハードルが高く、民間や有志の私塾が受け皿になっている。また、子どもや先生にとってロボットの中身がブラックボックスになり、なぜ動くのかわからないままプログラミングを学ぶことになる。
ロボットキットはラジオを求める現場ニーズと本格的なロボットとの板挟みにあるが、ブラックボックスにならない点が強みだ。学芸大の大谷忠准教授は「ロボットを子どもが組み立てるため、なぜ動くのか、どこにミスがあるかわかる。授業を設計しやすい」と説明する。
歯車を使った力の伝達でギア比やテコの原理を教えるなど現行の授業とも相性が良い。文部科学省は18年度に50程度の授業事例集を作成する。
本格的なロボットはロボット工学の大学研究者が中心で、技術の先進性や操作の簡便さのPRに熱心。ロボットキットは教育学の研究者が中心に教材を開発し、現場に適した授業案を作成する。同じプログラミング教育市場を目指しながらも、両者を隔てる溝は小さくない。
中小企業・自治体と連携
文科省情報教育振興室の稲葉敦室長補佐は「子どもがもっとやりたいと思ったときに、学校で教えられるのはここまでと終わらせてほしくない。先生が地域の体験イベントを紹介するなど、学校の中の教育と学校の外の教育をつないでほしい」という。
公教育と地域で運営する工作教室や民間の塾などとの連携が必要だ。プログラミングやモーターの仕組みなど、授業の単元とロボット教室が連動できると授業が面白くなり理解も深まる。ただ学芸大こども未来研究所の金子副理事長は「公教育と民間は文化がまったく違う。学校の内外で教育を連携する発想すらなかった」と振り返る。
経産省中国経済産業局の新連携事業では学芸大こども未来研究所とテーマパーク経営のおもちゃ王国(岡山県玉野市)、イベント運営のビザビ(岡山市北区)などが連携する。
小中学校の公教育と民間のロボット教室、「STEMQUESTスタジアム」イベントを連動させて教育効果を高める。広島など中国地方を中心に90以上の中学校に教材を導入した。ロボットイベントに地方自治体や中小企業を巻き込み、地域の技術者が子どもにロボット工作を教える地域企業のPRの場にしたい考えだ。
例えば経産省主催のロボットの国際競演会「ワールド・ロボット・サミット」(WRS)ジュニア部門の試験大会では小中学生がペッパーでアプリを開発。NPO法人「WROジャパン」(東京都千代田区)などが主催するロボットコンテスト「ワールドロボットオリンピアード」は国内大会だけで小中高校生約1600チームが参加。国際大会は47カ国500チームが競い合う。
公教育と地域の大学や企業のサポートするロボット教育がつながり、子どもたちを世界の舞台に送り出せばPRにもなる。連携を通じて学校のための教材をより実用に、実用ロボットを教育現場で使いやすく、進化を促すことが期待される。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年11月6日