新聞記者が本を書く理由

毎日新聞社外信部長・小倉孝保氏「若手でもマラソンを走った方がいい」

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「新聞記事は100メートルの短距離走のよう」(小倉氏)
 ―死刑制度の意義やアフリカの貧困など重いテーマの著作もありますが、今回は文字通り医療制度にメスを入れました。
 「いろんなテーマに関心を持ち、スクラップなどを作っていきながら、自分の中で主題が醸成されていく。今回はウェンディという普通の英国人女性が乳がんになる可能性を時限爆弾のように持ちながら、生き残ることに挑んだ姿を取り上げた。英国の“ゆりかごから墓場まで”とされる医療制度の良さと課題も知ることができた」

 ―ウェンディが厳格で行き届いているとされる英国の医療制度をも変えたという物語です。
 「権威ある学者や医者ではなく、普通の人がものごとを変えていくことに面白みを感じた。ただ“助けて”と言っても誰も支援してくれないが、当事者が動くことで、それを支援する人が出て来て、変革を実現させるよい循環を目の当たりにした」

 ―著名なハリウッド女優が乳がんにかかるリスクを減らすため、健康な両乳房を完全切除したことは大きな話題になりました。
 「アンジェリーナ・ジョリーの決断は医療倫理を含めてさまざまな問題を抱えており、難しい課題を表面化させるのに十分な出来事だった。私の身内には居ないが、周りで聞くと日本人でも11人に1人は乳がんを発症するという。実は多い病気だ」

 ―本書に出てくるウェンディは自身も大変なのに、もっと困った姉妹を助けます。日本でもボランティアは育ちつつありますが、英国で感じたことは。
 「大英帝国は18世紀後半から世界の富を集めてきて、その繁栄がもたらしたゆとりのある時代が長く続いたのが大きいと思う。ゆとりがあるからこそ、人を助ける気持ちも持てるのだろう。日本も戦後50年とリンクした阪神淡路大震災の時に助け合いの心は育ち、ボランティアも活発になっていた。それ以前の大規模災害時とは異なった」

 ―海外取材をしていて国や民族の違いを感じることはありますか。
 「多様性があるとされるニューヨークとロンドンでは大きく違う。ニューヨークは世界中の人が集まるが、同じテーブルに白人と黒人が座ることなどはほとんどない。逆に、ロンドンは隣にネーティブアフリカンが居たりする。その意味で、ニューヨークは真に多様性を認めてはいない気がした」

 ―若い記者がルポルタージュや評伝を書くことには賛成ですか。
 「若手から相談を受けることも多い。その際は必ず、“やった方がいいよ”とアドバイスしている。新聞記事は100メートルの短距離走のように短い記事を、短時間で書く。連載でも1500メートルの中距離走程度で、新聞に掲載できる範囲は原則そこまでだ。1万メートルやマラソンを走る感覚でやれるのは出版の場合だからだ」

 ―小倉さんの著作は大きな賞も受けているのに売れないジンクスがあるとか。
 「今回の本は、女性はもちろんのこと男性にも読んでもらいたい。ただ、大手書店でも医療関係の所に置いてあったりするので、幅広い人に読んでもらうためにも一般ノンフィクションの棚に並べてもらえればと思う」
(聞き手=鈴木景章)
【略歴】
88年(昭63)小倉孝保(おぐら・たかやす)毎日新聞社外信部長。関西学院大社会卒、同年毎日新聞社入社。カイロ、ニューヨーク両支局長、欧州総局(ロンドン)長を経て15年7月より外信部長。滋賀県出身、53歳。『がんになる前に乳房を切除する』(文芸春秋)

日刊工業新聞2017年11月6日

COMMENT

 新聞記者の出世すごろくでは、ラインの部長になる人間と現場で退職時期まで現役を貫き編集委員などになる人間とに大きく分かれる。通常、大手紙の場合、スター記者が管理職に進み、ましてやラインの部長になるケースは皆無といってよいほどだ。小倉氏は福井支局で駆け出しに、事件記者の登竜門ともされる阪神支局に赴任した。ちなみに、入社の前年には忌まわしい朝日新聞阪神支局で赤報隊事件があった。そして小倉氏が赴任して間もない、1990年3月には兵庫県尼崎市のスーパー長崎屋で火災が発生。小学生を含め15人もの犠牲者が出た。当時も毎日の記者は交代で長崎屋を出入りする人々を写真に残すような地道な取材も積んでいた。  カイロ支局長時代はバグダッドでの取材中、強盗に襲われ、自身が事件のネタになるほど、「事件運」にも恵まれ、ニューヨーク、ロンドンにも赴任している。著作を見ると、米国の死刑制度、スパイ、アフリカの貧困と何をテーマに生きているのか?不可思議。また、『柔の恩人-女子柔道の母』では小学館ノンフィクション大賞・ミズノスポーツライター賞最優秀賞をダブル受賞するストーリーテラーでもあり、ロンドン時代には日本人として初めて英国外国特派員協会賞を受賞する実力派ながら、商業的ヒットに恵まれない不思議なジャーナリストである。とはいえ、「好きなことをする以上、部長としての業務は人並み以上にやりたい」とする矜持(きょうじ)は、ホームラン作家の資質に違いない。 (日刊工業新聞中小企業部長・鈴木景章)

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