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前LINE社長が若い女性たちと目指す“ニッポンのMTV”

スイッチを入れる人たち(第3回)「プライドなんて馬鹿らしい。今、1日10件くらい営業に回ってます」

ビジネスをやるなら、自分の相性よりも乗り越えやすいものがいい


 ―ではここからは「C CHANNEL」について伺っていきます。新しく起業する中で、なぜメディアの分野を選んだんですか。森川さんの頭の中にはいくつぐらいビジネスアイデアがあったんですか。
 「難しいですね。まあ、10個とかそれくらいありましたね。僕がやるのであれば、ある程度規模感があるものでないと、LINEの人たちに対しても悪いですし、外からみても僕がいきなりゲーム会社なんか作ったら、しれっとしちゃいますよね(笑)。なので、何か社会的に意義があって、かといって全然儲からないと、それはそれで心配されるので、ある程度の収益が上がるものということで最終的にメディアに落ち着いたんですよね」

 「以前から教育やヘルスケアなどもウォッチし検討もしたんですけど。そういう会社へ出資もしたり。でも教育は成功事例がなかなかない。本当に少ない。今はほとんど無料ですからね。ヘルスケアは最近出てきましたけど、難易度が高いですよ。保険のこととかもありますし、いろいろな人とつながらないといけない。教育やヘルスケアより、メディアは成功確率が高い。それで、僕がやるという視点で考えたら、メディアに行きついたわけです」

 ―メディアの中でも女性に焦点を当てたのは。
 「メディアでいうとオタク系がやりやすいと思ったんですよね。アニメコンテンツとか。でも僕がやることではないと思いました。やっぱり裾野に広がりがあって、グローバルに出ていけるようなことをやろうと。それでC CHANNELにたどりついたんです」

 ―森川さんが、若い女性と接点を持つ機会はLINE時代からそれなりにあったのですか。
 「若いというのはどこから?というのはありますけど、LINEの経験も含めて、若い人が新しいことをやることに対して受けいれる柔軟性はあります。どうしても、上から目線の偉い人だと、これ儲かるの?とか、つまんないよね?という話になっちゃう。日本企業の多くは、まず社内で受けるものじゃないと評価されない。でも若い人はサービスが良ければ反応するし、悪ければ反応しない。ビジネスとしてはわかりやすいですよね」

 ―エンジェル的な役割という選択肢はなかったんですか。
 「今もそれはやっていますけど、まあ、なんでしょうね。説得力を持つためには自分でも何かやるべきだと思ったんです。あんまり外野からとやかく言われるのは起業家も嫌だろうし、僕も言われるのは嫌ですから」

 ―日本テレビ時代の仲間が今回のビジネスのきっかけになったとか。
 「定期的に会っていましたからね。具体的になったのは去年の年末くらいですかね。最初は、『そいつがやるんなら出資しようかな』って気分でいたんですよね。でも僕がやったほうが上手くいくと思ったんですよね(笑)」

 ―自身で起業するのは初めてですが、そういう部分の経験やノウハウの不安というものは。
 「会社を起こすことにおいて、細かいことはやったことはなかったですけど、事業を作ったことはあったので、リスクは感じなかったですね。面倒くさいと思うことはありましたけど。住所変更の手続きとか、ここの(C CHANNEL本社)の鍵が閉まらなくて工事したとか、ゴミ掃除とか(笑)。でも、そんなにないですかね」

 ―平均的な一日のスタイルはどんな感じですか。いつもここに来られるんですか。
 「もちろん。今日、営業マンが一人入ったんですけど、それまで僕が営業をしていたので。まあ、そういうところで、良くも悪くも時間がとられる。営業だと外に出ないといけないし。1日10件くらいま回ってますから。移動時間も多いし。あと取材も多かったり」

 ―森川さんが来ると、先方は多少なりとも、森川さんだ!ってなりますよね。
 「そういうところもあれば、そうじゃないところもあります。カスタマーサービスも僕がやっているんですけど、そういうところでは僕のこと知らない人もいますから」。

 ―立ち上げは10人ほどでスタートされました。本にも、優秀な人材が集まればうまくいくと書いてあります。今回、どのような基準でどんな人材を集めたんですか。
 「基本的には経験者です。その業界で活躍してきた実績のある方を中心に集まっていますね。正直、どの分野も僕よりも詳しい人たちなので、方向性を示せば、みんながそれ沿ってやってくれます」

 ―採用にどれくらいの期間をかけられたんですか。
 「時間がなかったので、本当に一カ月くらいですね。フェイスブックで声かけたり。ここにいる人たちは、だいたい食事一回で決まりましたね」

 ―LINEのときも少数精鋭でしたけど、かなり採用にコミットされていたんですか。
 「昔はやっていましたけど、結局、僕が現場の責任を取るわけではないので、現場で決めてましたね。例えばエンジニアを採るにしても、優秀なエンジニアか僕は判断できない。だから役員だけやっていました」。

 ―身近な人を含めC CHANNELのビジネスモデルへの反応は。
 「良かったですね。サービスモデルとしては。ただ、収益は大丈夫か?スケールするの?というものは誰からもよく言われます。スケールするの?映像ってやっぱりお金がかかるイメージがあるじゃないですか。華やかで楽しそうだけど」

世界中の女性が毎日毎週コンテンツを見て、生活が楽しくなるものを作りたい


 ―「MTV」のようなブランドを目指したい、とおしゃってます。その意図は。
 「メディアのブランドだと『MTV』や『CNN』が一番認知度が高いじゃないですか。CNNはジャーナリズムだから、それはそれで色々な人に叩かれる。MTVを叩く人はいないですよね。個人的な音楽の趣味というより、多くの人に叩かれない分野がいいかなと思っていました。報道はいろいろ大変ですよ」

 ―動画はニュースよりエンターテイメントの方が親和性が高いという見方もあります。
 「僕はそうは思わないですけどね。ニュース報道をやるとなると、まず記者クラブはどうするのか?じゃあ、取材に行ってスマホに対して答えてくれるのか?そういうハードルがあります。そういう社会的に通念みたいなものが優先される領域は、新しいビジネスはやりづらいですよね。CNNも立ち上げってうまくいくまでは時間がかかりましたから。そういうのを乗り越えないといけないですよね。ビジネス的な観点でいうと、自分の相性というよりは乗り越えやすいものの方がいい」

 ―C CHANNELが目指すべきものは。
 「そうですね。まずは、女性向けのメディアなので、おしゃれな女性たちが毎日毎週、コンテンツを楽しみにして、それを見て参考にして、何か普段の生活が楽しくなってくれるものができたらいいですよね」

 ―まだ公開して間もないですがユーザーの反応で面白さや難しさを感じた部分はどんなところですか。
 「そうですね。やっぱり、人それぞれ好みが違うということ。今はまだ機能が全部入ってないので、単純に時系列で動画が出ている。だから自分の好みに合う人のマッチングが出来ていないんです。そこを早くやらないといけない。例えば、クリッパー(投稿者)の動画でスカートの丈が長い人と短い人でも全然見え方、感じ方が違うし、原宿と渋谷の街でも全然違う。そういうニーズを取り込んでいきます」

 「あと、意外と男性のアクセスが多いんですよ。まあ、別に悪いことじゃないですけど、ちょっと、どうしたものかなと思いまして。やっぱり広告販売をするところで、女性向けのメディアと言っているのに男性が多いと、つじつまが合わないですからね(笑)。これからアプリが出したりするのでそこから本格的にスタートって感じですね」

 ―課題の収益化の部分は。
 「LINEの公式アカウントみたいなアプローチなんですよね。クリッパーによる投稿動画と広告は区別します。コンテンツに広告を入れるのではなく、ユーザーが増えた段階で企業の『公式チャンネル』のような枠を設けて、企業の動画オンプラットフォームにして、どうぞ自由にやってくださいという形です。楽天の動画版ですかね。広告というよりもコンテンツですね。企業がブランドを作っていくという流れです」

 ―似たようなサービスはあるんですか。
 「インスタグラムとかは近いですけど、切り口はそれぞれ違いますからね」

 ―やはり動画に特化していくんですか。
 「そうですね。別に静止画、テキストを否定するわけではないんですけど、リッチコンテンツになっていく方向で、動画のニーズは高まると思うんですよね。ただ、何でも動画でいいかというと、そうでもなくて、動画だからこそ意味あるものを提供しないと。容量も重いですし、パケットもかかっちゃいますから。動画だから見たいというものを出していかなければ、という思いはあります」

 ―グローバルを見据えてスケールしていく戦略は。
「もう来月からクリッパーを世界の各拠点に置いていきます。夏には英語版も出そうと思っています」

 ―LINEでやってきた海外戦略のノウハウなどはここでも活用できますか。LINEアプリはスケールできた国とそうじゃない国でいろいろ評価はあったと思うんですけど。
 「各地域の好みとかそういうのは反映できますよね。あと人脈も。難しさ、当然ありますよ。一番は結局、日本語を使う人が少ないことです。英語やスペイン語圏ならはWhatsApp、中華圏ならWeChatを使うじゃないですか。それ以外の地域を取るのは最初からハードルが高いですよね。そんな状況でLINEは成功している方だと思う」

 ―本社に原宿という場所を選んだのは。
 「原宿にオフィスを構えたい、というのはありました。ただ、物件がほとんどなかったんです。そうしたら、たまたま『カワイイ文化』を発信しているアソビシステムの中川(悠介社長)さんの事務所の目の前が空いていた。しかも一軒家。ガラス張りのスタジオにしたかったので。運命というか、ラッキーでしたね。日本テレビが昔からやっている『マイスタ』(ズームイン!朝などに使用)のイメージです。道を歩いている人は僕たちを見るし、僕たちも見る。いいサービスをしていれば、みんなニコニコしながら見るだろうし、悪いサービスしていたら嫌な顔をする。そういうコミュニケーションを大切にしていきたい」

 ―今、やってて楽しいですか。
 「楽しもうとは思っていないですよ。でも楽しみは、ここにいるみんなと一緒にできることですかね。大きい会社と小さい会社って全然違いますから。ユーザーを含めみんながハッピーになる仕組みをどういう風につくって、ゼロサムではなく付加価値を生み出していくか。日本のいいところの文化を世界に発信して、日本中を元気にして、世界を明るくしようと思っています」
 (聞き手=明豊)

 <略歴>
 森川亮(もりかわ・あきら)
 1967年生まれ。筑波大学卒業後、日本テレビ放送網に入社。コンピュータシステム部門に配属、2000年にソニー入社。ブロードバンド事業などに従事。03年にハンゲーム・ジャパン(現LINE)入社。07年に同社代表取締役社長に就任。今年年3月、LINEの社長を退任し顧問に就任した。4月、動画メディアを運営するC Channel株式会社を設立、代表取締役に就任。神奈川県出身、48歳。

ニュースイッチオリジナル
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
最近、森川さんの話を聞く機会が多かった。これまでゆっくり取材などをすることはなかったので、すごく飄々としたフットワークの軽い方、という印象が強かった。でも、本当の正体を知らなかったのだ。実に懐が深い経営者である。さすが様々な修羅場を経験されてこられただけのことはある。森川さんの言葉が一つひとつ本質的で鋭い。先日も森川さんと、ディー・エヌ・エーの南場さんの対談に立ち会ったが、南場さんも改めて森川さんの凄さを感じ取っていた様子だった。これからの「C CHANNEL」に大注目。

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