ウエアラブルの競争領域、モノづくりからデータへ

新たな価値、カギはAIやデジタル人体モデル

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 ウエアラブルの競争領域がモノづくりからデータへシフトしている。端末のセンサーと機械学習やシミュレーションを組み合わせて、体の姿勢や動き、表情を高精度で判定することがトレンドになっている。取得したデータを統合すると、新たな価値が生まれる。そのカギは人工知能(AI)技術やデジタル人体モデル。スポーツやゲーム産業が、こうしたデータ収集のプラットフォームになる可能性を秘めている。

 「ゲームのルールを変えました」。東京大学発ベンチャーのXenoma(ゼノマ、東京都大田区)の網盛一郎社長はにやりと笑う。ゼノマは染谷隆夫東大教授の研究を基に起業した。染谷教授は有機エレクトロニクスの大家だ。

 これまでウエアラブルスーツでは、伸縮しても断線しない配線の開発を競ってきた。ゼノマは有機と無機の材料を組み合わせ、激しい身体の動きや汗、皮脂、洗濯に耐える配線を実現。伸縮性回路を利用したウエアラブルスーツを事業化した。身体の動きに応じて配線が伸縮し、電気抵抗が変わるため身体の動きを検出できる。

 だが、伸縮による抵抗値の変化だけでは、身体の姿勢はわからない。どの筋肉が動いているか推定できるが、姿勢やモーションを計測できない。

 そこで、AI技術で“ゲームのルールを変えた”。ディープラーニング(深層学習)を取り入れ、約2500回のゴルフスイングのデータを録り、お手本や「インパクト時に力む」「肘が曲がる」など7種のスイングデータを蓄積。深層学習でデータを学習すると、おおむね9割以上の識別精度を達成した。

 AIは正解のわかっているデータを学習する必要がある。そこでゼノマはゲーム会社と連携し、格闘ゲームで全身運動のデータを集める。網盛社長は「ゲームなら『波動拳』や『昇龍拳』など、技と動きが決まっており、正解データを集めやすい」と説明する。

 激しい動きに耐え、軽さも必要なウエアラブル端末には高精度センサーは搭載できない。そこで粗いデータから機械学習で身体の動きを判定したり、シミュレーションで動きを再現したりする技術が注目されている。その一つが光反射型の距離センサーの応用だ。非拘束で計測でき、軽く安い。
ゼノマのウエアラブルスーツ

 産業技術総合研究所の宮田なつき主任研究員と慶応義塾大学の杉浦裕太助教は、光反射センサーでラケットやボトルの握り方を推定する技術を開発した。光反射センサーをラケットのグリップに巻き付けると、握った手の上端がわかる。

 このデータに人間の手のシミュレーションモデルを重ね合わせると、握り方と位置がわかる。握り位置でラケットやゴルフクラブへの力のかかり方が決まる。リアルタイムで握り方を指示でき、コーチングを一部自動化できる。

 シミュレーションには産総研が持つ高精度のデジタル人体モデルを活用する。手の形の正確な再現には38項目の長さや厚みの計測が必要だが、産総研のモデルを使うと3項目で個人差を含んだ手を再現できる。

 慶大の杉本麻樹准教授の研究はヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)に光反射センサーを並べたシートを取り付け、表情筋の動きから表情を推定する。

 まずHMDに女性キャラクターを表示し、表情をまねるようにユーザーに依頼。無表情と喜び、怒り、驚き、悲しみなどの表情と筋肉の変位データを対応させ、機械学習で識別する。

 悲しみは無表情と誤認しやすく識別精度が76%に落ちるが、残りは90%以上を達成した。

 杉本准教授は「VR(仮想現実)ゲームでキャラクターが話しかけ、本当にユーザーが喜んでいるか表情でわかるようになる」と説明する。

 ゲームはシナリオや状況を作り込めるため、目的のシーンの表情や動きのデータを集めやすい。ストーリー中に識別用や学習用シーンを織り交ぜ、ゲームを楽しみながらデータ収集できる。

 個々のウエアラブル端末で動作判定や表情は識別できる。ただ全身運動と表情など、データ同士を統合できると価値が広がる。

 全身運動から運動量や消費カロリー、表情から疲労度や集中力を推定できる。情報が増えるほど高度なサービスが可能だ。心拍数など生理データとひも付ければ不整脈の見守りやヘルスケアにもつながる。
              

 別々のウエアラブル端末でも、一度統合したデータを録ると各端末が推定できる要素が増え、端末間で補い合うことが可能だ。

 そこでどんなサービス舞台にデータを統合するかが、ウエアラブルベンチャーの事業戦略として重要になる。候補はスポーツとVRゲームだ。

 VRゲームはゲームセンターのブースにカメラなどを配置すれば全身運動の正解データを集め、表情、心拍などもコンテンツと連動して収集できる。ゾンビに襲われれば恐怖し、退治できればほっとするといった具合だ。

 スポーツも有力。東京大学の稲見昌彦教授は「スポーツには全身運動、集中力、心拍などすべての要素がそろっている。ダイビング競技の安全確保のように計測デバイスを導入するモチベーションも大きい」と指摘する。

 ウエアラブル端末が集めたデータは個人情報保護の面で扱いが難しい。国の研究機関が匿名性を担保し各データをひも付けたデータセットを用意できればベンチャー育成支援策になりえる。

 モノづくりの得意なベンチャーも、ビッグデータ(大量データ)やAIを競う情報戦で戦えるようになるかもしれない。ゼノマを支援する科学技術振興機構(JST)起業支援室の元島勇太主査は「ゼノマとビッグデータの専門家や企業をつないでいく」と奔走する。

 データ統合はユーザーにとってもメリットは大きい。産総研の多田充徳デジタルヒューマン研究グループ長は「センサーの値としてデータを蓄積するより、人体の活動や負担として記録した方が健康に直結するため有用。センサーや端末が変わってもデータを引き継ぎ利用できる」と指摘する。

 ウエアラブル端末が生むデータをどう統合するか。ここを握ったプレーヤーが新しいゲームのルールを描くことになる。

(文=小寺貴之)

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小寺貴之
編集局科学技術部
記者

 ウエアラブル開発にゲームチェンジが起きています。競争原理が製品作りからデータマネジメントに変わりました。ウエアラブルが集める粗いデータもAIやシミュレーションで補えば、高度な情報になります。簡素なセンサー・間欠的なデータでも、姿勢や動作、表情を推定すれば付加価値がつきます。さらにウエアラブル同士が連携すると新たな価値が生まれます。体や手足の動きと表情を掛け合わせ、身体能力や疲労、集中力を推定すれば、体調管理やタスク配分などのサービスにつながります。  またスポーツやVRゲームがデータ収集プラットフォームになる可能性が出てきました。VRを通してウエアラブルを統合したデータを集めれば、各ウエアラブルを補完できます。国や研究機関がデータ基盤を整えると、各メーカーが独自にデータを貯める前にサービスを試せ、最低限必要なデータ群や測定精度を検証できます。ウエアラブルベンチャーをデータマネジメントの領域に踏み出させる支援策として期待できます。

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