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牛をめぐる冒険はより効率的に。酪農家を助ける管理システム続々

パナソニックは暑さ防ぎ搾乳量増へ。エスイーシーは発情の兆候を高精度検知
牛をめぐる冒険はより効率的に。酪農家を助ける管理システム続々

次世代閉鎖型牛舎。両側の壁に配置した大型換気扇が快適な気流を作る

 畜産事業者は飼料価格や光熱費の上昇、伝染病、周辺住民の苦情、後継者不足など、さまざまな課題を抱えている。こうした中、パナソニックは約40年前から手がける畜産用換気扇に温湿度センサーなどを組み合わせて、牛や鶏の飼育環境を総合的に管理するシステムを提案している。中でも次世代閉鎖型牛舎は夏の暑さに弱い乳牛に快適な環境を提供し、酪農家の課題解決につなげるシステムだ。

 国内の一般的な乳牛は壁のない開放型牛舎で飼育されている。夏季に入って温度、湿度が高くなると、牛は不快に感じて換気扇の風が当たる涼しい場所に集まる。だが牛が密集してしまうことから、それがさらに牛のストレスを高め、搾乳量が低下してしまう。

大型換気扇144台


 パナソニックと宇都宮大学が栃木県大田原市で行った実証実験によれば、開放型牛舎で飼育する乳牛は6―11月に搾乳量が他の期間より10%以上減少する。実証実験に協力した酪農家の畑昌平グリーンハートティーアンドケイ社長は「乳価の高い夏季に搾乳量が低下するのは日本の酪農家に共通する悩み」と指摘する。

 また、牛が乳を最も多く出すのは分娩(ぶんべん)後50―100日。この期間を乳価の高い夏季に合わせようとすると7月頃に受胎させ、4―5月に出産させるのが良いとされる。ただ、乳牛は体温が40度を超えると受胎しないため、ここでも牛舎の暑さ対策が重要になる。

 これらの課題を解決するためにパナソニックが開発したのが次世代閉鎖型牛舎だ。牛舎の長手側の壁に112ミリメートル角の大型換気扇計144台を隙間なく配置し、一方の壁側から吸い込んだ空気を反対側から排気して牛舎内に気流を作る。センサーで計測した温湿度に基づいて換気扇の動きを調整し、牛舎内にムラなく快適な環境を整備する仕組みだ。

 同牛舎内は暑い時で毎秒約2・5メートルの風が吹いており「人間も外に出たくなくなる」(畑社長)ほどの快適さ。この風で、感染病を媒介する吸血昆虫が飛び回るのも抑制できるほか、常に新鮮な空気を供給するため便のアンモニア臭も低減できる。

 実証に使った次世代閉鎖型牛舎の初期費用は飼育頭数80頭で約8000万円。開放型より2割弱ほど高い。ただ実証実験では7―9月の1頭当たりの搾乳量が月平均7キログラム増やせるほか受胎率向上などの効果があり、酪農家は年間で約560万円の収入増になった。

鶏舎にも展開


 パナソニックは今後、牛舎と廃水処理、脱臭、堆肥処理など畜産業向けのシステムを組み合わせた提案を強化し、2018年度売上高で15年度比2倍の40億円を目指す。

 牛よりも市場規模が大きく、全世界で需要がある鶏の飼育管理システムも実証中だ。「鶏のシステムが本格的に受注できるようになれば売上高のケタが変わる」と(同社幹部)見ており、本格的な事業展開に向けて準備を進めている。
(文=大阪・錦織承平)

牛の鳴き声や行動量をセンサーやマイクで


 エスイーシー(SEC、北海道函館市、永井英夫社長)は、歩数計や体温計などを装着せずに、牛の発情の兆候を検知できるシステムを開発した。赤外線距離センサーや温湿度センサー、集音マイクなどを組み合わせ、牛の鳴き声や行動量の変化などから兆候を検知し、飼育管理を効率化できる。2016年度は道内外の牧場で実証実験を進め、17年度の発売を目指す。

 各種センサーや集音マイクなどを組み合わせた発情兆候検知ユニットを牛舎内につなぎ飼いされた牛向けに使用する。牛の鳴き声や行動量の変化、連続で立ち続ける時間などから兆候を検知し、集まったデータを収集・分析して管理者のスマートフォンなどへ通知する。迅速かつ確実に発情を知ることで、人工授精から妊娠・出産まで円滑に対応できるようになるという。

 システムのベースは函館工業高等専門学校と連携して開発した。16年度は函館市や帯広市、鹿児島県で乳牛や和牛を対象に実証実験する。同ユニットの小型化にも取り組む。発情兆候の検知システムの開発を進めるとともに、牛の健康管理もできるシステムへの機能拡大も見据える。

 SECは69年創業でITサービスを主力とする。気象観測システムといった営農ソリューションや深海で電子機器を保護する耐圧防水樹脂の製造・販売なども展開している。


日刊工業新聞2016年9月6日/7日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
この数年、ベンチャーを含め酪農向けのIoTソリューションが数多く登場している。ただ根本的な国の酪農政策がブレていては元も子もない。国は戦後、生乳の安定供給を目的に価格や生産量の調整に実質的に強く関与する仕組みを長く続けてきた。TPPの発効は不透明な部分もあるが、後継者不足も放置するわけにはいかない。

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