ラグビー・五郎丸選手の集中力を育てた「ルーティン」の秘密

<情報工場 「読学」のススメ#4>『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』(荒木香織著)

**メンタルコーチと一緒に完成させた「五郎丸ルーティン」  2015年W杯での「歴史的勝利」が大々的に報じられて以来、日本でのラグビー人気が復活しつつあるようだ。2016年には主に南半球の国々が参加する国際大会「スーパーラグビー」に日本チームが初参加。名だたる強豪相手に善戦し、4月23日には8試合目にして初勝利をあげた。  しかし、何と言ってもW杯以来のラグビー人気に一役買ったのは、日本代表フルバックの五郎丸歩選手の存在だろう。腰をかがめ、お祈りをするかのように両手を前に組む、いわゆる「五郎丸ポーズ」は、小さな幼児から、酔っ払ったサラリーマンまで、誰もが真似したがる。2015年のユーキャン「新語・流行語大賞」トップテンにも選ばれた。2016年に入ってから五郎丸選手はTVCMに引っ張りだこだ。  「五郎丸ポーズ」を含む同選手のキック前の「ルーティン」は、五郎丸選手単独で作られたものではない。2012年から2015年までラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた荒木香織さんと一緒に完成した、ベストパフォーマンスを生むためのツールの一つなのだ。  その荒木さんが著した『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』(講談社+α新書)には、「五郎丸ルーティン」をはじめとする、代表チームで実践されたメンタルトレーニングの数々が紹介されている。陸上競技選手だった荒木さんは、米国の大学院に8年間留学し、スポーツ心理学の世界的権威である二人の教授に学んだエキスパート。本書には単なる経験則にとどまらない、理論に裏付けされた「メンタルを強くするヒント」が満載されている。もちろんそれらはスポーツ以外にも応用可能なものばかりだ。  さて、「お祈り」をしているように見える「五郎丸ポーズ」だが、これは「蹴ったボールがゴールに入りますように」と天に祈っているわけではない。観衆やメディアに自分を印象づけるためにやっているわけでもない。海外の人には「ニンジャ」のようにも見えるらしいが、(当たり前だが)呪文を唱えているのでもない。  五郎丸選手がキック前に行う「プレ・パフォーマンス・ルーティン」は、次の五つの動作で構成されている。 (1)蹴る位置にしゃがみ、ゴールポストを見て、ボールを2回回してからセット。 (2)立ち上がり、後ろに3歩下がり、左に2歩動く(ボールの位置に対し、ゴールポストへの直線から左45度の角度で入っていける位置に立つ)。 (3)右腕をひじまで脇につけ、手のひらを前に押し出すように腕を振る。 (4)身体の前で手を組む(これがいわゆる「五郎丸ポーズ」)。 (5)8歩の助走で蹴る。  いつでも、どんなケースでもゴールに向けてキックをする前にはこれらの動作を、同じ順番でする。(2)や(5)の歩数も変えてはならない。  これらの一連の動作が、五郎丸選手の気持ちをキックに集中させる。ルーティンを取り入れてから、同選手のキック成功率は81%という世界トップクラスの水準近くまで上がったという。  ルーティンを行っている最中、五郎丸選手は「キックを成功させなければ」などと考えてはいない。「僕はキックを蹴るときには何も考えていない。頭にあるのは、自分のルーティンがしっかり守られているかどうかだけだ」と語っている。つまり、キックに集中しているのではなく、ルーティンそのものに集中しているのだ。同選手と荒木さんは、ルーティンの各動作について、きちんとできていたか、毎日点数をつけることまでしていた。「いかに正確にキックを蹴るか」と同時に、「いかにルーティンを正しく行うか」の訓練をしていたということだ。  ルーティンの最中は、スタジアムの歓声もヤジもブーイングも聞こえないそうだ。風が強かったり暑かったりといった感覚も、「失敗したらどうしよう」といったネガティブな感情に苛まれることもない。ひたすら目の前の「するべきこと」に集中する。その集中をそのままキックにスライドすることが、ベストなパフォーマンスを生むのだろう。 <次ページ:「集中した経験」を本番にスライドさせる>  『救急医 驚異の判断力』(PHP研究所)の著者である救急医の角由佳さんは、患者が搬送されてくるまでの5分から10分の間に、徹底したイメージトレーニングを行うという。ワーストケースを想定したシミュレーションをしておくことが、本番でのベストなパフォーマンスにつながる。  こうした直前のイメージトレーニングには、「五郎丸ルーティン」と同様の効果があるのではないだろうか。わずかな時間しかないので、集中してシミュレーションせざるを得ない。その集中が、そのまま実際の患者さんの処置への集中にスライドする。  もう一つ、ルーティンに似たものとして思い出されるのが「マインドフルネス」。グーグルなどの先端企業で導入されたことで注目される、短時間の瞑想によるメンタルトレーニングだ。マインドフルネスの瞑想では「いま、ここ」のみに集中する。未来への不安や過去の後悔などを頭から払い落とす。これまでに紹介したルーティンや救急医のシミュレーションのように「直後」ではないが、日常の仕事に瞑想時の「集中した経験」をスライドさせることが、安定したパフォーマンスにつながるのだと思う。  対象は何であれ、「集中」するための自分なりの方法を見つけることが、メンタルを強くする最大のコツなのだろう。集中しやすいのが「決まった動作」であったり「時間のない中での準備」であったり「いま、ここ」であったりする。まずは自分が集中しやすい対象を探し出すことが重要だ。なお、荒木さんは、できるだけ「自分でコントロールできるもの」のみに集中し、「スタジアムが暑い」とか「対戦相手の体がデカい」など、自分の力ではどうにもならないことに対しては「思考停止」することを勧めている。  自分なりの方法さえ見つかれば、想定外の事態や劣悪な環境、大きなプレッシャーのかかる場面であっても、「今するべきこと」に気持ちを集中させられるようになる。「メンタルの強さ」とは、どんなにマイナスの条件が揃っていたとしても、パフォーマンスへの影響を最小限に抑えられることにほかならない。 (文=情報工場「SERENDIP」編集部) 『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』 荒木 香織 著 講談社(講談社+α新書) 192p 840円(税別)

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