人気じわり…“聴く読書”オーディオブックは出版業界を救うか

連載・音の時代がやってくる#01

オーディオブック利用のイメージ(オトバンク提供)

プロの声優などが読み上げた本の音声を楽しむ「オーディオブック」がじわり人気を集めている。オトバンク(東京都文京区)の「audiobook.jp(オーディオブック・ドット・ジェイピー)」は会員数が100万人を突破し、アマゾンジャパン(同目黒区)が運営する「Audible(オーディブル)」も作品数を大幅に増やしている。出版物の売り上げ減少にあえぐ出版業界は、コンテンツを二次利用できる新しい市場として期待する。 オーディオブックは欧米で急成長する。米国市場は7年連続で二桁成長しており、18年の売り上げは前年比24.5%増で1000億円を超えた。世界で人気が拡大する“聴く読書”は日本に根付くか―。(取材・葭本隆太) 「何もなかった更地に素地ができ、少しずつ作物が育ってきた。2020年は『オーディオブック元年』になるようなイメージがある」。オトバンクの久保田裕也社長は会員数100万人突破の意味をそう表現する。18年12月の60万人からわずか9カ月後の19年9月に100万人の大台を達成し、同12月には120万人に達した。この1年程度で急成長した格好だ。ただ、これは事業を始めた00年代からの長期の地道な作業があってこその成果という。 オトバンクは出版社サイドから権利をもらい受け、それぞれ自社で数カ月かけて音声化する作業を積み重ねてきた。それにより現在の約2万7000点の品ぞろえを実現した。「(ビジネスや自己啓発、小説など)各ジャンルのコンテンツが増加したことで相対的に利用者が増えた」(久保田社長)。18年3月には、それまでの1冊ごとに販売するアラカルト方式に加えて、初めての人も利用しやすい「聴き放題プラン」を導入した。「コンテンツが一定程度そろってきたことで導入を決断できた」同プランは会員数を急増させる起爆剤になった。 音声コンテンツへの関心の高まりも会員獲得の追い風だ。オーディオブックは通勤などの移動中やランニング・家事中などでの消費が多い。文章や動画といった視覚コンテンツに比べて合間時間で消費しやすく、スマートフォンの利用などで酷使してきた目を休められる新たなコンテンツとして需要を掴んでいるようだ。AIスピーカーの登場など、音声コンテンツを消費しやすい環境が整ってきたことも大きい。 久保田社長は「ネットでの動画消費が一般化し、目によるコンテンツ消費に疲れてきた中で“耳の可処分時間”が注目され始めた。耳で消費できるコンテンツは他にもあるが、オーディオブックは『本』。質の高い『知的エンターテインメント』として(独自の価値を)提供できる」と人気の背景を考察する。 日本能率協会総合研究所(同港区)の推計によると、オーディオブック市場は18年度の32億円から24年度には260億円に拡大する。オトバンクも今後の成長余力を確信しており、今後3年をめどに会員数500万人を目指す。 オーディオブックが国内で人気を集め始めた背景を語る上で、アマゾンの存在は外せない。傘下のオーディブルが15年に日本市場に参入し、出版業界を強く刺激した。出版業界の関係者は「巨大プラットフォーマーが独占的な市場を作ってしまうと出版社がいいなりにさせられてしまうのではと警戒した」「(オーディブルで配信する場合は)タフな条件を突きつけられるだろうと身構えた」などと当時の心情を明かす。 ただ、同時に「巨大プラットフォーマーの存在によって出版社のビジネスになる新たな市場が本格的に立ち上がるのではないか期待した」という声も聞かれた。アマゾン襲来は警戒であれ期待であれ、出版業界がオーディオブックに目を向けるきっかけとなり、市場の立ち上がりに貢献した。 出版業界の警戒心が生んだ動きの一つが新潮社の関連会社であるピコハウス(同新宿区)によるオーディオブックサービス「LisBo(リスボ)」の誕生だ。同社企画営業部の大沢敏也課長は「(リスボ誕生の背景に)アマゾンに対する危機意識から出版社主導の音声メディアを立ち上げようという議論が(出版業界で)あった」と証言する。 新潮社のほか、岩波書店やPHP研究所などがコンテンツ提供元として参画し、著名な作家や学者などによる講演会の音源を軸に月1500円の聴き放題で16年10月に開始した。「月1500円の聴き放題」は当時のオーディブルとまったく同じプランだった。 一方、KADOKAWAは15年ごろからオーディブルで配信を始めた。同社IP戦略局の安藤晃義局次長は、アマゾンに一定の警戒心を抱いたことを明かした上で「たくさんの人に届ける方法を考えたときにアマゾンと組むのがベストであれば組む(という判断だった)」と振り返る。 同社はオーディブルへの配信をきっかけにオーディオブック事業を本格化させた。巨大プラットフォーマーによって新しい市場が生まれる期待が高まり、出版社として勝負に出るべきと判断したからだ。18年にはライトノベル作品の提供を大幅に拡充するなど関係を密にしている。 当のアマゾンは「オーディオブック自体がまだ未知の存在だった中で、定額制によるサービスは(出版社にとって)エッジの効いた提案だったと思う」(アマゾンジャパンのキーリング宮川もとみディレクター)と15年ごろを回顧しつつ、「この2―3年で出版社に安心して作品を預けてもらえる関係性が構築できた」と手応えを強調する。 実際、日本語の作品数は開始当時の約2倍にあたる1万6000点程度まで増えた。会員数は非公表だが、「直近は特に大幅に伸びている」(宮川ディレクター)。その上で「オーディオブック市場はまだまだ成長過程。出版社とは今まで以上に深い関係を構築したい。(オトバンクやリスボなどの)配信事業者もライバルではなくパートナーとして一緒に市場を作れれば」と呼びかける。 とはいえ、他の配信事業者にとってアマゾンが強力な競合になるのは事実。オトバンクの久保田社長はアマゾンの存在が市場拡大を加速させると期待しつつも、「我々には約2万7000点の品ぞろえやそうした作品を自ら作り、築いた知見という強みがある」と対抗意識を隠さない。 また、ピコハウスの大沢課長は「多様な講演コンテンツをほぼ独占的に出しているのが(リスボの)売り。他の配信事業者と市場を盛り上げながらも(リスボとしては)多様なジャンルのコンテンツを増やしつつ、『講演を聞くならリスボ』というイメージで会員を獲得したい」と力を込める。 出版業界はコンテンツが二次利用できる新たな市場としてオーディオブックに期待する。ただ、現時点でビジネスになっているとは言えず、今後、出版社の大きな収入源になる可能性については懐疑的な企業も少なくない。講談社(同文京区)はその一つだ。同社販売局デジタル第二営業部の冨倉由樹央部長は「(出版社の収益の一つの柱になるほどに成長する可能性は)半信半疑」と吐露する。 講談社は16年からオーディブルなどでの配信を始めた。KADOKAWAが自前で音声化して展開しているのに対し、権利を配信者に提供して音声化の作業を委ねる「ライセンスアウト」の形で取り組む。この場合、音声化の費用は配信事業者が捻出するのが一般的のため、コストはかからないが、売り上げに対する収益は低い。 冨倉部長は「オーディオブックの(大幅成長の)可能性は疑いつつも、いつか花開くかもしれない。出版社としてはそのときにタマを持っていない状況は避けたい。そのため、リスクがないライセンスアウトの方式で取り組んでいる」と説明する。 オーディオブックをより一般化する上で課題は少なくない。その中で、多くの関係者から最大の課題として上がるのが「コンテンツの量と質」だ。まだ利用者が選べる状況が作れていないという「量」の問題に加えて、新刊の発売からオーディオブックになるまでにかかる時間の長さが「質」の問題として指摘される。 オーディオブックは一般に書籍が出版されてから音声化の作業に入り、その作業は数カ月かかる。ただ、消費者の需要が最も高まるのは新刊が出た瞬間と想定されるため、オーディオブックは売れるタイミングを逃すことになる。「音声化には書籍の校了原稿が必要だが、日本の出版社は校了から出版までがとても短い。オーディオブックがまだビジネスになったとはいえない現状でその習慣を変えるのは難しい」(出版社幹部)状況だ。 ただ、出版社もそうした課題を前に手をこまねいているわけではない。講談社の冨倉部長は「今年は今後出る書籍の中でヒットしそうなものを対象に新刊発売から音声化までの時間を短くする作業に配信事業者と連携して取り組む。新刊の発売時に(オーディオブックは)『予約受付中』の表示が出せる所まで実現したい」と意欲を示す。KADOKAWAの安藤局次長も「新刊(の発売時期)に近い中でオーディオブックを出せる(仕組み作りに向けて)挑戦を続けていく」と意気込む。 「小説はいま“聴く”のがアツい!年末年始耳読書フェア」―。オトバンクとKADOKAWAや講談社など大手出版5社はこの年末年始に初の合同フェアを開いた。オーディオブックの普及啓発を目的として15年に発足した「日本オーディオブック協議会」における話し合いで開催を決めた。同協議会発足後初の合同フェアに至った背景には出版各社のオーディオブック作品が一定程度そろってきたという判断があった。 実はアマゾンが襲来し、同協議会が立ち上がった15年も「オーディオブック元年になるのでは」と言われた。ただ、結果としてその年を境に市場が大きく伸びた事実は見当たらない。今年はどうだろうか。出版社からは「『なる、ならない』ではなく『なって欲しい』というのが本音」という切実な声が漏れる。        

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