グーグルの「量子コンピューター」は何がスゴい?…そして日本はどうする

グーグルが開発した53量子ビットの量子プロセッサー(エリック・ルセロ氏提供)

10月、米グーグルの量子コンピューターが従来のスーパーコンピューターの性能を上回り「量子超越性」を達成したというニュースが世界中を駆け巡った。量子コンピューターが実現すれば複雑な計算を高速、低消費電力で実行できる可能性がある。欧米中の海外勢が量子コンピューターをはじめとする量子技術に投資し、日本も負けじと取り組みを加速させている。量子コンピューターを取り巻く世界の状況を探った。(取材・冨井哲雄) 量子コンピューターは量子情報の最小単位「量子ビット」を組み合わせ、膨大な計算を超高速で実現できると期待される。そのアプローチには複数の方法が研究されている。その中でも、汎用性に優れる「量子ゲート型」を実現するために有力視されているのが超電導体でできた電気回路を利用した手法だ。 東京大学先端科学技術研究センターの中村泰信教授(理化学研究所チームリーダー)らは「超電導量子ビット」の研究を進めている。コイルやキャパシター(蓄電装置)などが組み込まれた回路を適切に設計することで、超電導量子ビットの回路を作製する。現在、16量子ビットのチップを試作し評価している。素子が載る基板に対し平行な方向に配線するのではなく、基板に対し垂直方向に配線。配線が容易になりスケールアップを可能にした。 さらに別のアプローチもある。東大大学院工学系研究科の古澤明教授らは、光を利用した量子コンピューターの研究を行っている。古澤教授らが研究する量子コンピューターは処理性能を表すクロック周波数が高く、常温で働くなどの点で優位性を持つ。電気の場合にはクロック周波数10ギガヘルツ(ギガは10億)が限界だが、光ではクロック周波数が1万ギガヘルツとなる。光での量子コンピューターが実現すれば、原理的には従来の100万分の1の低消費電力で済む。 グーグルは10月、開発した53量子ビットのチップを利用し、最先端のスーパーコンピューターで1万年かかる計算を3分20秒で完了したと発表。この発表に対し、中村東大教授は「グーグルの量子超越性の達成はそれなりのマイルストーン(節目)を示した。53量子ビットの精度で動かした技術力はすごいと思う」と語っている。 政府は11月、科学技術政策の有識者会議で、量子技術の研究開発や国際的な展開の方針を示す「量子技術イノベーション戦略(量子戦略)」の最終報告案を公表した。 量子戦略では、主要技術領域の一つとして量子コンピューターを設定。また2020年度からの5年間で国内に量子技術の国際拠点を作ることを明記し、その拠点のうち超電導量子コンピューターの拠点を候補の一つとした。さらに10年以内をめどに量子技術に関連する10社以上のベンチャーを新設する目標を掲げている。 量子戦略にはグーグルの量子コンピューターによる量子超越性の実現など、世界の量子技術の開発状況を踏まえ日本が進めるべき開発の方向性を示した。 一方、グーグルが量子超越性を示したとは言っても理想とする量子コンピューターは実現していない。次の目標として、発生したエラーを検出し訂正する仕組み「量子誤り訂正」の実現が必要となる。古澤東大教授は「量子誤り訂正は片方の量子がもう一つの量子に影響する『量子もつれ』を作ることで解決できる。量子の重ね合わせと量子もつれを用いた量子回路『量子テレポーテーション』を利用して量子誤り訂正を実現し、量子コンピューターの開発につなげたい」としている。 量子戦略の策定に合わせ、政府は今後約20年間での官民の具体的な取り組みを示した「技術ロードマップ(行程表)」を作成。量子誤り訂正の実現時期にも触れている。 超電導量子ビットを利用したゲート型では29年度以降に量子誤り訂正した約50量子ビットの量子コンピューターを実現することを明記した。また組み合わせ最適化問題を得意とする「アニーリング型」では29年度以降に1万量子ビットのコンピューターを実用化するとした。超電導量子ビットに関しては日本の微細加工技術が必要となる。日本の強みを生かし、量子コンピューターの実現に向け産学官での取り組みが重要になるだろう。 米欧中の海外勢はすでに量子技術を経済・社会に大きな変革をもたらす重要技術と位置付け政府主導で研究開発を進めている。米国政府は18年9月に量子情報科学の国家戦略概要を策定。同年12月に19年から5年間で最大13億ドル(約1400億円)規模の投資に関する法律を成立させた。さらに米エネルギー省(DOE)や米国立科学財団(NSF)を中心に10カ所程度で研究開発や人材育成の拠点を形成している。 さらに中国では16年から科学技術イノベーションの5カ年計画で量子通信と量子コンピューターを重大な科学技術プロジェクトに位置付け投資している。70億元(約1100億円)かけ、安徽省合肥市に「量子情報科学国家実験室」を建設中で、20年の完成を目指している。 米国企業ではグーグルやマイクロソフトが取り組みを強化。IBMは14年から5年間で30億ドル(約3300億円)の研究投資を実施している。ベンチャーによる研究開発の動きも活発になっている。 日本での政府全体の量子関係予算は19年度補正予算案と20年度当初予算案を合わせ340億円となった。今後、量子科学にどれだけ投資できるかが日本の科学技術イノベーションを進める上で重要になる。 ミクロの世界を表す量子力学の原理を利用し計算するコンピューター。通常のデジタル回路では「0か1」の状態で情報を保持するが、量子コンピューターの情報単位である量子ビットでは「0であり1でもある」という二つの物理状態を同時に取れる「量子力学的な重ね合わせ」の性質を持つ。そのため通常のコンピューターでは一度に一つの計算しかできないところを、量子コンピューターでは1回の計算で大規模な並列処理が可能となる。分子や結晶の性質をシミュレーションで予測する計算を行い、材料開発や創薬などの進展が期待される。

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