#2
明治の液体ミルクはなぜ頑強なスチール缶なのか?
【連載】「液体ミルク」が変えるもの #3
明治は「ほほえみ」というブランドで粉ミルク、キューブタイプの粉ミルクを発売している。液体ミルクの開発は10年以上前からスタートしていたが、省令化を前に開発のピッチを上げたという。入社から一貫して粉ミルクに携わっているというマーケティング本部の田中伸一郎氏に話を伺った。
―2019年4月より全国発売されています。
3月下旬に東京ディズニーランドとディズニーシーのベビーセンターにて先行発売をし、4月より本格的に全国発売を開始しました。お出かけ時に液体ミルクが役立つという考えと、災害時の備えとしても対応できるだろうという考えのもと、東京ディズニーリゾートにて先行発売をしました。
―開発はいつごろからスタートしたのでしょうか。
10年以上前から開発をしています。欧米ではすでに数十年前から液体ミルクが発売されており、ニーズがあるに違いないと思っていました。
ただ開発には課題が多くありました。粉ミルクと違い液体状で殺菌をする必要があり、高温を加えるため粉ミルクと同じ成分を使用できません。また熱を加えるとミルクが茶色くなってしまいます。できるだけ茶色くならないよう、タンパク質や鉄分の原料を選び何十回もテストを重ねて調整しました。また粉ミルクと同じ原料を使うと一部の鉄分やミネラルなどの成分の沈殿が起きるため、栄養をそのままに、なるべく沈殿が起きないような原料に変更しました。
なにより、粉ミルクと栄養成分を同等にすることに強い責任感とこだわりを持って開発を進めました。同じ「ほほえみ」というブランドで発売するからには、同じ発育を保証できるようにしなければならず、それが消費者の方の安心につながると考えました。成分から製造工程まで、安全性の確保のためにも非常に長い時間をかけて開発を進めてきました。
―ミルクに関して、安全性を非常に重要視される消費者の方は多いです。
弊社では「レトルト殺菌」という方式をとっています。缶に充填する前に殺菌し、充填した後缶の外から再度殺菌する方式です。菌が絶対に入らない密閉状態で殺菌することでより安全性を担保できます。容器の外から熱を加えるため、頑丈なスチール容器を採用しました。
また災害時を想定した安全性へのこだわりもあります。災害時に、どんな過酷な状況であっても赤ちゃんに確実にミルクを届けることが大切だと考えました。それには容器そのものが頑丈になければならない。以前、缶入りの粉ミルクの容器が地震で壊れ中身が出てしまったということがありました。そこから、絶対に中身を守ることを考えたことも、スチール缶を採用した理由です。備蓄を考え、賞味期限も1年を実現しました。
―災害が発生するたびに、備えとしての液体ミルクが注目されていたという背景がありますね。
開発においては実際の災害時の授乳環境がどうなっているのかを把握することが必要だとして、熊本地震の半年後に現地調査に入りました。被害状況は思ったより過酷で、やはり頑丈な容器でないといけないこと、水やお湯が十分ではないため液体ミルクの必要性を痛感しました。
商品化にあたりミルクが足りなくなることは絶対に避けなければならないと考えたので、少し多めの240ミリリットル入りとしました。また災害時は授乳間隔が普段よりも開いてしまうことが考えられ、赤ちゃんも多めにミルクを飲むことも想定しました。
また液体ミルクは常温でも飲めますが、冬場や寒冷地などで温めてあげたい場合、スチール缶は熱伝導率が良いのでお湯や熱源がなくとも缶ごと人肌で温めることが可能です。使い捨てカイロで温めることもできます。
―衛生面での安全性を確保するためにも、液体ミルクの正しい使い方を周知することが必要です。
販売店頭の掲示やウェブで「開封後はすぐに飲むこと」「飲み残しはあげないこと」などの注意喚起を必ずしています。液体ミルクそのものの認知はかなり高まっていますが、使い方まで含めた理解はまだまだ進んでいません。まず常温でミルクをあげていい、ということに驚かれます。ミルクを人肌に温める医学的根拠はないようです。
また注意点はできるだけイラストや動画で伝えるように意識しています。缶にQRコードを記載し、ミルクの情報を補完するようにしています。
便利さが先行していますが、栄養の部分が一番大切です。いままで発売してきた「ほほえみ」と同等の栄養設計ということは必ず伝えるようにしています。赤ちゃんにミルクを与える方に安心していただくことを優先しています。
―明治は液体ミルクだけなく、粉ミルクをキューブ状にして計量の負担軽減につなげた「ほほえみらくらくキューブ」といった製品も出されています。
キューブタイプの粉ミルクを発売しているのは世界でも弊社だけです。粉末タイプの粉ミルクと粉自体はまったく同じですが、添加物などを一切加えず特殊な製法で固めています。
乳児用のミルクは母乳のかわりなので、栄養設計といった「赤ちゃんのための価値」にまずこだわっていますが、「使う方のための価値」も重視しています。育児負担の軽減や、母親以外の育児といった社会課題の解決を実現しようと取り組んでいます。その一環として開発したのがキューブや液体ミルクです。
―今後パッケージの改良などは考えていますか。
「パッケージに直接乳首をつけられたらいいのに」といった声を消費者の方からもらうこともあります。より便利なものの検討はしています。現在の商品は災害対応という観点からもいち早く発売することを目指していたので、まずはこの形になりました。ただこれで完成版ではなく、さらに使いやすいもの、最適なものの検討・開発は続けています。
―ここ数年で液体ミルクのニーズが高まったことも発売に踏み切った理由の1つだと思います。
災害対応という声が高まったというのはもちろんありますが、近年SNSやウェブなどで「海外に液体ミルクという便利な製品があるらしい」という口コミが広がったことや、海外に移住するママタレントやインフルエンサーのような方々が発信し、日本のお母さんたちが気づき始めたということも大きいです。
―販売数は好調だと伺いました。
販売数は計画比2倍です。急激な伸びではないですが、確実に増えています。また粉ミルクに関しても少子化が進み市場が小さくなる一方で、横ばいで推移しています。値段は粉ミルクの2.5倍ほどですが、場合によって使い分ける方が増えてくるのではないかと考えています。
―粉ミルクをとりまく状況は昔に比べて変わってきていると思います。
一時ほど「母乳じゃなければならない」という方は少なくなってきていると思います。母乳と粉ミルクを上手に組み合わせる方が増えています。また病院でも粉ミルクを調乳する手間が省けるので液体ミルクを導入するという動きが出てきています。アメリカなどではほとんどの産婦人科で扱うミルクは液体です。世界の流れに日本も乗ってきたのではと思います。
【01】災害時に赤ちゃんの命を守る「ミルク」備蓄していない避難所6割近くに(9月14日配信)
【02】日本初の液体ミルク、グリコが「白さ」に徹底的にこだわったワケ(9月17日配信)
【03】(9月18日配信)
【04】(9月19日配信)
どんな過酷な状況でもミルクを確実に
―2019年4月より全国発売されています。
3月下旬に東京ディズニーランドとディズニーシーのベビーセンターにて先行発売をし、4月より本格的に全国発売を開始しました。お出かけ時に液体ミルクが役立つという考えと、災害時の備えとしても対応できるだろうという考えのもと、東京ディズニーリゾートにて先行発売をしました。
―開発はいつごろからスタートしたのでしょうか。
10年以上前から開発をしています。欧米ではすでに数十年前から液体ミルクが発売されており、ニーズがあるに違いないと思っていました。
ただ開発には課題が多くありました。粉ミルクと違い液体状で殺菌をする必要があり、高温を加えるため粉ミルクと同じ成分を使用できません。また熱を加えるとミルクが茶色くなってしまいます。できるだけ茶色くならないよう、タンパク質や鉄分の原料を選び何十回もテストを重ねて調整しました。また粉ミルクと同じ原料を使うと一部の鉄分やミネラルなどの成分の沈殿が起きるため、栄養をそのままに、なるべく沈殿が起きないような原料に変更しました。
なにより、粉ミルクと栄養成分を同等にすることに強い責任感とこだわりを持って開発を進めました。同じ「ほほえみ」というブランドで発売するからには、同じ発育を保証できるようにしなければならず、それが消費者の方の安心につながると考えました。成分から製造工程まで、安全性の確保のためにも非常に長い時間をかけて開発を進めてきました。
―ミルクに関して、安全性を非常に重要視される消費者の方は多いです。
弊社では「レトルト殺菌」という方式をとっています。缶に充填する前に殺菌し、充填した後缶の外から再度殺菌する方式です。菌が絶対に入らない密閉状態で殺菌することでより安全性を担保できます。容器の外から熱を加えるため、頑丈なスチール容器を採用しました。
また災害時を想定した安全性へのこだわりもあります。災害時に、どんな過酷な状況であっても赤ちゃんに確実にミルクを届けることが大切だと考えました。それには容器そのものが頑丈になければならない。以前、缶入りの粉ミルクの容器が地震で壊れ中身が出てしまったということがありました。そこから、絶対に中身を守ることを考えたことも、スチール缶を採用した理由です。備蓄を考え、賞味期限も1年を実現しました。
―災害が発生するたびに、備えとしての液体ミルクが注目されていたという背景がありますね。
開発においては実際の災害時の授乳環境がどうなっているのかを把握することが必要だとして、熊本地震の半年後に現地調査に入りました。被害状況は思ったより過酷で、やはり頑丈な容器でないといけないこと、水やお湯が十分ではないため液体ミルクの必要性を痛感しました。
商品化にあたりミルクが足りなくなることは絶対に避けなければならないと考えたので、少し多めの240ミリリットル入りとしました。また災害時は授乳間隔が普段よりも開いてしまうことが考えられ、赤ちゃんも多めにミルクを飲むことも想定しました。
また液体ミルクは常温でも飲めますが、冬場や寒冷地などで温めてあげたい場合、スチール缶は熱伝導率が良いのでお湯や熱源がなくとも缶ごと人肌で温めることが可能です。使い捨てカイロで温めることもできます。
赤ちゃんと、使う人と、それぞれの価値
―衛生面での安全性を確保するためにも、液体ミルクの正しい使い方を周知することが必要です。
販売店頭の掲示やウェブで「開封後はすぐに飲むこと」「飲み残しはあげないこと」などの注意喚起を必ずしています。液体ミルクそのものの認知はかなり高まっていますが、使い方まで含めた理解はまだまだ進んでいません。まず常温でミルクをあげていい、ということに驚かれます。ミルクを人肌に温める医学的根拠はないようです。
また注意点はできるだけイラストや動画で伝えるように意識しています。缶にQRコードを記載し、ミルクの情報を補完するようにしています。
便利さが先行していますが、栄養の部分が一番大切です。いままで発売してきた「ほほえみ」と同等の栄養設計ということは必ず伝えるようにしています。赤ちゃんにミルクを与える方に安心していただくことを優先しています。
―明治は液体ミルクだけなく、粉ミルクをキューブ状にして計量の負担軽減につなげた「ほほえみらくらくキューブ」といった製品も出されています。
キューブタイプの粉ミルクを発売しているのは世界でも弊社だけです。粉末タイプの粉ミルクと粉自体はまったく同じですが、添加物などを一切加えず特殊な製法で固めています。
乳児用のミルクは母乳のかわりなので、栄養設計といった「赤ちゃんのための価値」にまずこだわっていますが、「使う方のための価値」も重視しています。育児負担の軽減や、母親以外の育児といった社会課題の解決を実現しようと取り組んでいます。その一環として開発したのがキューブや液体ミルクです。
―今後パッケージの改良などは考えていますか。
「パッケージに直接乳首をつけられたらいいのに」といった声を消費者の方からもらうこともあります。より便利なものの検討はしています。現在の商品は災害対応という観点からもいち早く発売することを目指していたので、まずはこの形になりました。ただこれで完成版ではなく、さらに使いやすいもの、最適なものの検討・開発は続けています。
―ここ数年で液体ミルクのニーズが高まったことも発売に踏み切った理由の1つだと思います。
災害対応という声が高まったというのはもちろんありますが、近年SNSやウェブなどで「海外に液体ミルクという便利な製品があるらしい」という口コミが広がったことや、海外に移住するママタレントやインフルエンサーのような方々が発信し、日本のお母さんたちが気づき始めたということも大きいです。
―販売数は好調だと伺いました。
販売数は計画比2倍です。急激な伸びではないですが、確実に増えています。また粉ミルクに関しても少子化が進み市場が小さくなる一方で、横ばいで推移しています。値段は粉ミルクの2.5倍ほどですが、場合によって使い分ける方が増えてくるのではないかと考えています。
―粉ミルクをとりまく状況は昔に比べて変わってきていると思います。
一時ほど「母乳じゃなければならない」という方は少なくなってきていると思います。母乳と粉ミルクを上手に組み合わせる方が増えています。また病院でも粉ミルクを調乳する手間が省けるので液体ミルクを導入するという動きが出てきています。アメリカなどではほとんどの産婦人科で扱うミルクは液体です。世界の流れに日本も乗ってきたのではと思います。
連載・「液体ミルク」が変えるもの(全4回)
【01】災害時に赤ちゃんの命を守る「ミルク」備蓄していない避難所6割近くに(9月14日配信)
【02】日本初の液体ミルク、グリコが「白さ」に徹底的にこだわったワケ(9月17日配信)
【03】(9月18日配信)
【04】(9月19日配信)
特集・連載情報
2018年8月に厚労省の省令改正を皮切りに国内での生産販売が可能になった液体ミルク。発売から約半年が経過し、防災や育児負担軽減などの観点から当初計画の2倍以上を出荷するなどの好調が続いている。開発と今後について迫った。