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ライフル銃で撃っても「燃えない」リチウムイオン電池を開発した69歳からの起業家

<情報工場 「読学」のススメ#28>生粋のバンカーがテックベンチャーへ
ライフル銃で撃っても「燃えない」リチウムイオン電池を開発した69歳からの起業家

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イノベーションを前に進めるアニマルスピリット


 69歳からの、しかも専門家ではない人間による起業が、はたしてうまくいくのだろうか。そんな不安にかられた吉田さんは、「ベンチャー企業の伝道師」と呼ばれた堀場製作所の創業者、堀場雅夫さん(故人)のもとを訪ねる。そして、こんなことを言われたという。「あなたは若い。それに電池は電気をためる。銀行はお金をためる。同じためるだから一緒ですよ」

 無理やりこじつけた励ましのようだが、この「ためる」ことの重要性は、あながち的外れではないのではないか。電気を「ためる」電池を開発するために吉田さんは、お金だけでなく人脈や企業同士のつながり、アイデアを「ためて」いった。

 「煙の出ない電池」をどうやって作り出すか、創業後の吉田さんは頭を悩ませ続けた。入社した電池技術者の一人が、安全性の高いオリビン構造のリン酸鉄リチウムを正極材に使用する案を出す。すると他の技術者が「それではエネルギー密度が低すぎて、電池が巨大化する」と異論を述べる。量産が難しいという反対意見も出てくる。

 ネガティブな意見ばかりでは何も前に進まない。「無理だ」「できない」という声しか出てこない開発現場に対して、吉田さんは「キレた」こともあったそうだ。「それなら会社をたたむか!」と大声を上げた。

 「あせらずやろう」と思い直した吉田さんは、自ら「エネルギー密度を高めるのに電池の材料を層状に積み重ねていく」というアイデアを出す。ティシュボックスのようなイメージだそうだが、製造プロセスが複雑になりすぎるという欠点があった。

 そこで吉田さんは、アイデアを「100万円の社長賞」を条件に募集することに。1週間後に出てきたのが「つづら折り」という手法だった。これならば画期的なスピードアップが望める。こうして「燃えない電池」は実現に向かった。

 こうした経緯を見てもわかるように、専門家はなまじ知識や経験があるだけに、物事に慎重になりやすい傾向がある。慎重すぎて否定的な意見しか述べなくなる。反面、吉田さんのように技術的に素人であれば、思い切った前向きな意見を出しやすい。そのアイデアを前提に専門家が修正・調整したり、別のアイデアを乗せていけばいい。

 この「思い切った意見を述べる」は、経済学者ジョン・メイナード・ケインズの唱えた「アニマルスピリット」にも通じるのではないか。「野心的意欲」とも訳されるこの言葉は、非合理であっても「ええい、やってしまえ」と思いきって決断することなどと解釈され、金融業界でも使われる。

 アニマルスピリットは、理詰めで考える習慣のある理系の技術者よりも、どちらかというと文系の経営者が持っていることが多いと思われる。

 おそらくだが、吉田さんは金融業界で、この精神を身につけてきたのではないか。電気自動車を加速させるリチウムイオン電池のように、アニマルスピリットはテクノロジーベンチャーを勢いよく前進させるのだ。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『燃えない電池に挑む!』
-69歳からの起業家・吉田博一
竹田 忍 著
日本経済新聞出版社
232p 1,700円(税別)
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冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
「イノベーションを起こす」というと、何か画期的なアイデアを生み出すことと考え、「アイデアを出すこと」に主眼を置きがちだが、実はアイデアそのものよりも、実現させる方が相当難しいのではないか。良いアイデアだと思っても、詳細を詰めていくと様々なリスクや障壁が見えてしまうことはよくある。そこでそのアイデアを捨てず、なんとか立ちはだかる障壁を突破しようとする企業こそがイノベーションを創出できるのだろう。ただし、捨てるべきアイデアと考え続けるべきアイデアの見極めは非常に難しそうだ。

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