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どうする中小の脱炭素。中国銀行・岩手銀行…地域金融機関が担う先導役

どうする中小の脱炭素。中国銀行・岩手銀行…地域金融機関が担う先導役

水島コンビナートには石油・化学、鉄鋼、自動車関連企業が集積。企業が取り残されないために中国銀行は脱炭素化を支援

地域金融機関に地元企業の脱炭素化の先導役が期待されている。投融資での接点を生かして中小企業に助言や提案ができるからだ。温室効果ガス(GHG)排出量の削減が取引条件となる日が来た時、地元企業が取り残されないためにも、金融機関の果たす役割は大きい。中国銀行と岩手銀行による地元中小企業の支援を取材した。(編集委員・松木喬)

中国銀行 排出量算定システム提供

中国銀行は8月、GHG排出量算定システム「ちゅうぎんGXボード」の取引先への提供を始めた。ゼロボード(東京都港区)が開発した標準的な算定システムから機能を絞り、中小企業向けに改良した。

同行コンサルティング営業部ESGファイナンス/コンサル担当の荒川善隆調査役は「排出量を計らないと手の打ちようがない」と、排出量算定が脱炭素への“第一歩”になると語る。だが、算定システムの価格がネックとなり、これまで中小企業への導入が進んでいなかった。“中国銀行仕様”となったシステムのプランは3段階があり、最も簡易だと無料で利用できる。

早速、地元企業70社から応募があった。ただし「計ることが目的ではなく、削減することが大切」(荒川氏)と強調する。取引先の排出量が分かれば、同行も一緒に削減策を検討できる。

同行の拠点である岡山県は水島コンビナートに大手の鉄鋼や石油化学、自動車産業が立地するほか、ジーンズや制服などの繊維産業やゴム製品製造も盛んだ。脱炭素が取引条件になったとしても、地元企業が取り残されないために同行は、取り組みを呼びかけている。河内浩治次長は「むしろ地域企業が成長すれば銀行にもプラス。ある意味、地域の企業と銀行は共同体と思っている。我々が、うまくメッセージを伝えないといけない」と気を引き締める。

同行は「ちゅうぎんカーボンクレジットクラブ」も運営する。個人や企業が設置した太陽光パネルによる二酸化炭素(CO2)削減量を同行が取りまとめ、炭素クレジットを創出する。炭素クレジットは地元企業に販売することで、地域で利益を循環させる。炭素クレジットは小規模な取り組みでも評価できるので、「新しい取り組みが誘発され、地域に脱炭素経営が浸透する」(荒川氏)と期待する。

岩手銀行 県内11自治体と協定

岩手銀行は岩手県内33の市町村のうち11自治体と脱炭素に関連した協定を結んでいる。地域にとって身近な行政との連携で、地元企業を後押しする。

先行した脱炭素の取り組みで地元企業のビジネスチャンスにつなげる(写真は岩手銀行の赤レンガ館)

岩手県は北部に1次産業を抱え、中央には観光や研究機関、南部には半導体や自動車部品などの製造業が集積する。同行の取引先には建設、小売り、製造業が多い。グリーン営業推進チームの岡市和幸シニアオフィサーは「脱炭素に先行することでリスク回避だけでなく、取引拡大などの機会が獲得できる」と話す。大企業からの評価による受注拡大や新規顧客獲得が見込まれるからだ。

自治体との協定で基本的な取り組みとなっているのが、公共施設の排出量算定の支援だ。算定後は行政と一緒に削減策を考える。多い提案がLED(発光ダイオード)照明への交換だ。体育館やホールなどの施設は、水銀や蛍光灯が多く使われている。LED化すると大きな省エネ効果を発揮し、排出量を削減する。金融ノウハウを使い、リース方式の提案ができるのも地域金融機関の強みだ。

自治体が削減策を実践することで、触発された地元企業も脱炭素への行動を起こすと期待する。「自治体との連携は、地元企業へのメッセージ性が高い」(岡市氏)と強調する。すでに滝沢市がゼロボードの排出量算定システムを地元企業に無料提供するなど、協定を結んだ自治体が企業にも働きかける循環が生まれてきた。

また、同行は洋野町と協定を結び、海の生態系が吸収した炭素「ブルーカーボン」の販売の仲介も始めた。金融機関として初めての取り組みだ。

数年前まで企業との面談で「何をしたら良いか分からない」という声が多かった。直近では「人材の余裕がない」など、課題を具体的に答える企業が増えてきたという。自治体との連携の成果もあり、企業の間で脱炭素への関心が徐々に高まっているようだ。

「取り組み息切れ」どう防ぐ 適切な評価制度必要

中国銀行はGHG排出量の算定、岩手銀行は自治体との連携を中心に地元企業の脱炭素化を支援している。

環境省が2023年度、全国の金融機関にESG(環境・社会・企業統治)について調査した結果でも51%が「取引先企業の排出量算定支援」、44%が「県や自治体との連携協定」に取り組んでいた。

地域金融機関による地元企業の支援が始まっている一方で、課題も浮き彫りになってきた。一つがインセンティブだ。両行に限らず「中小企業が脱炭素に取り組む取引上のメリットは明確ではない」という声を聞く。

地域金融機関の中小企業支援(環境省2023年度『ESG地域金融に関するアンケート調査』から)

大企業がGHG排出量の削減を取引条件にした時、対応に遅れた中小企業はサプライチェーン(供給網)から外されると言われている。現実になると中小企業の経営は悪化し、地域金融機関は資金の貸出先を失う。「地方銀行は地元から撤退したり、他の地域に移転したりできない」(中国銀行の河内氏)と語るように、地域金融機関と中小企業は共同体だ。

だが、脱炭素が取引で評価されるようになった例は聞かない。むしろ、排出削減に取り組んだ企業はコスト負担が生じるので、取り組んでいない企業との競争で不利になりかねない。脱炭素の取り組みが適切に評価されないと先行した企業が“息切れ”を起こすかもしれない。

近年、公共工事の入札で加点になるなど、公共調達で評価する動きが出ている。民間取引でもQCD(品質・コスト・納期)と同等かそれ以上に脱炭素が評価される経済社会をどう構築するのか、難しい課題だ。

政府も問題として認識しており、浅尾慶一郎環境相は「環境対策が適切に評価され、利益にプラスになることでビジネスとして成立する。先進的な商品を公共機関が率先して調達することで初期需要の創出に貢献したい。価格が多少高くても消費者が選ぶ仕組みも考えないといけない」と語る。

両行とも地域企業が先行して脱炭素に取り組むと、金融機関にも収益機会となると考えていた。省エネ設備への更新や太陽光パネルの設置などによって資金需要が生まれ、貸し出しを増やせるからだ。地方に豊富な自然資源を活用した環境ビジネスの創出も考えられ、成長資金も必要となる。

脱炭素に取り組む企業が適切に評価されるようになれば、地元の中小企業と地域金融機関が一緒に成長し、地域経済の活性化につながるはずだ。

日刊工業新聞 2024年10月31日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
ここ数年で、地方金融機関でESG金融の商品化が進みました。投融資を通じ、地域の企業が脱炭素に取り組むきっかけになればと思います。そうした事例を多く発掘できたら良いなとも思います。

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