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革新的な医薬品を生み出す「創薬エコシステム」、日本の製薬産業を支えるか

革新的な医薬品を生み出す「創薬エコシステム」、日本の製薬産業を支えるか

アステラス製薬のサクラボ共有スペースでは、研究者同士の交流も促進

革新的な医薬品を生み出す「創薬エコシステム」の構築に向け、国内で取り組みが本格化する。これまで新薬開発は大手製薬企業が中心だったが、欧米では中小規模のバイオベンチャーも医薬品を開発し、実用化する例が増えている。カギを握るのが、医薬品のシーズをさまざまな機関と結びつけて実用化につなげる創薬エコシステムだ。日本でも製薬産業を支える仕組みとして、創薬エコシステムの構築と機能強化が急務だ。(安川結野)

大学・新興集積で連携加速 高度研究、設備を共有

創薬エコシステムとは、アカデミアやベンチャー企業が持つ医薬品のシーズが、政府や投資家、製薬企業などの連携、協業により実用化し、さらなる開発につながるという循環を指す。研究機関やスタートアップが集積する地域では、有望な医薬品のシーズや創薬プラットフォーム(基盤)を探索するため、ベンチャーキャピタル(VC)や製薬企業なども集まるという好循環が生まれており、創薬エコシステムは新薬開発に重要な役割を担うようになっている。

世界的に規模が大きく、注目度が高いのが米ボストンの創薬エコシステムだ。人材や創薬シーズを生み出す大学や研究機関が集まっており、VCによる投資も活発だ。新型コロナ感染症ワクチンの開発を手がけた米モデルナも、ボストン地区で生まれたバイオ製薬企業だ。バイオベンチャーが持つ革新的な技術の獲得や共同開発などを目的に、世界のメガファーマも研究拠点を構える。

国内でも、大学や医療機関、製薬企業などが集中するエリアで創薬エコシステムが広がりつつある。その一つが、東京都や茨城県つくば市などを中心とした地区だ。

アステラス製薬はつくば研究センター(茨城県つくば市)内にオープンイノベーション拠点として「SakuLab Tsukuba(サクラボ ツクバ)」を展開する。同拠点に入居するスタートアップやアカデミアはアステラス製薬が持つ設備を活用できるため、研究に必要な実験装置などをすべて購入せずに高度な研究開発が可能となる。アステラス製薬でオープンイノベーションマネジメント長を務める後藤正英氏は「自社の利益を超えて日本の創薬エコシステム構築に貢献するのが狙い。創薬のノウハウを持った人材との距離も近く、研究支援も行える」と説明する。

投資呼び込む人材育成 事業の価値、世界に発信

創薬シーズを持つアカデミアやベンチャーへの支援や製薬企業との連携が進むが、資金調達の課題もある。米国では、コロナ禍の2021年の約386億ドル(約5兆6700億円)をピークにVCの投資活動が停滞したものの24年以降は回復基調で、現在も世界最大規模の投資を呼び込むことに成功している。獲得した資金で、ベンチャーやアカデミアは医薬品シーズについて医薬品として実現可能か実証する「PoC(概念実証)」を取得できる。こうして有望であることが証明された発見には大手製薬企業も投資しやすくなり、技術導出やM&A(合併・買収)という形で開発費を獲得するケースも増えている。

米国におけるVC投資

これに対し、「日本は米国に比べて投資規模が小さく、PoC取得に必要な研究がしにくい可能性がある」という指摘がある。アステラス製薬の後藤氏は「シーズの創出力は米ボストンに次いで2番目と高い水準」としつつ、「タレント(人材)が圧倒的に不足している」と課題を挙げる。例えば、有望な技術に対して投資を呼び込めるよう、ビジネスの価値を世界に発信できる人材を育成していくことが求められるという。

資金調達だけでなく、ネットワークも重要だ。日本製薬工業協会の上野裕明会長は「ゼロから1を生み出せる仕組みが重要」とし、「複数の発見や技術を結びつけ、早期からどのような医薬品になるか、ビジネスの視点を入れて将来像を描くことが求められる」と説明する。疾患の原因の発見は医薬品開発の起点となるが、それだけでは薬にはならない。最適なモダリティー(治療手段)の検討など、複数の発見やアイデアを結びつけて開発を進める人材や環境の充実が重要だ。

また、医薬品の実用化には、関連機関との連携も欠かせない。「例えば、革新性の高い医薬品の治験が早く進むような環境をつくることも必要。政府も目標設定や支援策を示しており、イノベーションが生まれることを期待している」と強調する。国内には抗体医薬のほか、遺伝子治療や細胞治療の技術を持つ医薬品開発製造受託(CDMO)も台頭する。ベンチャーやアカデミア、治験用の医薬品を製造するCDMO、さらに治験を実施する医療機関がつながる環境をいかにつくるかも、これからの創薬エコシステムには求められる。

欧米と比較するとまだ成長過程にある日本の創薬エコシステムだが、製薬企業からは「日本の技術は欧米と比較しても高い水準にある」という評価を得ている。新薬を生み出せる国は限られており、日本はその中で大きな存在感を示している。日本初の革新的医薬品の創出に向け、いかに人材や資金を呼び込めるかが創薬力強化のカギとなる。

日刊工業新聞 2024年8月15日

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