ニュースイッチ

アルツハイマー病薬「レカネマブ」、年内にも患者に投与開始…治療薬研究の今後は

日本は高齢化社会に伴って認知症患者が増加している。最近では日米が共同開発した認知症薬「レカネマブ」が米国で承認され、日本でも年内に患者への投与が始まろうとしている。日本企業の成果が世界で認められる一方、より効果の高い治療薬の開発が求められている。そのために認知症の詳細な発症機構を解明し、従来の治療薬とは違ったアプローチで認知症を改善する方法を見いだすことが必要とされている。(飯田真美子)

認知症の中でもよく知られているアルツハイマー病は、「アミロイドβ」というたんぱく質が主な原因の一つであり、これを標的とした治療薬がほとんどだ。アミロイドβは情報伝達の過程で作られる物質であり、単体では無毒だ。健常者の脳内にも存在し、不要であれば分解して体外に排出される。だが、何らかの刺激を受けると反応が起こり、重合体になった後に可溶性の線形構造「フィブリル」を形成して線維化する。特に重合体やフィブリルの毒性が高く、蓄積することで脳の萎縮につながるという。レカネマブはフィブリルを除去する作用が期待されており、治験で1年半ほど投与することで認知機能の低下を27%抑えられた。

ただ、より効果が高い創薬の開発にはアルツハイマー病の発症機構を解明する必要がある。発症につながるアミロイドβの反応を引き起こす刺激には他の因子が関与している可能性が高く、これらに焦点を当てた研究が世界中で進んでいる。

中でも、細胞の骨格を作る管状構造の微小管に結合して形状を安定化させるたんぱく質「タウ」が注目されている。アミロイドβがフィブリルになって毒性が高まるとタウも蓄積し、時間の経過とともにタウも強い毒性を持つことで神経細胞が死滅すると考えられている。アルツハイマー病の原因はアミロイドβとタウの2種類とする説が有力で、一部の研究者は「治療薬を作る上で次に標的とするのはタウだ」と断言する。日本でも東京大学理化学研究所をはじめとした多くの大学や研究機関で、タウを対象とした研究が進む。

一方で、牛海綿状脳症(BSE)で知られるプリオン病の原因たんぱく質「プリオン」が発病につながるという研究成果もある。米エール大学は変異したプリオンがアミロイドβの重合体に相互作用すると、毒性の高い状態で安定化して症状が悪化することを示した。さらにプリオンに特異的に結合し、アミロイドβとプリオンの相互作用を妨げる分子を発見。タウとは異なるアプローチで治療薬が作れると見込まれる。

こうした基礎研究が進む中で、世界に先駆けて成果を創出して新たな治療薬の開発に取り組む必要がある。文部科学省は2024年度から脳科学研究を支援するプロジェクトを始める。24年度予算の概算要求で93億円を盛り込み、脳科学の基礎研究を加速する。「認知機能の低下を遅らせるだけでなく、回復を見込めるような治療薬の開発につなげたい」(文科省)と強調する。

日本では脳疾患を持つ小型サルの一種であるマーモセットの作製に成功し、脳の神経活動の働きを映す装置を開発するなどの技術を持つ。またスーパーコンピューター「富岳」を活用した数理モデルや脳計測技術の確立にも期待できる。日本独自の研究力を武器に、認知症を克服する治療薬の開発が動き出す。

日刊工業新聞 2023年09月20日

編集部のおすすめ