EV向け軸に再起動…正念場、曙ブレーキ工業の成長戦略
曙ブレーキ工業が成長に向け再スタートを切った。2019年1月に私的整理の一種である事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)制度の活用を申請。事業再生計画に沿い、拠点閉鎖や人員適正化などを進めてきた。途中、予期せぬコロナ禍や半導体不足による生産制約など業界を取り巻く多くの壁も立ちはだかったが、その時々で最適な形を選択し、6月、計画を終えた。過去の経験を次の成長にどう生かすか、ここからが正念場だ。(自動車・モビリティーに関連記事、大原佑美子)
【注目】売り上げ至上主義脱却
1929年創業の曙ブレーキ工業は、独立系総合ブレーキメーカーの国内最大手。自動車用ディスクブレーキパッドのOEM(完成車メーカー)での23年のシェアは日本国内で27%を握る。
同社がADRを申請するほど財務体質が悪化した要因は、売上高の約半分(19年3月期時点)を占めていた米国での不振が大きい。同社の米国事業は、日米貿易摩擦による米国への日本車輸出制限で、日本のOEMが現地進出を果たす中、86年に当時では珍しい、米ゼネラル・モーターズ(GM)との合弁会社設立という形で進出した。米フォード・モーターや現地日系OEMとの取引を拡大し、今日のグローバル企業の礎を築いた。
多かったGMからの受注が00年頃から徐々に減少。特定のメーカーに依存することにリスクがあるとして日系OEMの比率を拡大し、工場の数も半減させて生産体制の見直しも進めた。
08年のリーマン・ショックで自動車需要が減少する中、曙ブレーキは09年に独ボッシュの北米ブレーキ事業を買収。もともと生産能力を落としていた矢先にリーマン・ショック後の米国経済の急回復が重なった。老朽化していた旧ボッシュ工場への投資や3直7日(週7日、1日24時間)の稼働でコストがかさみ、収益を圧迫。生産の混乱が主要取引先であるGMの次期モデルでブレーキ製品の失注につながった。19年3月期の米国事業の営業損益は37億円の赤字に転落。信元久隆前社長兼会長は責任を取る形で退任した。
経営再建を任された宮地康弘社長は「トップライン(売上高)至上主義になり過ぎたと言わざるを得ない」と振り返る。事業再生計画に基づき、米国はもともとあった4工場の1工場体制化を推進。既に2工場に減らしており、25年12月をめどにグラスゴー工場(ケンタッキー州)の1工場体制を確立する。日本は生産再編と人員適正化を進め、欧州では工場や開発拠点を閉鎖。土地・建物も売却した。
計画になかった事態も起こった。コロナ禍などの外部要因に加え、21年には自動車用ブレーキ検査の不適切行為を公表した。それでも現場の努力とトップの強い推進力で計画を断行。6月28日にドイツ銀行東京支店をアレンジャー(調整役)としてリファイナンス資金を借り入れ、借入金残高約490億円を完済した。
業界の変革期への対応や従業員の意識改革など取り組むべき課題が多い中、いかに成長を描けるか。
【展開】高制動・環境対応で攻勢
コロナ禍や半導体不足、コスト上昇など外部要因も影響し、事業再生計画に対する実績は、利益面で課題が残った。19年3月期に2億円に落ち込んでいた営業利益は、24年3月期に32億円まで改善したものの、計画値の99億円には届かなかった。
今後の成長戦略について、宮地社長は6月に開いた会見で「収益性を強化するため、事業ポートフォリオを見直す。高収益事業領域へのリソース配分を高め、技術、品質、人材を向上させる」方針を示した。事業規模の拡大を求めるあまり生産混乱を起こした反省を生かし、盤石な収益基盤を構築する。
自動車業界は電動車の普及や厳格化する環境規制対応、中国メーカーの台頭による市場構造の変化などで、サプライヤーも変革を迫られている。曙ブレーキも電気自動車(EV)向け高性能ブレーキや製造工程の二酸化炭素(CO2)排出量を従来比で半減したブレーキパッドなど、需要増が見込まれ、かつ収益が期待できる事業を見極め、優先的にリソースを投じる。
EVをはじめとする電動車では、電池などで重量が増加する。モーター駆動でトルクも大きくなるため、制動力の高い高性能ブレーキへの引き合いが強い。同社はモータースポーツ車向けブレーキの開発で培った技術を応用して制動力を高めた高性能ブレーキの拡販を急ぐ。宮地社長は「ハイパフォーマンスの領域に強みがあり、顧客に使っていただける幅が広がる」と意気込む。
欧州委員会が提案する自動車の新たな環境規制「ユーロ7」では段階的にブレーキ粉塵の規制も強まる。同社は摩耗粉を減らす技術開発やパッドの長寿命化に挑んでおり、23年秋の展示会「ジャパンモビリティショー2023」でユーロ7対応ブレーキパッドを参考出品。「特に欧州メーカーから多くの引き合いがある」(宮地社長)として、パッドに合わせローターメーカーと共同でローターの摩耗粉を減らす技術も開発中だ。
注力市場として「特に中国、アジアについてしっかりと伸ばしていきたい」(同)と掲げる。中国は足元で経済が減速する一方、年3000万台の新車需要がある重要市場だ。曙ブレーキは日本のOEMとの取引がメーンだったがここ数年で中国資本のOEMとの取引も拡大した。「中国顧客は開発スピードが速い。日本本社の顔色をうかがう状態だと必ず(現地競合に)負ける。開発・生産の現地化を進め現地での能力を高める」(同)方針だ。
【論点】社長・宮地康弘氏「中計、まず米事業黒字化」
―事業再生計画の振り返りは。
「欧州の工場、開発拠点閉鎖や、日本拠点の生産最適化と人員適正化といった施策は順調に進められた。一方、計画策定時にはなかったコロナ禍、半導体不足、原材料・エネルギーなどコスト上昇もあり、市場に約束した営業利益は未達だった。外部要因は言い訳になるが、満足のいく数字でなかったのは事実だ」
―米国事業の経営不振に陥った経験を生かせた部分は。
「規模や売り上げ拡大に走るのではなく、生産性も確保した上で決めるというやり方に変えた。トップラインにこだわり、一時的に売り上げが上がったが、結局、生産の混乱を招いた。マネジメントに問題があったと言わざるを得ない」
―収益性強化のため、ポートフォリオの見直しを行います。
「ブレーキ製品では注力分野を見定める。高性能ブレーキや大型車向けブレーキなど高収益かつ市場で求められている製品に注力する。当社は車向け以外にも鉄道の挙動監視装置や脱線検知の仕組みなども手がけており、今後ますます重要になる。リソースを振り向けて対応したい」
―研究開発費は増額しますか。
「24年3月期に80億円を予定したが66億円にとどまった。事業再生計画中で抑えている面があったが、今後は優先順位を決めて増やしたい。欧州メーカーが注力している、電気信号でブレーキを制御する『ブレーキ・バイ・ワイヤ(BBW)』に関連する技術開発は当社でも進めている」
―足元で中国事業が厳しい状況です。
「従来日系OEM向けがメーンだったが、リスクを考慮し中国資本のOEM向けも増やした。新規受注はできたが、ボリュームが落ちて計画比で2割程度減っている。冷え込んだ市場への対策は喫緊の課題だ。中国に限らず国・地域ごとに好不調の波があることを踏まえて対応する必要がある」
―策定中の中期経営計画の骨子は。
「5年間の中計を予定し、それ以降の方向性も示す。まずは米国事業の黒字化が柱となる。事業再生計画が終了し、現在の状況に合わせ計画をアップデートする必要がある。できるだけ早期に公表したい」
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