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宇都宮ライトライン1年、他自治体も熱視線「LRT」の可能性

宇都宮ライトライン1年、他自治体も熱視線「LRT」の可能性

低床式で定時性や速達性に優れる(宇都宮ライトライン車両基地)

宇都宮市―栃木県芳賀町で次世代型路面電車(LRT)路線が新規開業してから、8月で1年がたつ。全国有数の車社会にあって利用者数は順調に推移し、新しい地域公共交通として定着した。今後はLRT整備の本来の目的である少子高齢化時代の「ネットワーク型コンパクトシティー(NCC)」構築に有効活用できるか、行政の手腕が問われる。他自治体でも宇都宮市の事例を参考に、LRT整備を検討する機運が高まりつつある。(栃木・辻本亮平、南大阪支局長・冨井哲雄、西部・三苫能徳)

駅西側の延伸計画進む

LRT路線「ライトライン」は2023年8月26日に開業した。国内での路面電車の新規開業は75年ぶり、LRT路線の全線新設は国内初。整備事業の本格化から20年を費やした一大事業だが、宇都宮市の佐藤栄一市長は「他の自治体も絶対にできる」と断言する。

低床式車両で車いすも乗り降りしやすく、定時性の高さが強み。ライトラインはJR宇都宮駅東口―芳賀・高根沢工業団地間の14・6キロメートルを結ぶ。

23年度は通勤・通学客など平日の利用者が当初需要予測の1日当たり1万2800人と同程度で推移。24年度は4月にダイヤ改正でサービスを向上した効果もあり、6月時点で1万5000―1万8000人とさらに増加した。運行会社の宇都宮ライトレール(宇都宮市)の今井宏行経営企画部長は「入学、就職に伴う新規利用が増えた」と分析する。

開業直後は運行遅延によるダイヤ乱れが頻発していたが「現在は解消したと言える」(今井部長)。遅延の原因は現金払いの運賃箱が先頭車両にしかなく、降車に時間がかかること。交通系ICカードの普及と利用者の“慣れ”で改善したという。

ライトラインの注目度は全国的にも高い。宇都宮市LRT整備課協働広報室によると、開業後に全国の行政機関や民間から月平均30件超の視察を受け入れ、現在も同程度のペースを維持している。同室の安保雅仁室長は「第2、第3の宇都宮が生まれる支援のため対応している」と説明。佐藤市長は「宇都宮市のノウハウを使ってほしい」と他自治体のLRT整備を全面支援する構えだ。

※自社作成

LRT整備の主眼は、都市機能を集約した拠点同士が公共交通でつながるNCCの構築だ。車依存を軽減し、少子高齢化時代も発展できる地方都市を目指す。

NCC構築にはLRTだけでなく地域内交通のネットワーク化が不可欠。宇都宮市はLRT整備と併せ、バス路線の再編など既存交通網の利便性向上を図ってきた。佐藤市長は「料金面や乗り継ぎ、サービスといった魅力と利便性は永遠に向上し続けなければいけない。バス路線や地域内交通もまだ増強しなければ」とする。

JR宇都宮駅西側の延伸計画も、30年代前半の開業へ向けて進む。駅前の大通り沿い約5キロメートルの整備区間と停留場の配置イメージを公開している。駅東側での開業時と同様、バス事業者やタクシー事業者と協議し、LRT単体にとどまらず地域公共交通全体が充実するよう検討を進める。

インタビュー/総合的に大きな「黒字」・宇都宮市長・佐藤栄一氏

宇都宮市長・佐藤栄一氏

―開業まで一番の苦労は。

「住民の反対運動だろう。全線新設は国内初で、参考例もなく、(引き合いに出される)新交通システム整備や空港新設の事例はことごとく失敗していたため『LRTも当然失敗』とみられていた。通常の路面電車をイメージされるので乗り心地や定時性といったメリットも理解されなかった」

―どのように理解を広げましたか。

「総じて丁寧な説明を繰り返した。LRT整備事業が本格的に動き出してから20年、市民向け説明会などおそらく1500回程度は参加した。職員も一丸で説明にあたった。情報発信拠点を常設し、いつでも市民が立ち寄って質問できる体制を整えた」

「当初は渋滞対策を主眼としていたが、4年目から街づくりも包括した説明をした。各地区の特色を生かした『ネットワーク型コンパクトシティー』の考え方とともに、LRTが欠かすことのできない装置だという話し方をした」

―費用面の課題はありますか。

「開業に当たり、行政が設備・車両を整備、保有する『公設型上下分離方式』の決定が追い風となった。整備費を分離しなければ(運行会社の)負担が大きく、これが今まで地域公共交通が成立しない大きな要因となっていた。上下分離方式がこれからの地方のポイントと考えている」

「補助金と(運行の)特別許可を取得するため、職員も私も国土交通省へ足しげく通い、信頼関係を構築できた。地域公共交通の構築、存続は国も関心があり『一緒にやろう』という姿勢があった」

―総事業費684億円のうち358億円を宇都宮市と栃木県芳賀町で負担する意義は。

「民間ができないことでも、社会に必要なら我々の仕事。LRTを含む公共交通は次の世代、宇都宮の発展に不可欠だ。また、公共交通利用で住民の歩数が増えると医療費が抑制される効果もある。単純な黒字か赤字かの物差しでは測れない、総合的な物差しでは大きな“黒字”になる事業と踏んでいる」

【和歌山市/観光資源に期待、採算が課題】

和歌山市は和歌山城付近を通るLRTのルート案を検討する

和歌山市は和歌山城付近を通るLRTのルート案を検討する

LRTは地域交通の充実だけでなく、街のシンボルとして観光資源になると期待されており、他自治体も熱い視線を注ぐ。和歌山市は2月、24年度の重点施策の一つとしてLRTの導入可能性の検討を示した。尾花正啓和歌山市長は「具体的に実現可能性を調査したい」と意欲を見せる。

和歌山市ではLRTのさまざまなルートを想定する。採算面で最も有力なのが、徒歩で40分かかるJR和歌山駅と南海電鉄の和歌山市駅とをつなぐルートだ。和歌山県庁や和歌山城など街の中心部を通り、多くの利用者を見込める。

だが採算性の課題は大きい。和歌山市は15年、LRTのルートを設定し、事業の概算収支を調査。全てのルート案で赤字予想となった。さらに「現在は物価高騰やバスの乗客人数の減少などで、需要と採算性で厳しい」(和歌山市)とみる。

一方、交通が不便な地域の解消は喫緊の課題だ。和歌山市は地域バスの支援などを進めるが、今後乗務員不足も懸念される。LRTを含め、自動運転や人工知能(AI)オンデマンド交通など新技術を活用した多くの交通手段を検討する必要がある。

【那覇市/車依存脱却、40年度開業へ】

那覇市はLRT整備を通じて公共交通網を強化し、自動車交通からの転換を図る(那覇市内を走るモノレール「ゆいレール」)

那覇市は40年度のLRT開業を目指して動き出した。3月には、導入ルートのイメージなどをまとめた整備計画の素案を公表した。沖縄県の公共交通は那覇空港と浦添市を結ぶモノレール「ゆいレール」のほか、バスとタクシーが大部分を担う。公共交通の充実を図ることで、移動を自動車交通に依存する状況から転換する。

素案で示された路線は延長約5キロメートルの東西ルート本線と約1キロメートルの支線、約5キロメートルの南北ルートの3本だ。観光地「国際通り」に近い県庁北口周辺や、行政機関や商業施設が並ぶ「新都心」地区を基点にしている。市南部で両ルートが交差する形で、他の交通モードとも結節しながら広域をカバーする。

那覇市の人口は県全体の2割強にあたる約32万人。経済の中心地として関係人口はさらに多い。マイカーや事業用車両、観光のレンタカーも加わり発生する交通渋滞の解消は積年の課題だ。

那覇市では26年度の整備計画策定を目標に協議や調整を進める。

日刊工業新聞 2024年07月15日

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