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CO2分離回収・評価装置を実用化、九州大学発スタートアップが巨大市場に挑む

CO2分離回収・評価装置を実用化、九州大学発スタートアップが巨大市場に挑む

CO2回収・評価装置(JCCL提供)

二酸化炭素(CO2)を大気や燃焼後排ガスから回収して再利用する炭素循環型社会が目指されている。2050年にカーボンニュートラル温室効果ガス排出量実質ゼロ)を実現するためだ。ただ炭素の循環量や技術を正しく見積もることが難しい。九州大学発スタートアップのJCCL(福岡市西区、梅原俊志社長)はCO2分離回収・評価装置を実用化した。福岡市や大学の支援を受け、信頼性を武器に未来の巨大市場に挑戦する。(小寺貴之)

「世界に競合はたくさんいる。さまざまな回収材料が開発されているが、回収性能が再現しない。評価技術に課題があるためだ」。九大の星野友教授・JCCL取締役はCO2回収技術の課題を説明する。JCCLの強みはCO2回収材料にある。ヘモグロビンがCO2を捉える原理を高分子で再現し、低温でCO2を吸収・放出する材料を開発した。CO2濃度2%のガスを95%以上に、10%のガスは99%に濃縮できた。

それぞれコンバインドサイクル発電とガス火力発電の燃焼後排ガスを想定する。将来、火力発電の重心が石炭からガス、コンバインドサイクル発電へと移行し、排ガスのCO2濃度が下がっても回収できる。高濃度CO2の放出工程の水蒸気温度が50度Cと低く、低温廃熱を利用可能。回収コストが従来の4分の1になると試算する。

ただJCCLがまず事業化したのは評価装置だった。星野教授は「さまざまな回収材料の試験・評価依頼を引き受けてきた。ここで評価技術自体がまだまだ成熟していないと分かってきた」と振り返る。CO2回収材料は開発者と利用者で運転条件がずれると性能が出ない。特にガスと材料表面、材料内部の水分制御が難しい。JCCLは受託試験で技術力が評価され、装置の外販を決定。材料と評価装置でCO2回収技術の信頼性を支える考えだ。

JCCL自体は26年に1日300キログラムのCO2回収を実証する。システムはコンテナサイズで、容量は工場に設置される自家発電システムに相当する。梅原社長は「初期投資と耐久性に圧倒的な優位性がある」と説明する。10トンや100トン規模の大規模回収システムはエンジニアリング会社などとの協業で実現していく。

九大開発のCO2分離膜と吸収材(同大提供)

九大は回収したCO2から化成品を作る資源化技術や、炭素循環のライフサイクルアセスメント(LCA)評価との相乗効果で開発技術の価値を高める。脱炭素技術や経済性評価など、九大が蓄えた総合力を生かす。石橋達朗総長は「開発装置はLCA評価に不可欠。全国に配置できれば日本の全体の技術開発力が向上する」という。

開発を支援してきた福岡市の高島宗一郎市長は「世界のカーボンニュートラルに貢献してほしい」と期待する。技術開発では成果が出ており、次は大学の研究ポートフォリオや地域の産業・脱炭素政策と相乗効果を出せるかどうかだ。海外では補助金やカーボンクレジットで事業者を優遇している。産学官で世界への挑戦が始まる。

日刊工業新聞 2024年06月03日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
いい材料を作る。いい装置を作る。ここまでは研究者や技術者がめちゃくちゃ頑張ったらできます。でも、それだけでは勝てないのがCO2の世界です。CO2にいくらの値段を付けるのか、コストを社会が負担するのか、政策次第でいい技術も簡単に死蔵されます。米国はカーボンクレジットでDACが優遇されていて、リスクマネーが集まりやすくなっています。国を挙げて下駄を履かせてベンチャーを走らせていて、フェアな競争環境なんてないように見えます。大学としては研究シーズのバリューアップが必要です。研究ポートフォリオを生かして一つ一つのシーズの価値を高める必要があります。LCAやCO2の用途を広げる技術が候補になります。自治体としては地域の環境政策や産業振興策といかに相乗効果を出していくか。公設試や大学などに評価技術を備えることで開発を促す効果があるはずです。材料開発事業者を呼び込んで産業が集積すれば、その周囲で既存産業のCO2排出を減らす効果もあるかもしれません。地域の戦略としてそれが成功するなら、脱炭素マネーが流入するなら当然、人が集まります。いまはCO2回収がビジネスになるのかも不透明ですが、今後半世紀かけて確立されていく産業です。日本で脱炭素のポートフォリオがそろっている大学や研究機関はそう多くありません。福岡市や県はこの強みを生かせるのか。大学も政策提案できたらいいのかもしれません。

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