「新しい石油」激化する争奪戦…銅高騰、調達戦略練り直し急務
電気自動車(EV)や再生可能エネルギーの設備、人工知能(AI)技術に使う銅の国際相場が騰勢を強めている。次代の社会インフラに欠かせない原料として「新しい石油」とも称される銅の需要増加への期待から約2年ぶりに史上最高値を更新した。一方、銅の製錬工程の4割超は中国に集中するなどサプライチェーン(供給網)には課題が横たわる。いかに安定的な供給体制を構築するか。経済安全保障の確保に向けて戦略の練り直しが急務となっている。(編集委員・田中明夫、同・丸山美和、岡紗由美)
国際エネルギー機関(IEA)によると、2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)を達成するシナリオにおいて、40年の銅の世界需要は23年比5割増の3900万トンとなる見通し。特にEV用部品や再生エネ設備といったクリーンエネルギー関連需要は同約3倍の1960万トンと増加をけん引する。
一方、銅の供給網は課題を抱える。立地や品位で優位性がある鉱山から開発が進んだことで、新規案件の開発難易度が上がっている。またIEAによると銅製錬の世界シェアは中国が44%を占めており、供給元の多角化も進める必要がある。
【商社】多角化進め安定確保
こうした環境下、大手商社では供給網の強靱(きょうじん)化に向けた動きが進みつつある。丸紅と英国銅大手アントファガスタは共同開発するチリのセンチネラ銅鉱山事業について、国際協力銀行(JBIC)などとの間で総額25億ドル(約3800億円)の融資契約を締結した。
鉱石処理能力を日量9万5000トン追加し現状比2倍にする計画で27年の生産開始を予定する。「長期安定的な銅資源確保は喫緊の課題であり、拡張プロジェクトにより課題解決の一端を担う」(丸紅)としている。
また丸紅は銅の製錬・販売会社パンパシフィック・カッパー(PPC、東京都港区)の株式20%を取得し、アジア圏での販売力を強化する。上流の鉱山開発から下流の製錬品販売までをカバーする供給体制を強化する。
三菱商事はチリ北部のマリマカ銅鉱山の開発に新規参画。28―30年ごろの生産開始を計画し、年間約5万トンの銅生産を見込む。同社が参画する銅鉱山の中で中規模クラスだが、標高が約1000メートルと比較的低く、港湾や水・電力のインフラを活用しやすいため開発コストで優位性を持つ。
銅は需要拡大が見込まれる一方、供給力の拡大余地は限られてきている。中国依存の低下を含む安定的な供給体制の構築に向けて知恵を絞った戦略が求められている。
【非鉄】資源循環へ体制整備
銅価格変動による非鉄メーカーの銅製錬事業への影響は限定的だ。製錬会社はLMEの価格から加工賃であるTC/RC(溶錬費/製錬費)を差し引いた金額を鉱石費として資源会社に支払う。銅価格が変動してもTC/RCは変わらないため、銅価格が上昇した場合は鉱山側が恩恵を受ける構造となっている。
銅製錬事業は限られたTC/RCの中で利益を最大化することが必要となる。住友金属鉱山の野崎明社長は5月に開いた経営戦略進捗(しんちょく)状況説明会で、電力代を中心としたコストの増加が製錬事業の収益力を圧迫しており「生産プロセスを劇的に変えていくべきだ」との考えを示した。また三菱マテリアルは「銅製錬の副産物である硫酸やスラグの販売環境が悪い」(小野直樹社長)としている。
また、将来的な銅の需要増に対して、各社は原料の確保やリサイクルなどを進める。三菱マテリアルはEスクラップ(都市鉱山)の処理能力を高めている。直島製錬所(香川県直島町)での銅溶練設備の増強や小名浜製錬所(福島県いわき市)で前処理設備を建設するなどの対応を進め、30年度までに処理能力を24万トン(22年度は16万トン)に引き上げる方針だ。
JX金属は40年に銅製錬時のリサイクル原料投入比率を50%に高めることを目指す。取り組みの一環で三菱商事と廃車載用リチウムイオン電池(LiB)など非鉄金属の資源循環に取り組む新会社を設立する。新会社を通じ、リサイクル原料の集荷力を向上させる。
6月は高値圏、市場の警戒続く
銅はロンドン金属取引所(LME)で価格が上昇し、20日の終値でトン当たり1万889ドルを付けて過去最高を更新した。その後、ファンド筋の利益確定売りが出て、24日昼時点は同1万435ドル近辺にある。
英国と米国の両政府がウクライナ侵攻を続けるロシア制裁の一環として、LMEとシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)でロシア産銅の新規受け入れを禁止したのをきっかけに、需給の引き締まり観測から投機筋の買いが過熱し、相場は上昇してきた。
国際相場の上昇に円安が加わり、国内の銅価格も上昇した。JX金属が公表する国内銅価格の指標となる銅建値は20日に10万円上がり、トン当たり175万円と過去最高を更新。23日以降は同166万円に下がっているものの、年始の同125万円に比べても高値水準となっている。
都内の銅原料問屋は「建値が10万円も上がったのは初めて」と驚きを隠せない。さらに「過去の実績から6月は高値になりやすい。LMEは同1万2000ドルまでいくだろう。円安も進み、銅建値の同200万円も視野に入れる必要が出てきた」と価格高騰を警戒する。
価格が高いことを理由に買い控えて欠品すれば、売り逃すだけでなく、加工業者や部品会社ら顧客の信用を失う。このため高騰対策として、これまで1カ月に2回だった伸銅メーカーへの注文を週1回に切り替えた。「必要な数量を見極め、細やかな注文によってリスクヘッジしている」と説明する。
また独自策として、倉庫に売れないまま残っていた在庫を、通常顧客の加工業者ではなくスクラップ問屋に売り始めた。「スクラップダウンのため売り上げではなく雑収入扱いになるものの、高値で買い取ってくれるので利益が出ている。手元資金を厚くして、今後の価格上昇に備えている」(銅原料問屋)。
私はこう見る/もう一段上昇、1.2万ドル視野 楽天証券コモディティアナリスト・吉田哲氏
LMEの銅先物相場は目先もう一段高があり得る。短期的にトン当たり1万2000ドルも視野に入る。理由は三つある。米国の強過ぎない経済指標が利下げ思惑を強め、利下げによる景気回復および需要増加期待を生んでいる。また利下げ思惑はドル安を誘引しドル建ての銅先物に上昇圧力をかけ得る。中国の経済指標が強含んでいることも、最大消費国の銅需要が回復する思惑を強めている。
中期視点でも上昇圧力がかかりやすい。11月の米国の大統領選挙の最中や選挙後は新しい政策が打ち出され、景気回復ムードが強まりやすい。これは相場に上昇圧力をかける要因になり得る。
長期的には、EVに加えて、脱炭素化による電力消費の増大で銅需要が拡大する。さらにウクライナ侵攻を続けるロシアへの制裁として行われている、ロシア産銅のLMEでの新規取り扱い禁止は長引く様相だ。長期的に需給が引き締まった状態が続く可能性がある。(談)