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量子コンピューター研究で高まる日本の存在感、今後の課題は?

量子コンピューター研究で高まる日本の存在感、今後の課題は?

理研の国産超電導量子コンピューター初号機

量子コンピューター研究で日本のプレゼンス(存在感)が増している。短期間で国産機を複数台稼働させたためだ。米国と中国以外で量子ビットが50個以上の機体を国内技術で構築した国は限られる。研究面では一定のパフォーマンスを示せた形だ。課題は産業界からの投資だ。量子コンピューターは技術開発と事業化が一体的に進む。関係者が増え、分散するリスクやハイプ(誇大広告)をいかにマネジメントするか、産学連携のあり方も進化が必要になっている。(小寺貴之)

コア技術・予算など開示

「『JAPAN is Back!』と国際会議で迎えられる。日本もトップレベルでやっていく力はあると示せている」と大阪大学の北川勝浩特任教授・量子情報・量子生命研究センター長は目を細める。内閣府・科学技術振興機構(JST)のムーンショット型研究開発事業でプログラムディレクターを務める。日本では理化学研究所が2023年3月に量子コンピューター国産初号機を稼働させ、10月に富士通が産業用の2号機、12月に阪大で国産部品テストベッド用の3号機のサービス提供を始めた。

北川特任教授は「日本に実機を作る技術があると示せた。投入予算や投入技術を明らかにし、効果を検証できる機体はそうそうない」と説明する。米巨大ITが開発する機体は実際の投資額などは分からない。日本は国のプロジェクトとして開発したため、コア技術や予算、開発体制が開示されている。これを基に投資効果を推し量れる。参入を検討する民間企業にとって重要なデータになった。

量子コンピューターの制御装置を開発したのは阪大発ベンチャーのキュエル(東京都八王子市)だ。制御装置には成熟した技術が要る。取締役の根来誠阪大准教授は「開発工数も大きく、大学の研究室から出せると思われていなかった」と振り返る。ここに新しい発想を入れて実機を稼働させた。その結果を見て「シカゴ大学やUCバークレイ、オックスフォードなどのそうそうたる研究室が追いかけてきている」と説明する。日本から提供できる知見があるため、対等にパートナリングを広げている。

阪大の量子コンピューター

この先は24年内に理研の144量子ビットマシン、25年3月に富士通の256量子ビットマシンの完成が控える。現在の64量子ビットマシンから2倍、4倍と大きくしていく計画だ。理研量子コンピュータ研究センター(RQC)の中村泰信センター長は「64量子ビットマシンで忠実度、144量子ビットマシンでエラー訂正アルゴリズムを検証したい」という。富士通量子研究所の佐藤信太郎所長も「本格的にエラー訂正を実装していく」と説明する。

現在の量子コンピューターはノイズを含んだまま計算する「NISQ」が中心だ。NISQでは量子ビットを増やすほどエラーが乗算で効くため性能面では不利になる。これを解消しようとエラー訂正アルゴリズムはいくつも提案されている。だが実装できるかどうかは量子プロセッサーの量子回路次第だ。量子回路とアルゴリズムの最適化が進めば実用性能が見えてくる。

量子コンピューターは産学官連携が機能している分野といえる。米国発のブームが来るまでは“冬の時代”が長く続き研究者が少なくなっていたことも一因とされる。結果として再スタートは団結して速く走れた。阪大の西尾章治郎総長は「学生や若手研究者、企業エンジニアなど、大学と民間で量子人材を育てる必要がある」と強調する。人材の裾野拡大はこれからの産業化に必須だ。

産業界からの投資課題 費用対効果の説明カギ

課題は産業界からの投資だ。日本は量子技術による新産業創出協議会(Q―STAR)で連携基盤を整え、富士通だけでなく、総合電機やベンチャーが奮闘している。だが、どこかで必ず巨額の投資が必要になる。次世代半導体などの既存のコンピューターは、国が巨額の補助金で民間投資を促す国策産業になった。ただ量子コンピューターは、その優位性を費用対効果の観点から説明するユースケースがいまだに不足している。このリスクを米国は民間が背負い、日本は産学官の連携で分散させた。

富士通と理研の超電導量子コンピューター

北川特任教授は「学と官が情報をオープンにすると産はリスクをコントロールできる。ここに大きな資本をどう入れるか」と思案する。内閣府が4月にまとめた量子戦略の推進策では官民一体となった海外展開支援が盛り込まれた。サービス実証やグローバルサプライチェーン(供給網)構築、M&A(合併・買収)などの支援施策が検討されている。これは25年度予算に向けた施策表明の位置付けだ。予算措置は今年の折衝次第だが、海外投資家などへの売り込みを国として後押しする。

一方で海外で進む技術開発とサービスの同時展開は、方式ごとの技術限界の見極めを先送りしてハイプの勢いで投資を正当化するようなリスクもある。日本も大型投資を呼び込んだプロジェクトから開示情報は少なくなるため、オープン化の恩恵がいつまで続くか見通せない。

今後は量子コンピューターに部品を供給するサプライヤーなど、ステークホルダー(利害関係者)が増え多様になる。ハイプを倦厭(けんえん)して元の産と学の関係に戻れば、投資規模で劣勢に戻ってしまう。これを防ぐために政府は産業技術総合研究所などのテストベッド機能を強化している。産総研の安田哲二エレクトロニクス・製造領域長は「オープンとクローズのバランスが今まで以上に重要になっている。そんな状況だからこそ、まず集まって検証し、共有する場が必要」と説明する。

北川特任教授は「日本はトップでやっていける。だがまだトップグループに入ったわけではない」と念を押す。産学連携もテストベッドも科技政策としては新しいものではない。それでもトップに追いつくための施策としては有効だった。次はハイプも投資も清濁併せ呑(の)みながら推進する科技政策が模索される。

日刊工業新聞 2024年5月8日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
今後、ステークホルダーが増えるとそれを養うために必要な資金も大きくなります。身内がハイプを駆使して走るようになると、専門家でさえ見極めが難しくなっていきます。そして一つの国では量子コンピューターを産業化するのは不可能とされていて、どこかと組んでうまく立ち回らなければいけません。そして選択肢はそんなになくて、志を共にする同志国と組むことになります。米国は駐日大使の主導で日米韓の大学と量子人材の大規模育成プロジェクトを立ち上げるなど、政治主導で同志国にアライアンスを広げています。霞が関では科学技術外交が念頭にあるので、日本も首脳会談などの機会に量子技術を売り込むようになっていくはずです。アカデミアもそこに貢献していくことになるはずです。

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