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ダイヤモンド半導体・濃度差発電…ユニコーンに挑戦する材料研究者たち

ダイヤモンド半導体・濃度差発電…ユニコーンに挑戦する材料研究者たち

大熊ダイヤモンドデバイスが手がけるダイヤモンド半導体

材料研究者がユニコーン(時価総額10億ドル超の未上場企業)に挑戦している。一般に材料開発は基礎研究から実用化まで10年以上かかり、成功率は1%以下とされる。自分の研究が実用化した未来を語ると大言壮語とたしなめられることもある。アカデミアの中でも保守的な分野だ。だが投資家を口説くためには“大言”は不可欠だ。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の後押しを受け、研究者がビジネスを語り始めた。(小寺貴之)

大熊ダイヤモンドデバイス ダイヤ半導体、先に工場

「市場の蓋然(がいぜん)性が不透明なうちに製造能力を確立し、2030年に市場が動き出したときに我々がいなければ製品を作れない状況を作る」―。大熊ダイヤモンドデバイス(札幌市北区)の星川尚久社長はこう語る。同社は北海道大学・産業技術総合研究所発ベンチャーだ。福島県大熊町で量産工場の建設を進める。SIPではダイヤモンド半導体の社会実装と次世代通信用途でのデファクト化を目指している。

市場が成立するか分からない段階だからこそ、先に量産工場を立ち上げる。この論理に苦笑いする研究者は少なくない。だが市場が成立すると明確になった途端、大企業に力業で追い抜かれるのがベンチャーの常だった。大企業が投資をためらう段階でないとベンチャーに勝ち筋はない。同社は東京電力福島第一原子力発電所廃炉プロジェクト向けに開発した技術と調達資金で、新市場のポジションを取りに行く。

信州大 合成に10万データ駆使

信州大学の手嶋勝弥卓越教授は水処理向けの無機結晶材料でベンチャーを立ち上げた。地下水などに含まれる重金属やフッ化物などを吸着する材料を開発する。実績はすでにあり、開発材が国内浄水器メーカーで量産されている。SIPではアフリカなどの開発途上国向けに安価で多機能な材料を開発する。

信州大の結晶材料合成ロボット(信州大提供)

武器は10万点の材料データだ。研究室では20年以上の実験記録を蓄積してきた。レシピシートが統一されており、原料の配合やプロセス条件、測定結果がまとまっている。これを1年かけてデジタル化した。手嶋教授は「10万データを人工知能(AI)に学習させて5700万の材料特性を予測した。この規模は10億、100億といくらでも増やせる」と目を細める。

実際に物質を合成するとコストが大きく、数十から数千程度のデータを用いる手法が一般的だ。万を超えるデータはシミュレーションで作られる。だがシミュレーション自体に不確かさがあった。広大な探索空間を実データで特性予測できると開発効率が飛躍する。実は材料開発の前に、このデータに買い手がついた。半導体材料などの開発に利用されている。

信州大の結晶材料のロボット合成ライン(信州大提供)

手嶋研ではロボット材料合成ラインを整備する。合成速度を10倍に高めて、さまざまな物質組成やプロセス条件を探索する。手嶋教授は「合成法がシンプルなため製造規模のスケールアップは簡単。いい機能性材料が見つかったらすぐ実用化できる」と説明する。水処理だけでなく、次々に事業を立ち上げるシリアルユニコーンを目指す。

山口大 海水・淡水で濃度差発電

山口大の濃度差発電試験システム

山口大学の比嘉充教授と物質・材料研究機構の一ノ瀬泉上席研究員は、海水と淡水の塩分濃度の差を利用した濃度差発電を事業化する。比嘉教授は「世界の発電ポテンシャルは1テラワット(テラは1兆)。100万キロワット級の原子力発電所1000基分と試算されている」と説明する。

濃度差発電のイメージ

濃度差発電はイオン交換膜で海水と淡水を仕切り、その間をイオンが流れることで起電力が生じる。きれいな淡水の確保とイオン交換膜などの内部抵抗を抑えることが課題だった。比嘉教授がイオン交換膜のブレークスルーを起こし、発電コストが太陽光発電や風力発電と並ぶレベルまできている。淡水の確保は下水処理場を想定する。一ノ瀬上席研究員は「日本の下水処理排水はきれい。イオン交換膜の劣化や保守の課題をクリアできる」と見込む。26年に500キロワット級の発電プラントを稼働させ実証する計画だ。成功すれば十数億平方メートルのイオン交換膜需要が生まれる。

物材機構 半導体品質、配列で管理

物質・材料研究機構の内藤昌信グループリーダーは高分子のモノマー配列を読むシークエンシング技術を開発する。半導体回路を描くためのフォトレジストを分子配列レベルで測り、半導体の歩留まりを向上させる。半導体の品質管理にはウエハー上のチリ、ホコリから始まり、原子レベルの欠陥検出など、あらゆる実用技術が投入されてきた。それでも排除できない要素が残り、ストキャスティクス(確率論的なバラつき)欠陥として微細化への壁になっている。

フォトレジストは均一な材料とされているが配列レベルでは評価されていない。材料全体では均一に見えても分子配列にムラが生じ、露光や現像の工程で回路をおかしくしている可能性があった。これは最先端プロセスで実証する必要がある。内藤グループリーダーは「imec(ベルギーの国際半導体研究機関)で研究したい若手を探している」という。半導体製造の品質認証システムの“心臓”を作る仕事になる。

「大きな夢」支えるのはVC、立ち上げ・プレゼン「プロに任せる」

いずれもユニコーンを前提とした技術開発になる。そのため事業規模や開発計画に並ぶ数値がどれも大きい。山口大産学公連携・研究推進センターの林里織准教授は「次元が違う。従来の産学連携や社会実装の規模ではない」という。

大きな構想を支えるためにベンチャーキャピタル(VC)のユニバーサルマテリアルズインキュベーター(UMI、東京都中央区)が事業面を支える。信州大の手嶋教授は「ベンチャー設立は2社目だが大学で立ち上げるのとプロに任せるのはまったく違う。バックオフィスが様変わりした」と振り返る。

UMIの木場祥介社長はSIPのプログラムディレクターを務め、実現可能性調査(FS)期間を含めて研究者を指導してきた。木場社長は「投資家に響くプレゼンができるようになってきた。次は実証して期待に応えること」という。構想を体現してアカデミアを包む空気を変えられるか注目される。

日刊工業新聞 2024年5月1日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
ユニコーンを前提とすると必然的に狙う市場は大きくなります。地球規模の食糧問題や水問題、再生可能エネルギーなど、将来いつか必ず必要になる技術は確実にあって、これを周辺技術や事業環境が整うまで養うのはアカデミアの役割の一つでした。技術を養うだけでなく、自ら仕掛けて事業を作りにいきます。材料系は売れるとわかると中身を分析されて、ほぼ同じ機能を持つちょっと違う材料が出てきます。そこで各者、製造技術や開発基盤など、競争に勝つための仕組みを仕込みました。単純な生産規模の競争に陥らないように工夫しています。それもいずれは追いつかれるものではありますが、リードタイムを生かして走りきれるかどうか。成功例の知見を他のプロジェクトに横展開する基盤をあわせて作る事業なのでうまくいけばと思います。

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