スタートアップ、東京一極集中是正なるか…〝不毛の地〟愛知に国内最大級の支援拠点
スタートアップは東京からという価値観が変わりつつある。かつては「不毛の地」と揶揄された愛知県が存在感を放つ。10月に国内最大級の支援拠点が開業し、スタートアップの創出や誘致をする機運は最高潮に達する。ユニコーン(時価総額1000億円超の未上場企業)など日本を代表する企業の輩出は依然として取り組むべき課題だが、“愛知モデル”は東京一極集中を是正する一例となりそうだ。(永原尚大)
モノづくり企業と協業促進、生成AI活用機運高まる
「モノづくり企業の最先端技術とスタートアップの新たなアイデア・ビジネスモデルを融合させる」―。愛知県は2018年、モノづくりとの融合に主眼を置いた独特なスタートアップの創出・誘致戦略を策定した。主力の自動車産業でCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)が到来する危機感が後押しした。
戦略の根底にあるのは、県内企業と国内外のスタートアップの協業を促し、既存産業に付加価値を生み出すこと。県や市町村、支援機関による約200種類の取り組みを通じて協業促進のほかスタートアップの創出や育成、誘致を進めてきた。
策定から5年が経過した。県が運営する支援拠点「プレ・ステーションAi」(名古屋市中村区)を利用するスタートアップは411社に達する。20年1月に始めた時は9社だったが、県外や海外からの誘致も実現し、存在感が高まってきた。
モノづくり企業が集積している市場性を狙うスタートアップの活動が盛んだ。工場の工程管理システムを提供する、ものレボ(京都市中京区)は名古屋市内に営業拠点を構えた。細井雄太社長は「自動車産業を中心に大きな変化があり、製造業向けスタートアップとしてこの機を逃さずチャンスにつなげる」と攻勢の構えだ。機械や設備メーカーの新製品開発を支援するRobofull(ロボフル、名古屋市中村区)の山本大社長は「大手から中小企業まで新技術の受け入れが非常に早く、オープンイノベーションを産みやすい地域」と話す。生成人工知能(AI)を使った工場自動化(FA)装置の仕様書作成を手がけるファースト・オートメーション(同西区)の伊藤雅也社長は「製造業では生成AIの活用機運が高まっており、反響は大きい」と語る。
支援技術だけでなく、モノづくりそのものを手がけるスタートアップも見逃せない。産業用の飛行ロボット(ドローン)を開発するプロドローン(同天白区)は、ジェイテクトや名古屋鉄道などと協力して物流用ドローンの社会実装に力を入れている。農業用ロボット開発のトクイテン(同中村区)はトマト農場を設け、栽培や収穫の自動化を目指している。国内外で存在感を発揮する製品となるかが注目だ。
大型支援拠点10月開業、「出会い」生む仕掛け
愛知県の戦略で目玉となるのが国内最大級の支援拠点「ステーションAi」。10月に名古屋市昭和区で開業する7階建て(延べ床面積約2万3000平方メートル)の共用オフィスで、モノづくり企業との協業促進や資金調達などの支援を提供する。29年までに国内外から1000社のスタートアップを集める計画だ。建設費は153億円で、運営はソフトバンク子会社が担う。
フランス・パリの支援拠点「ステーションF」を参考にし、偶然の出会いを生み出しやすい構造とした。ステーションAiは県内企業も利用する。スタートアップとの協業や共同開発を目的とし、すでに約200社から引き合いがきているという。
利用料金は共用オフィスのコワーキングスペースで1席月額3万3000円。セキュリティー性の高い個室は同6万8750円。試作品を作れるテックラボは同11万円。県とソフトバンク子会社は4月から利用企業の募集を開始した。スタートアップは県が半額負担する。
同拠点の開業までを中継ぎするプレ・ステーションAiを使うスタートアップは411社で、目標の4割を達成した。ただ、3月末までに新規株式公開(IPO)や第三者への売却などのイグジット(出口)は22年10月に実現した1件のみで小粒な事例という。「成功事例を生み出すことも課題だ」(利用するスタートアップ経営者)という声が聞こえてくる。
「ディープテック」事業化模索、共用実験設備など体制構築課題
高度な科学の知見に基づいた革新的技術「ディープテック」を武器にしたスタートアップが注目されている。事業が成立するまでに長期間の研究開発と大規模な資金を要するが、実現した時には社会を革新するほどの潜在力を持つとされる。政府系ベンチャー投資機関の担当者は「愛知県にはシーズ(事業の種)が多く、どうビジネス化できるだろうか」と期待する。
名古屋大学から生まれた73社のスタートアップを調べると、最も多かったのがITやAI分野で3割を占めた。創薬や医療などヘルスケア分野が2割、バイオテクノロジー分野と素材・材料分野が1割ずつと続いた。
「企業からのニーズがあるから愛知でやっている」と立地の狙いを話すのは、金属有機構造体(MOF)を使ったガスの分離・貯蔵装置を手がけるSyncMOF(シンクモフ、名古屋市千種区)の畠岡潤一社長。ダイセキとはアンモニア、東邦ガスとは二酸化炭素(CO2)回収で協業している。大手企業との実績で信頼性を築き、海外市場に打って出る戦略だ。反対に、細胞の品質管理を手がけるQuastella(同西区)の竹本悠人社長は「名大発スタートアップはライフサイエンス分野が多いものの(県内には同分野の大手企業が少なく)接点は限られる」と話す。
県は23年、最大4000万円の支援金を給付して研究開発を支援する事業を始めた。創業期の企業を対象とした制度で、県の担当者は「研究開発が加速したり、海外展開を模索したりと有効に機能している」と支援の手応えを感じている。
一方、シンクモフの畠岡社長は「モノづくりできる支援拠点が必要だ」と指摘する。共用の実験設備などを備えた拠点をイメージする。10月に開業するステーションAiは交流に重点を置いており「モノづくり機能は弱い」(県関係者)のが実情だ。ディープテックの支援体制構築は道半ばとも言える。
ただ、注意が必要なのは、製造や生産をすることだけに支援の注意を向け過ぎては見間違えるという点だ。あるディープテックのスタートアップ経営者は「工場を作って生産する従来のモノづくりのビジネスモデルでは資金調達が難しい」と話す。単純なモノ売りでは急成長を見込みにくく、ビジネスモデルの工夫が必要だ。技術と経営の両面で成長を支援し、革新的な企業を生み出すことが求められている。