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デマ急増、能登半島地震のSNS分析は有効だったのか

デマが揺さぶる共助 能登半島地震のSNS分析(中)

AI選別、人が確認後に配信

能登半島地震では会員制交流サイト(SNS)のX(旧ツイッター)でデマが急増した。「被災地に混乱を広げ、それでもうける人を許す。そんなSNSは許容できない」とXを見限る研究者もいる。それでは能登半島地震ではSNS分析は有効だったのか。

「過剰な情報も過小な情報もなく、当たり前に使えるツールになった」と防災科学技術研究所の臼田裕一郎総合防災情報センター長は振り返る。内閣府と防災科研などの災害時情報集約支援チーム「ISUT」として石川県に入り、現地で情報整理に当たった。Spectee(スペクティ、東京都千代田区)やJX通信社(同)のSNS分析サービスを活用している。

スペクティは人工知能(AI)技術で投稿をスクリーニングし、最後は人がファクトチェックしてから情報を配信している。例えば救助要請の投稿では、投稿者が救助を要請する本人か、その家族で、住所や被害が確認できることなどを条件とする。事実確認には同じ情報が複数から発信されているか確かめる。建物の倒壊であれば違う角度の写真や別の投稿者も同じ情報を上げているかを探す。さらに河川の監視カメラ画像や自治体の発災情報などを組み合わせて総合的に判断する。

能登半島地震では他人の救助要請をコピー&ペーストしたデマや、過去の災害画像を使ったデマが多かった。過去の動画はAI技術で照会すれば排除できる。コピペはアカウントや本人確認で対応した。村上建治郎社長は「専門性が重要。災害対応に通じた人間が情報を精査している」と説明する。

こうして選別された情報も、そのまま災害対応に使われる訳ではない。防災科研の臼田センター長は「どこに何人を派遣するかという判断はすべての情報を俯瞰(ふかん)して決められる」と説明する。情報の選別と活用の2段階でプロの目が入る。

SNSで救援要請のデマが拡散しても、その情報だけで救助隊が駆けつける訳ではない。臼田センター長は「救急対応など、重要な判断は正式な意思決定プロセスがある。それを破ることはない」と指摘する。

SNS情報をプロが使うために二重三重の仕組みが用意されている。この体制を支えるにはコストがかかる。スペクティの村上社長は「起業当初はSNS情報を個人に配信するビジネスモデルを考えていた。だが広がらなかった」と振り返る。いつ起きるかわからない災害に備えてお金を払う消費者は少ない。

そこで報道機関向けの配信サービスに切り替えた。いち早く現場に駆けつけるためにSNS情報を利用する。火事や事件は頻度も多く、平時から必要とされた。報道機関向けでマネタイズ(収益化)ができ、自治体向けの配信サービスも軌道に乗った。村上社長は「いくつも偶然が重なり、事業が成立した」と振り返る。問題はプロではない人の“共助”への支援だ。

日刊工業新聞 2024年02月08日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
プロが使えば玉石混淆な情報でも役に立つ。当たり前のようで、当たり前にように動く仕組みになったことは大きな一歩です。一方でそのコストをどう負担するかが難しいです。スペクティなどは普段から火事だったり、不審者だったり、クマだったり、日々起きるニュースの元となる情報をファクトチェックする業務があるため専門性を磨く環境があります。震災時のファクトチェックはめったに必要とされない機能ですが、普段から必要とされる機能に移し替えることができています。この情報はヤフー災害マップなどで提供されています。もっと活用が進めばいいなと思いつつ、個人にとって状況把握の先の意思決定に必要になる情報はこれとは別に集めないといけません。また南海トラフや首都直下では現在の社会的な体制で足りるようには思えません。防災訓練のようにファクトチェック週間などを設けて知見を蓄えていった方がいいように思います。

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デマが揺さぶる共助 能登半島地震のSNS分析
デマが揺さぶる共助 能登半島地震のSNS分析
能登半島地震では会員制交流サイト(SNS)の投稿から被害状況を分析するシステムが活躍しました。石川県の災害対策本部で利用され、津波や火災などの早期把握に貢献しました。一方でフェイクもまん延し、事実確認の負荷を押し上げています。フェイクの波を止められるかの岐路に立っている今を追いました。

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