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日本の海事産業の復権かける…「アンモニア燃料船」開発、四つの意義

日本の海事産業の復権かける…「アンモニア燃料船」開発、四つの意義

日本郵船のアンモニア燃料アンモニア輸送船の完成イメージ

海運業界が脱炭素化に向けて大きな一歩を踏み出した。国内最大手の日本郵船が、燃やしても二酸化炭素(CO2)を排出しないアンモニアを燃料に使いアンモニアを運ぶ外航船の建造を決定した。2026年11月の完成を目指す。アンモニアは舶用の脱炭素燃料候補の本命の一つ。国産エンジンを搭載した船に日本の海事産業の復権をかける。(梶原洵子)

日本郵船など外航船建造、国際標準狙う

1月25日、日本郵船が都内で開いたアンモニア燃料船建造の記者会見には同社の曽我貴也社長のほか、エンジン製造のジャパンエンジンコーポレーションとIHI原動機(東京都千代田区)、造船会社の日本シップヤード(同)の3社の社長、日本海事協会の坂下広朗会長も顔をそろえた。

日本郵船が1月に都内で開いたアンモニア燃料船建造の記者会見で笑顔をみせる関係5者の社長ら(中央が曽我日本郵船社長)

同船はこの5者がコンソーシアム(共同事業体)を組んで開発を進めるもので、21年10月に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業の採択を受けた。建造決定は日本の海事産業の力を結集した開発の成果で大きな節目となる。

日本郵船は、先行してアンモニア燃料タグボートの開発も進める(完成イメージ)

日本郵船は同船に先行し、アンモニア燃料タグボートを開発しているが、外航船の燃料を転換しなければ海運の脱炭素化は実現しない。今後、自動車船も開発し、33年までに合計15隻のアンモニア燃料船の完成を目指す。同社の曽我社長は「アンモニア海上輸送の主たる担い手となりたい」と意気込む。

アンモニア燃料船開発の意義は四つある。一つ目は外航海運の脱炭素化だ。同船は重油に高い比率でアンモニアを混焼させ、従来比80%以上の温室効果ガス(GHG)排出量削減を目標とする。実機などで検証しながら、船の推進用の主機エンジン、発電機用の補機エンジンの両方の開発にめどをつけており、海外勢を開発でリードしている。

アンモニア燃料船の概要

二つ目は環境負荷の低いアンモニア供給網の構築だ。現在は肥料などの化学原料として使われるアンモニアだが、今後は火力発電などのGHG排出量を削減するため混焼利用される。内需は30年に300万トン、50年に3000万トンへ急拡大するとの試算がある。燃料用アンモニアは再生可能エネルギー由来の水素を大量に得られる海外で生産されるため海上輸送需要は大きい。

三つ目は日本の海事産業の強化、四つ目は船舶でのアンモニア利用に関する国際ルール化だ。世界で脱炭素化が進む中、この船が今後の脱炭素燃料船のモデルになれば、関連産業へ大きな波及効果がある。それを得るためにも、今回の船舶開発を通じて蓄積した知見をもとに日本主導の国際ルール化を目指す。

主機エンジンを開発するジャパンエンジンの川島健社長は、「過去に海外勢が主導した国際標準の後追いで開発し、参入障壁と感じるルールも若干なりとも経験した」と話す。

IHI原動機の村角敬社長は、「カギとなる安全性と環境性を実機で確認し、ユーザー目線で作り込んだことがプロジェクトの強みだ」と話す。毒性があるアンモニア燃料の取り扱いは最大の懸念だったが、「安全性が社会実装に足る水準に達した」(日本郵船の曽我社長)ことで、建造を決定できた。エンジン周辺の設備設計から船員の働き方まで5者で幅広く検討した。

独・スイスと開発競争

アンモニア燃料船の開発をめぐる国際競争は激化している。中核となる主機関エンジンについて、ジャパンエンジンの進藤誠二常務は「競争は三つ巴(みつどもえ)だ」と話す。競合はWinGD(スイス)と独MANエナジー・ソリューションズ(ES)で、いずれも歴史あるエンジンメーカーだ。

世界のアンモニア燃料船、アンモニア燃料エンジン開発プロジェクト

WinGDは、ガス輸送会社のエクスマール(ベルギー)からの発注で現代重工業(韓国)が建造する液化ガス運搬船向けのアンモニア2元燃料エンジンを受注した。25年にエンジンを供給する計画で、同船の商用化は26年前半を目標とする。

MAN ESは、シンガポール海運大手のイースタン・パシフィック・シッピングが発注する船舶などにアンモニア2元燃料エンジンを供給し、伊藤忠商事主導の日本のプロジェクトにも参画する。26年前後にエンジン完成を目指している。

計画上は外航船向けのアンモニア燃料の主機関エンジン開発は海外勢が一番乗りだが、進め方に違いがあり、計画通りになるかはまだ分からない。

進藤常務は「ジャパンエンジンとMAN ESは試験エンジンを回して開発しているが、WinGDは回していない」と話す。開発で2社に後れをとっていたWinGDは、容器内でのアンモニア燃焼試験とコンピューターシミュレーションによってエンジン状態を予測し、巻き返しを図ろうとしている。

国内3社“全方位戦略”、メタノール・水素の使い分け探る

最大の焦点はアンモニアが船舶の脱炭素燃料として普及するかどうだ。候補はほかにグリーンメタノールや水素がある。

特にメタノールは、世界最大のコンテナ船海運会社のAPモラー・マースク(デンマーク)が燃料供給体制から船舶の発注まで精力的に取り組んでいる。常温で液体状態であり、アンモニアよりも取り扱いが簡単だ。

日本郵船を含む国内海運大手3社は、脱炭素燃料に対し全方位戦略をとり、メタノール燃料や水素燃料にも取り組む。商船三井の橋本剛社長は、「世界の海運の需要は1種類の燃料では満たせない。使える燃料は何でも使うことになるだろう」と語り、船種による使い分けを予想する。

だが、その中でもアンモニアは本命中の本命だ。「舶用燃料は大量に生産する必要がある。アンモニアが大量生産に一番ふさわしい」と日本郵船の曽我社長。供給網を構築するため、日本郵船はアンモニア生産に関わる可能性も否定しない。

アンモニアは大気から分離した窒素と水素を高温高圧下で反応させる「ハーバー・ボッシュ法」で製造されている。大量生産に適しており、製法の発明から100年以上たつ今も変わらない。

だが、現在は天然ガスを改質して原料の水素を製造するため、副産物の一酸化炭素からCO2が発生する。水を電気分解して製造した水素を使う場合は、水素を高圧化するためにエネルギーを使う。そこで低温低圧下でアンモニアを製造する技術が研究されている。

アンモニア燃料船が市場へ船出するには、いくつものハードルがあるが、メタノールだけ、水素だけで海運の脱炭素化を実現することも想像しにくい。ハードルを一つずつ乗り越える必要がある。

日刊工業新聞 2024年2月20日

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