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「全銀ネット」障害復旧も…懸念される企業活動の実害

「全銀ネット」障害復旧も…懸念される企業活動の実害

顧客に影響が出る障害は全銀システムが1973年に稼働してから初めてだ(全銀システムを運用する全銀ネットが入居する銀行会館〈東京都千代田区〉)

10―11日に障害が発生した銀行間送金システム「全国銀行データ通信システム(全銀システム)」は12日に復旧し、通常の他行宛ての振り込み取引が可能になった。両日にかけて振り込みの未処理や遅延などの影響が出たのは約506万件。金融システムの根幹を揺るがす事態となった。類を見ない決済の寸断が起きたことで、資金繰りの逼迫(ひっぱく)や商談の不成立など企業活動への影響が危惧される。(特別取材班)

振り込み未処理など506万件 企業、入金遅延に“冷や汗”

1日当たり約800万件、金額にして約14兆円の資金が行き交う金融の要衝で重大な事故が起きた。その対象は三菱UFJ銀行やりそな銀行、三菱UFJ信託銀行、埼玉りそな銀行、関西みらい銀行、山口銀行、北九州銀行、日本カストディ銀行、もみじ銀行、商工中金の10の金融機関。顧客に影響が出る障害は全銀システムが1973年に稼働してから初めてだ。

全国1000超の金融機関が接続するだけに、その影響は甚大だ。10の金融機関で他行宛ての送金(仕向け)と他行からの着金(被仕向け)ができなくなった。10―11日の影響件数は送金が計約255万件。このうち計87万件が送金できずに未処理のまま12日を迎えた。また着金についても計約251万件で遅延などが発生した。

全銀システムを運営する全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット、東京都千代田区、辻松雄理事長)は12日、他行宛ての振り込みが遅滞なく稼働し、未処理の振り込みも完了したと発表した。辻理事長は11日の説明会で「多大なご迷惑をおかけしている」と陳謝したが、前代未聞の障害を起こした責任は大きい。

原因は、全銀システムと各金融機関のシステムを接続する「中継コンピューター」のソフトにあるという。ソフトを更新する際、銀行間手数料をチェックするプログラムに不具合が生じた可能性があるとみている。ただ今回の復旧対応は対症療法的な措置に過ぎず、原因究明と抜本的な改修が急がれる。

企業への影響も少しずつ見えてきた。高周波加熱装置メーカーの山本ビニター(大阪市天王寺区)は、三菱UFJ銀から三井住友銀行への振り込みで遅延が発生。13日までに入金できなければ契約書上のペナルティーになる可能性があった。「同行同士の送金に切り替えるなど、対応を検討していた」(山本泰司社長)という。12日に障害が解消されたため、大きな影響はないとみている。

愛知県でFA部品の受託加工を手がける中小企業からは「売掛金で1件入金が遅れた」(経理担当者)との声が聞かれた。ただ大きな金額ではなく、この時期は月末に比べて入出金が少ないことも幸いだったという。

また愛知県内の中小の射出成形メーカーは、10日の売掛金の入金が数件遅延した。常務は「多額ではなかったので幸い大きな被害はなかった。全銀ネットは影響が大きいので、今後このようなことがないようにしてほしい」と訴えた。

不安払拭、金融機関が対策

取引先の不安を払拭しようと、金融機関も対策を講じている。三菱UFJ銀は今回の障害で残高不足になり約束手形や小切手が決済できなくても不渡りとして認定しない措置を決定。また同行とりそな銀行は他行を通じて振り込んだ場合の手数料の差額を負担する方針だ。関西みらい銀行も本来より多い振込手数料を支払った場合は銀行側で負担する。

中小企業との取引が多い商工中金も特例措置を決めた。今回の障害に関連して発生した、自己宛て小切手の発行手数料や送金を別の金融機関へ切り替えた際の手数料を負担する方針だ。取引先に事情を聞いた上で判断するという。

一方、山口銀行、もみじ銀行、北九州銀行を傘下に収める山口フィナンシャルグループ(FG)は営業地盤が広島・山口・福岡3県と広く、取引先も中小・零細企業が多い。このため振り込みの停止・遅延は、地方経済に衝撃を与えた。

ただ現時点で地場企業から残高不足で手形が決済できなかったなどの報告はないという。「営業店ごとに行員が丁寧な説明を行った。混乱はなかった」(山口FG)。当座貸し越しサービスの利息負担や、他行を通じて振り込んだ場合の手数料の差額負担などについては「検討する」(同)と話すにとどめた。

商取引縮小・不成立 「逸失利益問題」残る

全銀システム障害の影響は三菱UFJ銀行やりそな銀行、関西みらい銀行など10の金融機関に及んだ(イメージ)

現金自動預払機(ATM)の管理などを手がける綜合警備保障(ALSOK)は金融機関からの要請を受け、システム障害を告知するポスターの掲示などを行った。金融機関が丁寧に対策を講じたことで、甚大な被害は回避できる見通しだ。ただ入金が遅れたことで商取引が縮小したり、商談が不成立になるなど、企業間取引における逸失利益の問題は残る。表面化しにくい影響もあり、予断を許さない。

全銀システムに使う中継コンピューターの更改作業は、今後も続く。23年に着手し、初回の作業が10月7―9日だった。ニッセイ基礎研究所金融研究部の福本勇樹金融調査室長は「システムの根幹部分を一気に更改したことが問題だったように思う。稼働から50年間、一度も顧客に影響を与える障害が起きていなかった分、過信があったのではないか」と指摘する。

次の更改作業は24年1月だ。2度目の障害は許されない。今回の障害に対して抜本的な改修や再発防止策を講じ、2回目に臨む必要がある。また万が一、障害が起きた場合の対策も強化したい。「止まった経験がなかったため、事業継続計画(BCP)も不十分だった」(福本室長)と話す。金融機関との連携を密にして混乱を最小限にする施策が求められる。


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日刊工業新聞 2023年10月13日

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