ニュースイッチ

地域企業の社長に博士号、三重大学大学院の計画とは

著者登場/西村訓弘氏『社長100人博士化計画』

―地域企業の社長らに対する博士教育で知られる、三重大学大学院地域イノベーション学研究科を計画段階から率いてきました。
「大学院後期課程の定員は6人と少ないが、100人の博士号取得を目指したい。西村ゼミではそれぞれの技術やビジネス、事業承継などをテーマに、本人が取り組んでいる事柄を通じて、ものの見方や知識を使いこなすことを伝えている」

―中堅企業の経営者に、博士号の発想はあまりないのでは。
「経営者は日頃から事業について懸命に考えているが、経験に基づく我流のことが多い。博士研究を通じて客観的に自分を見つめ、考えを理論的に組み立て、明瞭な結論を導き、確信を持って次の事業に踏み出してもらいたい」
「博士号はPh.D(哲学博士)と表記されることがある。専門知識を多く持つ人を指すのではない。どの専門であっても研究の過程で培われた考える力、論理的にまとめる力の証が、博士号だ」

―博士課程は研究者養成が基本で、実務家歓迎は珍しいです。
「一般に博士課程の修了要件には数本の査読付き論文が求められる。本研究科は1報としているが、それでも社会人学生には容易ではない。経験則を理論的に組み立てることを評価する、地域やサステナビリティーなどの学会を狙い、実際に数値を改善させた実証的な研究として受け入れてもらう。経営者にとっては最後に自らの哲学を博士論文にまとめる経験も大きい」

―具体例をお願いします。
「伊勢神宮の内宮前で約100年続く食堂『ゑびや』で、娘婿として経営を引き継いだ人のケースを紹介したい。それまで安い伊勢うどんなどを提供していたが、私たちとの議論を経て路線を変更。来店客は参宮のハレの日に、地元の食材を使った華やかな食事を望んでいると考え、客単価を上げることに成功した。その上で大学院に入学した」

―店の繁盛で新たに生じた課題が、研究テーマになったとか。
「店長の勘で仕入れや人の配置をするのが難しくなり、人工知能(AI)を使った顧客予測をテーマとした。研究の成果を自らの事業に取り入れ、売り上げと利益を大幅に伸ばした。さらに小規模事業者向けに顧客予測のコンサルタント・サービスを行う新会社を設立。全国のITエンジニアや大手企業と連携している」

―本の前半は波瀾(はらん)万丈の自伝です。
「私は三重の古い農村の生活が残る地域の出身で、バイオベンチャー社長としての挫折を経て故郷へ戻った。医学に農学、水産学などを掛け合わせた人材育成に携わる中で、地域の産業を生かす道を思うようになった」

―閉塞(へいそく)感が漂う今の日本に必要なことは。
「現場を持つ人に覚醒を起こすことだ。聞いた話の知ったかぶりや、助成金や企業誘致頼みでは状況は変わらない。今はフラットで地域や組織、年齢などはさほど問題にならない時代だ。徹底的な議論により自らを理解し、時代の変化に気付いて目覚め、行動することを後押ししたい」(編集委員・山本佳世子)

三重大学教授 西村訓弘氏
◇西村訓弘(にしむら・のりひろ)氏 三重大学教授
87年(昭62)筑波大第二学群卒、同年神戸製鋼所入社。95年筑波大から博士号(農学)を授与。日本グラクソなど経て00年、国立大学発ベンチャー第1号のジェネティックラボの創業に携わり、02年社長。04年三重大医学部特命教授、16年院地域イノベーション学研究科教授。三重県出身、58歳。
『社長100人博士化計画』(月兎舎 0596・35・0556)
日刊工業新聞 2023年09月25日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
地域イノベーションに心を砕く地方国立大関係者は多いが、西村先生はバイオベンチャー社長経験者として、実践的な高度イノベーション人材に一家言を持つところに引かれていた。リカレントが注目される今なお、学術重視の大学・教員と、社会人学生の思いにはギャップがある大学が多い。西村先生と三重大の思い切った取り組みは、多くの地方国立大学に参考になるだろう

編集部のおすすめ