【ノーベル賞発表迫る】日本人の有力候補者と研究内容をまるっと紹介
ノーベル賞の受賞者発表が来週に迫った。自然科学3賞に関しては、10月2日に生理学医学賞、同3日に物理学賞、同4日に化学賞が公表される。2021年に米プリンストン大学の真鍋淑郎上席研究員が物理学賞を受賞したが、22年は日本人の受賞者はいなかった。2年ぶりの日本人受賞となるか、海外を含めた自然科学3賞の候補者と研究成果を紹介する。(飯田真美子、小寺貴之)
生理医学賞 森氏 異常たんぱく質検出・修復/小川氏 脳血流中酸素濃度を撮像
23年の生理学医学賞は、京都大学の森和俊教授が有力だ。細胞中の物質の貯蔵や輸送を担う「小胞体」の中にある異常なたんぱく質の検出と修復の仕組みを発見した。パーキンソン病や心不全など多くの疾患の治療につながることが報告されている。
たんぱく質が膜で包まれた後に目的の場所まで運ばれる「小胞輸送」の解明で、別の研究者が13年にノーベル生理学医学賞を受賞してちょうど10年がたったタイミングとなっており、森教授が研究する細胞内器官の仕組みの解明に関する領域に期待がかかる。森教授は23年の慶応医学賞にも選ばれ、ノーベル賞への階段を着実に上っている。
東北福祉大学の小川誠二特別栄誉教授も注目だ。磁気共鳴断層撮影装置(MRI)関連の発見をした研究者が20年前に同賞を受賞。小川特別栄誉教授は、その技術を応用し、体に負担をかけずに脳の活動を測定できる「機能的磁気共鳴断層撮影装置」(fMRI)を開発した。脳の血流中の酸素濃度の信号をMRIで撮像できることを見いだした。この信号を利用してヒトの脳が活動している部位を撮る技術を実証し、fMRIの基本原理を確立。脳疾患の診断などに応用されている。
睡眠覚醒を制御する神経伝達物質「オレキシン」を発見した筑波大学の柳沢正史教授も候補者に浮上している。急に強い眠気に襲われる睡眠障害「ナルコレプシー(居眠り病)」や不眠症の原因を突き止め、治療薬の開発につなげた。23年にはノーベル賞の登竜門である生命科学ブレイクスルー賞やクラリベイト引用栄誉賞に選ばれた。
物理学賞 十倉氏 高温超伝導体/松波氏 SiCパワー半導体
物理学賞は21年に地球科学分野が受賞したことで予想が難しくなったが、物性や宇宙・素粒子が23年の注目分野となりそうだ。特に近年は物理学賞や化学賞を中心に環境負荷の低い成果が受賞する傾向がある。
その中で、効率良く電力の制御や変換ができる「炭化ケイ素(SiC)パワー半導体」を生み出した京都先端科学大学の松波弘之特任教授(京都大学名誉教授)が有力だ。高い電圧への耐圧・耐熱性を持ち冷却装置が不要なため小型・薄型化でき、脱炭素社会の実現に必要な技術だ。スマートフォンや自動車など多くの製品に使われており、23年にノーベル賞に比類するエジソンメダルを受賞した。
また、電気を通さない絶縁体に電子を入れて高温超伝導体をつくる「電子型」を発見した東京大学の十倉好紀卓越教授(理化学研究所創発物性科学研究センター長)も注目だ。容易に高温超伝導体を設計できる「十倉規則」を確立した。低消費で大容量の次世代記憶デバイスへの応用が見込まれる。よりエネルギー消費が低い材料となり得るスキルミオンも研究しており、将来的に産業界の基盤となる成果として期待できる。
宇宙・素粒子分野の日本人候補者は少ないが、初期の宇宙が指数関数的な急膨張を起こしたと提唱した東京大学の佐藤勝彦名誉教授は候補だ。約138億年前の宇宙の始まりの解明につながる理論として、探査などを含めて研究が進んでいる。
他に、次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」を開発した桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授や、300億年に1秒しかズレない「光格子時計」を作った東大の香取秀俊教授、電気を通すセメントや鉄の高温超伝導体、酸化物半導体「IGZO(イグゾー)」の生みの親である東京工業大学の細野秀雄栄誉教授らも名を連ねる。
化学賞 石田氏 合金の熱力学DB構築/北川氏 多孔質材、孔の大きさ精密制御
化学賞は生化学と有機化学の研究者が多く選ばれてきた。かつては原子核分裂や超ウラン元素も化学賞の対象だった。無機化学や理論化学は近年授賞が減り、無機は19年のリチウムイオン電池の前は11年の準結晶、理論は13年のマルチスケールモデルの前は98年の密度汎関数法までさかのぼる。23年のノーベル化学委員会は議長が理論化学者で、無機化学者が6人中2人を占める。久しぶりに理論や無機から選ばれる可能性がある。
理論と無機の融合領域から日本人研究者を挙げると、合金の熱力学データベースを構築した石田清仁東北大学名誉教授が候補になる。多元系合金の状態図を計算で予測するためにデータを集めた。鉄鋼や化合物半導体など幅広い研究に利用され、身近な製品では鉛フリーハンダや医療用銅基超弾性合金などの開発に貢献した。このデータ駆動型の研究手法は人工知能(AI)技術と組み合わされ、研究効率を飛躍的に向上させた。
他にも無機化学では多孔性配位高分子(PCP)/金属有機構造体(MOF)研究の北川進京都大学特別教授が挙げられる。多孔質材料として孔の大きさを精密に制御でき、二酸化炭素や有害物質の吸着材料として開発が進む。東京大学の藤田誠卓越教授は球状の金属有機錯体を合成。たんぱく質などの構造解析への応用が進んでいる。
高分子化学では精密重合を実現した沢本光男京大名誉教授・中部大学特任教授、らせん高分子を合成した岡本佳男名古屋大学特別教授らが候補だ。選ばれれば00年の導電性高分子以来の授賞になる。
海外有力テーマ素粒子観測、南極で成果
ノーベル賞は約120年の歴史があり、生理学医学と物理学、化学の3賞に加え、文学と平和、経済学に与えられる。賞金は1賞当たり1100万スウェーデンクローナ(約1億4668万円)。一つの賞で最大3人が受賞し、その場合、賞金は分け合う。12月に授賞式を開催するが、22年はウクライナ侵攻を始めたロシア、それを支援するベラルーシ、人権問題で批判されているイランを招待しなかった。23年も招待しない方針。
海外にも有力なテーマは多い。新型コロナウイルス感染症の予防につながる「メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」の開発に必要な技術の構築は22年に続いて有力候補だ。ノーベル賞の前哨戦と言われる賞を数多く受賞している。
また巨大ブラックホールの影の撮影に成功した国際研究グループも候補。これまでに巨大ブラックホールの影の撮像を2例発表しただけでなく、周辺研究の成果も多く創出している。南極にある素粒子観測装置「アイスキューブ」で得られた成果も引き続き注目だ。素粒子の一種「反ニュートリノ」の観測に初めて成功した。どちらも日本人研究者が研究に関わっている。
ほかに光でたんぱく質を制御する「光遺伝学」や、一瞬で起こる物理現象の解明につながる「アト秒(アトは100京分の1)レーザー」、がん抑制遺伝子「BRCA1」の研究に携わった研究者らも候補に挙がっている。