理研の雇い止め問題で露見、研究者の流動性を支えてきた人事制度のもろさ
理化学研究所の雇い止め問題で、研究者の流動性を支えてきた人事制度のもろさが露見した。期間限定の戦略プロジェクトでは研究責任者の裁量で即戦力を雇う。人事部が法令順守など後方支援に回るものの、雇い止めなどの問題が浮上すると対応が後手に回った。今回と同様の問題は大学にも広がる可能性がある。(小寺貴之)
「10年の雇用上限による雇い止めは97人。チーム解散による雇い止めが87人。合計184人が雇い止めに遭った」。理研労働組合の金井保之執行委員長はこう説明する。2023年3月末に任期満了を迎える予定だった380人の48%が理研を去った。そのうち126人は大学や企業などの仕事に就いた。
一方、理研は425人のポストを新設し、196人が理研で新しいプロジェクトを担っている。
焦点は有期雇用から無期雇用への転換を阻止するための雇い止めと認められるかどうかだ。金井委員長は「前理事長は10年上限の雇い止めを主張して、杓子定規に雇用上限を現場に強制し、184人全員が雇い止めとなった」と指摘する。
理研は「時限付きプロジェクトの期間が満了した場合は有期労働契約を更新しないこととしている」(理研人事部)と説明する。これは研究者が複数の研究機関などで研鑽を積むことが、本人の成長や国全体の競争力向上につながるためだ。
同時に国研は国の戦略投資の実施機関としての役割があり、理研は研究ポートフォリオの入れ替えを進めている。そのため、成果が出ている研究者も整理対象となった。金井委員長は「業績不足というのであれば、それを当事者に丁寧に説明する必要がある」と指摘する。10年での無期転換権の発生とポートフォリオの入れ替えが重なり、事態は複雑化している。
雇用上限は4月に撤廃され、雇い止めの違法性については個別に裁判所で争われる。2件、3人の訴訟が動いている。
こうした対応の前面に立つのが理研本部の人事の職員たちだ。広く多様な研究領域に対し、深い専門性を持つ研究者を雇う。研究の最前線では状況が刻々と変わる。ライバルの論文一本でコンセプトを変えねばならない状況が発生する。
そのため研究室で誰を雇うかは研究責任者が判断してきた。結果的に、なぜそのポストが必要なのか、なぜその人材が採用されたのか、その人材は現在も競争力を持つのかを本部が把握することは難しかった。
しかも研究ポートフォリオの入れ替えなどの影響で研究責任者も整理対象となり、その部下の研究支援人材への説明やポスト探しに頭を抱える事態となった。
これを回避するには現場任せにせず、本部が一人一人のキャリアを支えることが求められる。有期雇用であっても長く在籍する場合は育成配属計画を立てる必要もある。本来、採用と育成は不可分だ。ただ研究者の間では「研究室の採用に事務方が口を出せば、研究競争力が損なわれる」という意見も根強い。
金井委員長は「雇用上限を隠れみのとしたアカハラ・パワハラが行われている」と指摘する。契約更新の際に評価の透明性を高める必要があるという。
今後、国際卓越研究大学制度などで大学の研究室も大型化することが見込まれる。研究者が学生を活用する運営から、プロ研究者のチームとして競争力を高められるようになる。さらに外国企業との共同研究など、変動のある予算を扱う機会は増える。
大きな研究チームが増えても、再編時の受け皿となるのが数校の大学と研究機関に限られれば、今回と同様の問題が広がる可能性がある。理研を舞台にモデルとなる仕組みを作り、多くの機関で連携して運用できるか検証していく必要がある。