医薬品の知財戦略を考える。揺らぐ創出国第3位の地位
文=秋元浩(知的財産戦略ネットワーク社長)
人々の生命と健康を維持するために欠かせない医薬品。近年は創薬技術の多様化とグローバルな研究開発競争の激化で医薬品創出国第3位を誇るわが国の足元も揺らいできている。2015年4月には日本医療研究開発機構が発足、アカデミア発の創薬シーズをビジネスとして活用していくことが期待されている。高まる産官学連携によるオープンイノベーションの取り組みが実を結び、事業化の道が開けるのかどうか、事業化を見据えた研究・知的財産戦略を構築することが重要である。
特許はどの産業においても重要な経営資源として位置づけられるが、医薬品は原則として極少数の「特許」で保護されているため、他産業と比べ特許の価値が相対的に高いという特徴がある。
医薬品産業では新薬の研究開発に平均15年以上の長い年月がかかり、時には数千億円の先行投資を要する上に、新薬として市場投入される成功確率が約3万分の1と著しく低い。
しかし、ひとたび新薬の開発に成功すれば、圧倒的な売り上げをたたき出し、新たな研究にその資金を投じることができる。そのため、新薬技術を独占するための特許をいかに有効かつ強力に取得するかが、競合他社あるいは模倣品に対する最も効果的な防御手段となる。
グローバル化に伴い、経済もサイエンスもボーダーレス化している一方で、知財制度は依然として各国間で異なる。医薬品のメーン市場である欧米、また近年はアジアで事業展開を活発化させる製薬企業が増加していることから、これらの国々の知財制度を熟知した上で、事業化戦略に沿った知財戦略の構築を最優先に考えなければならない。
例えば、米国が先願主義になったといっても仮出願制度は依然存在しており、全体のコンセプトの中の一部であっても実験データを添えて仮出願し、1年以内に全体のコンセプトを実証して本出願すれば出願日の権利は仮出願の時期までさかのぼって付与される。
また、医薬品を米国市場に投入した場合、4年目に必ず後発品によるアンダー訴訟になることも留意しておかなければならない。このことは特許化の段階で、事業戦略との関係でどのような権利化を行うか、ビジネスを展開する上でどの国に出願するか、周辺をどのように抑えるかなど実践的な知的財産を巡り、特許制度のみではなく訴訟制度をも含めて、グローバルな知財戦略・戦術の必要性が高まるということになる。
近年は低分子医薬品からバイオ医薬品へのパラダイムシフトや、ゲノム創薬、再生医療などの製品の開発など、めざましい技術革新の発展により創薬技術が複雑多岐にわたってきた。また、分析・解析技術の進展に伴う薬効や、副作用評価の精度が向上したことなどにより、新薬の市場投入ハードルは高くなってきている。
創薬技術の発展に伴い、企業は一社完結型の研究スタイルから、国内外のアカデミア・ベンチャーなどとのアライアンスを図るオープンイノベーションが主流となってきた。
産学官連携によるオープンイノベーションへの取り組みは、アカデミア発の優れた研究シーズを社会実装するためのアカデミアと産業界双方にとっての有効な手段であり、国・産業ともが寄せる期待は極めて大きい。
アカデミアの研究成果を産業に役立てるためには、グローバル競争で優位性を確保する意味で、知的財産権の取得を含む知財戦略が重要なファクターとなる。1998年以降に技術移転機関(TLO)や大学知的財産本部が設置され、さらには2004年の国立大学の法人化を契機に、大学の国内および国外の全特許出願件数は飛躍的に増加した。
しかしながら、特許権が件数の上で多く成立したとしても、全ての特許が企業との共同・受託研究やライセンスアウトなどを通して、社会実装への一歩を踏み出して実際に利活用されるわけではない。むしろ利活用される特許の方が例外的であると言っても過言ではないのが実情である。
日本のアカデミアの多くの特許は、基礎的研究段階での主として日本出願特許であり、外国への出願国数も少なく、グローバルな事業展開を見据えた知財戦略が不十分なため、実際の産業につながらない場合が多い。
日本では欧米に比べて研究の成果を事業化につなげる仕組みがうまく機能していないため、要素技術で勝りながら事業で負けるという状況が生じている。
この状況を打開するためには、アカデミアは研究の初期段階から世界市場を視野に入れた事業化という出口を見据えた研究を行い、その成果をグローバルな知財戦略の観点から保護した上で、産業へうまくつなげる知財マネジメントを構築する必要がある。
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他産業に比べ相対的に特許の価値が高い
特許はどの産業においても重要な経営資源として位置づけられるが、医薬品は原則として極少数の「特許」で保護されているため、他産業と比べ特許の価値が相対的に高いという特徴がある。
医薬品産業では新薬の研究開発に平均15年以上の長い年月がかかり、時には数千億円の先行投資を要する上に、新薬として市場投入される成功確率が約3万分の1と著しく低い。
しかし、ひとたび新薬の開発に成功すれば、圧倒的な売り上げをたたき出し、新たな研究にその資金を投じることができる。そのため、新薬技術を独占するための特許をいかに有効かつ強力に取得するかが、競合他社あるいは模倣品に対する最も効果的な防御手段となる。
グローバル化に伴い、経済もサイエンスもボーダーレス化している一方で、知財制度は依然として各国間で異なる。医薬品のメーン市場である欧米、また近年はアジアで事業展開を活発化させる製薬企業が増加していることから、これらの国々の知財制度を熟知した上で、事業化戦略に沿った知財戦略の構築を最優先に考えなければならない。
米国が先願主義になって変わったことは
例えば、米国が先願主義になったといっても仮出願制度は依然存在しており、全体のコンセプトの中の一部であっても実験データを添えて仮出願し、1年以内に全体のコンセプトを実証して本出願すれば出願日の権利は仮出願の時期までさかのぼって付与される。
また、医薬品を米国市場に投入した場合、4年目に必ず後発品によるアンダー訴訟になることも留意しておかなければならない。このことは特許化の段階で、事業戦略との関係でどのような権利化を行うか、ビジネスを展開する上でどの国に出願するか、周辺をどのように抑えるかなど実践的な知的財産を巡り、特許制度のみではなく訴訟制度をも含めて、グローバルな知財戦略・戦術の必要性が高まるということになる。
研究開発はオープンイノベーションが主流に
近年は低分子医薬品からバイオ医薬品へのパラダイムシフトや、ゲノム創薬、再生医療などの製品の開発など、めざましい技術革新の発展により創薬技術が複雑多岐にわたってきた。また、分析・解析技術の進展に伴う薬効や、副作用評価の精度が向上したことなどにより、新薬の市場投入ハードルは高くなってきている。
創薬技術の発展に伴い、企業は一社完結型の研究スタイルから、国内外のアカデミア・ベンチャーなどとのアライアンスを図るオープンイノベーションが主流となってきた。
産学官連携によるオープンイノベーションへの取り組みは、アカデミア発の優れた研究シーズを社会実装するためのアカデミアと産業界双方にとっての有効な手段であり、国・産業ともが寄せる期待は極めて大きい。
欧米に比べ事業化の仕組みが機能しない日本
アカデミアの研究成果を産業に役立てるためには、グローバル競争で優位性を確保する意味で、知的財産権の取得を含む知財戦略が重要なファクターとなる。1998年以降に技術移転機関(TLO)や大学知的財産本部が設置され、さらには2004年の国立大学の法人化を契機に、大学の国内および国外の全特許出願件数は飛躍的に増加した。
しかしながら、特許権が件数の上で多く成立したとしても、全ての特許が企業との共同・受託研究やライセンスアウトなどを通して、社会実装への一歩を踏み出して実際に利活用されるわけではない。むしろ利活用される特許の方が例外的であると言っても過言ではないのが実情である。
日本のアカデミアの多くの特許は、基礎的研究段階での主として日本出願特許であり、外国への出願国数も少なく、グローバルな事業展開を見据えた知財戦略が不十分なため、実際の産業につながらない場合が多い。
日本では欧米に比べて研究の成果を事業化につなげる仕組みがうまく機能していないため、要素技術で勝りながら事業で負けるという状況が生じている。
この状況を打開するためには、アカデミアは研究の初期段階から世界市場を視野に入れた事業化という出口を見据えた研究を行い、その成果をグローバルな知財戦略の観点から保護した上で、産業へうまくつなげる知財マネジメントを構築する必要がある。
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