日本が取り組む「知の融合」、実践する欧米の今
複雑化する社会課題の解決に向けて、第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021年)は自然科学と人文・社会科学の融合による「総合知」で取り組む方向性を示した。知の融合を加速する研究施策は米国や欧州も実践している。
米国では04年に競争力評議会が研究力強化のために国立科学財団(NSF)の予算倍増や大学における複数分野にまたがる研究の増加を提言した。以来、NSFは「コンバージェンス研究」を具体的な問題で推進され、分野を越えた深い統合があると定義して、プログラムを実施している。中でも19年に開始したプログラム「コンバージェンスアクセラレーター」(図)は、主に基礎研究を支援してきたこれまでのNSFの取り組みを拡大するものだ。
このプログラムはフェーズ1でチーム科学や人間中心設計を含む実践的な研修を提供する。参加チームは学際的なアプローチで初期のアイデアを概念実証に発展させてパートナーを特定する。フェーズ2で知的財産、資金調達などの研修が実施され、選ばれたチームが社会的インパクトのある成果物を開発する。このプログラム内容は、創業初期のスタートアップを支援する事業「アクセラレーター」と同様である。
欧州連合(EU)の「ホライゾン2020」は人文・社会科学(SSH)と科学・工学の融合を促進するプログラムにSSHフラグを設定して、融合の度合いを把握した。後継の「ホライゾン・ヨーロッパ」でソーシャルイノベーション(SI)にもフラグを設定した。SIは社会課題やニーズに対する新たな対応手段であり、社会における価値観や規範などの変化を促すものと考えられている。
公募を呼びかける単位「トピック」の16%にSIフラグを、さらにその85%にSSHフラグも付与した(22年11月時点)。SIが人文・社会科学に深く関わり期待されていることがうかがえる。ドイツでは連邦教育研究省がSIに向けたアイデアのコンテストを20年に開始した。前述のNSFプログラムと同様の支援を提供する。
またイノベーション政策の概念モデル「トランスフォーマティブイノベーション」は制度、人間の行動様式などを含む社会システムレベルの変革を目指すもので、社会やそれを形成する市民が重要な主体となる。日本の研究施策を検討する際も、知の融合で社会を変革する各国施策の動向を注視する必要がある。
科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センター フェロー 山本里枝子
早稲田大学理工学部電子通信学科卒、富士通研究所にてソフトウエア技術の研究開発に従事。システム技術研究所所長、富士通研究所フェローを経て21年より現職。博士(ソフトウェア工学)、日本学術会議会員。