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起業精神育む…4月開校「神山まるごと高専」校長が考える起業家に必要な力

スイッチを入れる人 #1 大蔵峰樹さん/神山まるごと高専校長
起業精神育む…4月開校「神山まるごと高専」校長が考える起業家に必要な力

神山まるごと高専提供

高等専門学校として19年ぶりの新設校が徳島県神山町で4月に開校する。起業家精神や情報工学が学べる私立「神山まるごと高等専門学校」だ。発起人はSansanの寺田親弘社長らで、初代校長は高専出身でZOZO NEXT取締役の大蔵峰樹さんが務める。なぜ学校作りに挑むのか、どのような人材を育てるのかを大蔵峰樹さんに聞いた。

【連載】スイッチを入れる人:新たな取り組みで市場や仕組みを生み出したり、誰かの挑戦を後押ししたりする人がいます。そんな社会変革の“スイッチ”を入れる人に、狙いや展望を聞きました。

高い温度感でアウトプットできる人材

-育成を目指す人物像として「モノをつくる力で、コトを起こす人。」を掲げた理由を教えて下さい。
 (米スペースXやテスラを創業した)イーロン・マスク氏ら世界のリーダーは、その人自身がモノを作れる人が多い印象があります。一方、日本はモノづくり国家といいながら、モノが作れて起業する人や起業する人でモノが作れる人はなかなかいません。(起業家として)ビジョンが語れても実物を外注すると温度感が下がってしまいます。そのため、モノを作る力やビジョンを語る力を持ち、高い温度感でアウトプットできる人材が必要だと考えました。

-そうした人物を育成する枠組みとして、高専が最適と考えられたのですか。
 高専は5年制です。最初の1年で基礎が固まって3年生からは専門科目を学び、高いレベルで自分の好きなことに打ち込めます。ITなどの(先進的な)分野は若い時から専門的なことを学んだ方が良いと思います。その意味で(高専は)我々が目指す人材像の育成にフィットすると考えています。

-起業家に必要な要素は。
 気付く力と深く興味を持つ力だと考えています。例えば、これまで私が一緒に仕事をしたZOZO創業者の前澤友作さんは非常に細かいことにすぐ気付きます。そして興味を持ったことに対して、すぐになんとかしたいという強い思いを持ち、行動します。

22年8月にサマースクールを開催した(神山まるごと高専提供)

-神山まるごと高専ではそうした素養をどのように育てますか。
 今まで見たことがない景色を見せたり、人に会ってもらったりして、知らない情報に触れさせることが非常に重要だと考えています。今はインターネットで世界中の多様な情報が得られますが、オフラインで得る知識は大きいでしょう。その提供方法の一つが「起業家講師」。第一線で活躍する経営者やエンジニアなどに毎週来てもらい、学生と交流してもらいます。

ー起業家講師としては、南場智子ディー・エヌ・エー会長や福澤知浩SkyDrive社長など、名だたる起業家が多く参加していますね。
 企業側の視点に立ったとき、現在の教育に危機感を感じている方がそれだけ多いということだと思います。

ー現在の教育に対して大蔵さんが感じている課題はありますか。
 (一つは)実質的な中身のある産学連携があまりないように感じます。先生と企業による研究開発がほとんどで、そこに学生が参加していません。それは問題だと思います。

プロジェクトをなんとかしたい

-学校長にはSansanの寺田社長ら発起人から声かけがあり、就任したと伺いました。なぜ引き受けたのですか。
 しっかりした高専の卒業生を送り出したい思いからです。元々、教育に興味があったわけではなく、関わるとも思っていなかった中で、最初は“ノリ”で(準備委員会に)参加しました。その中で、発起人らの構想は自分で道を切り開く力(を養成する)といった精神論が重視されていました。もちろんそれは必要ですが、学校教育とはかけ離れていると感じました。仮にその内容で開校した場合、他の高専生からは本来の高専と認められず、卒業生がかわいそうだと感じました。そこで、自分が関わることでよい方向に進められるならと考えました。学校長になるというより、そのプロジェクトをなんとかしたいという気持ちが強かったです。

-学校長就任からこれまでで最も大変だったことは。
 文部科学省の設置認可取得です。半年くらいかけて準備して一度の申請で認められました。後から聞いた話ですが、我々が構想する規模や内容の学校について一度での認可取得は珍しいようです。

-その難関をなぜ乗り越えられたのでしょうか。
 …気合いでしょうか(笑)。

-その気合いが入ったのはなぜですか。最初は「ノリ」で参加したという言葉もありましたが、学校作りに対する思い入れが変わっていったのでしょうか。
 学校作りへの思い入れが強くなっていたかと言われると、必ずしもそうではありません。多くの人が関わる一つのプロジェクトを引き受けたという責任感がそうさせたのだろうと思います。

授業のモデルをフィードバック

-カリキュラム作りで特に意識したことは。
 カリキュラムは情報工学をメーンに、デザインやアントレプレナーシップ(の学習)などを組み込んでいます。何か一つを深く追求するよりも、広く多様なことを理解し、判断する知識やスキルを身に付けてもらうイメージで作成しています。(判断する知識やスキルとは)例えば、空飛ぶタクシーを作りたいと思ったときに、エンジニアリングの視点で実現への課題や、巨大な資本を投入しないとマジョリティーは取れないといった難しさを見通して、(取り組むか否かなどを)判断できる力を養ってほしいです。

-開校が4月に迫っていますが、現状は。
 校舎の建築は順調に進んでおり、絵に描いた餅だった学校が現実に提供する形が見えてきました。入試は1月末頃に終えるので、ようやく主人公である学生が参加する段階に入ります。

校舎イメージ(神山まるごと高専提供)

-神山まるごと高専の運営を通して実現したいことは。
 将来、活躍している人材の元をたどると神山まるごと高専の出身だったという状況が作れたら大成功ですね。私個人としては、我々が作ったカリキュラムは今までにないものになると思うので、授業のモデルができてそれが外部の方々からよいものと判断され、既存の高専にフィードバックしたい、という野望があります。神山まるごと高専は毎年40人の卒業生しか輩出できませんが、高専全体では毎年1万人が卒業するので、(フィードバックできれば社会に)インパクトを出せると考えています。

-そうした未来に向けて学校長としての最大の役割をどのように認識されていますか。
 教育機関は基本的に永続するものですから、誰かがいなければ成立しないといった属人的な運営にならない仕組みを作らなければいけません。私の一番の役割はそれでしょう。

神山まるごと高専提供

-大蔵さんはZOZO NEXTの取締役も兼務しています。学校長と二つの仕事をどのように両立されているのですか。
 …気合いですかね(笑)。日中はZOZO NEXT、夜は学校の仕事のイメージです。教員にもよく話しますが、学生にとって最も身近な大人である教員が仕事を楽しんでいなければ、そうした大人になりたいと思いません。だから私も学外でいろいろな楽しい仕事をして、学校には週に1度程度だけ来て、その背中を見せられればよいと思っています。

-では、大蔵さんが今楽しまれている仕事は。
 自社で運営する倉庫のロボットによる自動化(の実現)です。私はロボットが作りたくて高専に入学し、大学にも進学しました。その後、諸般の事情でソフトウェア関連が本業になりましたが、ようやく今、あの頃に取り組みたかったことに、存分に取り組んでいます。

【略歴】おおくら・みねき 97年福井工業高専卒業後、福井大に編入。同大院博士後期修了。05年スタートトゥデイ(現ZOZO)入社、11年取締役。18年ZOZOテクノロジーズ(現ZOZO NEXT)取締役。46歳。
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
「学校の外でいろいろな楽しい仕事をして、そうした大人の背中を学生に見せたい」。この言葉からにじみ出る大蔵校長が持つ学びの場作りのイメージに、二人の子を持つ親としてとても共感しました。大蔵さんが現場の指揮を執る神山まるごと高専がどのような人材を輩出するか注目したいです。

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