国産初「新型コロナ飲み薬」で初適用、緊急承認制度に残された課題
国産初の新型コロナウイルスの飲み薬が誕生する。塩野義製薬の「ゾコーバ」について、厚生労働省は審議会の合同部会の了承を経て、薬事販売を承認した。5月に創設された緊急承認制度の初適用となる。日本で承認を受けたことで海外でのゾコーバの実用化も加速するものとみられる。一方、同制度の運用は、社会的要請をどこまで判断基準にしていくかなど不透明な点もあり、今後に課題を残す。(幕井梅芳、編集委員・安藤光恵、藤木信穂)
「ゾコーバ」緊急承認制度初適用
ゾコーバは細胞内に入ったウイルスの増殖を抑える。軽症、中等症患者向けで服用が感染初期に1日1回(5日間)と使いやすく、医療機関や患者の負担を軽減できると期待される。12月初めにも医療現場で使えるようになる見込み。カネカは24日、ゾコーバに向けに中間体を製造・供給すると発表した。
ゾコーバをめぐっては、塩野義製薬が中間段階での臨床試験(治験)の結果を基に、緊急承認制度の適用を目指した。7月の厚労省の審議会では、有効性に関するデータの信頼度は高くないと判断され「継続審議」となった。その後9月に塩野義は、最終段階の速報値の治験で、鼻水やのどの痛み、せき、発熱、倦怠(けんたい)感といったオミクロン株に特徴的とされる症状に絞って解析し、五つの症状が消えるまでの期間を短縮する効果を確認したと発表した。
早期承認の道筋つくる
22日の薬事・食品衛生審議会(厚労相の諮問機関)の合同部会の審議では、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の報告書で「有効性を有するに足る」と評価された。委員からは「すでに承認されている飲み薬があり、代替手段はある」といった慎重意見はあったものの、最終的に賛成多数で承認された。
緊急承認制度は、感染症のパンデミック(世界的な大流行)などの緊急事におけるワクチンや治療薬の迅速な実用化を目指す。中間段階の治験でも安全性が確保され、有効性が推定されれば使用が認められる。5月に導入され、今回初めて適用された。
緊急承認制度による第1号が誕生することで、国産の医薬品が早期に薬事承認される道筋ができることになる。加藤勝信厚労相も「新たな治療の選択肢の一つで、しかも国産ということで期待している」とし、歓迎する。
一方、緊急承認制度の課題が浮き彫りになった。同制度をどう運用していくかが不透明なままだ。22日の審議でも、「オミクロン株に特徴的な五つの症状に改善効果がある」として、データに基づく薬事審査のみが重視された。半面、社会的要請に関する議論はほとんどなく、踏み込み不足の印象は払拭できない。「緊急」をうたう以上は、純粋な薬事効果だけでなく、社会的なニーズも勘案すべきとの指摘があり、ある専門家は「通常の医薬品審査と同様に、欠点を指摘する減点方式で進められた。あえて制度をつくった意義が感じられない」と話す。
年1000万人分、117カ国に提供
塩野義製薬にとって念願の承認取得となった。感染症領域の専門メーカーという自負から、24日に承認申請したワクチンとの両輪体制で進めてきた新型コロナ感染症関連に大規模な研究開発投資が結実した。同社の手代木功社長は24日に都内で開いた会見で「これはゴールではなく、まだスタートライン。『育薬』に向け真摯(しんし)に有効性と安全性のデータを収集したい」と意気込んだ。
ゾコーバは2月に条件付き早期承認制度の利用を目指したが、5月に緊急承認申請へ切り替え。7月に承認が見送られた後も早期承認への望みを捨てず臨床試験を続け、承認取得に漕ぎつけた。さらに同社は緊急承認申請にあたり「試験管内試験で複数の変異株で抗ウイルス効果を確認しており、今後の変異株にも効果が期待できる」と自信をみせる。
今後は世界規模での供給体制の構築を進める。承認に先行し21年12月から生産を始めている。今後、年間1000万人分の供給に向けて生産拡大を進めるとともに中国や米国での製造も計画している。手代木社長は「高品質な医薬品製造には設備だけでなく高レベルのオペレーターも必要」と人材育成にも余念がない。
海外での実用化も日本での承認を受けて加速するとみられる。韓国は9月にサブライセンス契約を結んだ現地大手製薬会社イルドン・ファーマシューティカルが当局と承認申請の協議中。中国でも現地合弁会社の平安塩野義が承認申請に向け資料提出を始めている。欧米各国の当局とも協議中で、日本での承認が追い風になると期待する。低中所得国向けには現地後発薬メーカーの製造実現に向け医薬品特許プールとのライセンス契約を結んでおり世界117カ国に提供を計画している。
ただ当面、利用は限定的になりそうだ。妊婦や妊娠の可能性がある女性には投与できず、高血圧や高脂血症などの治療薬など併用できない医薬品が36種類ある。主な投与対象は重症化リスクが少なく他の疾患のない患者の見込みで、医療現場の評価が分かれる中で需要獲得が課題となる。
さらに、承認期限の1年以内に今回認められた有効性の「推定」が「確認」になるデータで正式承認を得る必要がある。手代木社長は「ゾコーバは抗ウイルス薬なのでウイルス量の低下が最も重要」と力説。一方で症状への効果が求められていることを踏まえ「ウイルス量低下に伴い、症状にどのような利点が出るか検証していく」とした。この方針で服用の意義を示すことで正式承認と需要獲得への道が開ける。
第1号誕生は大きな一歩
緊急承認制度は国産のコロナワクチン開発の遅れを受けて創設された。治験が進みにくい日本において、「日本の実態を十分理解した上での検討だった」と日本製薬工業協会の岡田安史会長は制度化以前から評価してきた。
第1号の誕生は業界にとって大きな一歩になる。海外の規制当局の許認可に依存せず、日本が独自に新薬を承認できるようになったことは大きい。現在日本で使われているコロナ治療薬は海外で使用が認められた薬を国内で「特例承認」したものだが、国産の薬はその対象外だった。
緊急承認制度に対する企業の期待は大きい。ただ、どこまでの治験データを基に、安全性の確認と有効性の推定を行うのかについて、明確な基準がないという問題を指摘する声がある。基準があいまいであれば、企業にとっては使いづらい制度となりかねない。
実際、コロナの不活化ワクチンを開発中のKMバイオロジクス(熊本市北区)は緊急承認制度を使い、第2/3相試験の結果で9月中に申請する予定だった。しかし、ここに来て第3相試験のデータも求められたため、それならば「(通常と変わらないため)緊急承認制度を活用する可能性は低い」(同社)という。
医事法に詳しい早稲田大学の甲斐克則教授は、同制度を高く評価した上で「今後はどう運用していくかが重要。感染症対策で日本がこれ以上海外に遅れをとることがあってはならない」と話す。