物流2024年問題、DXで“カイゼン”できるか
物流業界が変革を迫られている。2024年4月に施行される働き方改革関連法により、時間外労働時間の上限が年間960時間に制限される。勘や経験に頼る属人的な業務の改革が求められるが、打ち手に欠ける上に人手不足の解消も難しい。「2024年問題」が間近に迫る中、業界課題の解決に向けてベンチャー企業が名乗りを上げる。(名古屋・永原尚大、編集委員・小川淳、南東京支局長・六笠友和、伊藤快)
ドライバー不足深刻化
11月某日。愛知県豊田市にある自動車部品メーカーの工場にやってきたのは、鋼材をロール状に丸めたコイル材が載る1台のトラック。指定された建屋の前で止まり、手慣れた様子で荷下ろし作業が進む―。当たり前の光景に思える物流の現場だが、細かな取り決めや属人的な業務の積み重ねで成り立っている。
「荷物の取り扱いや荷下ろしなど細かい納入手順が配送先ごとに異なる」。鋼材などの輸送を手がける岩田運輸(名古屋市中区)の岩田昌典社長は説明する。倉庫のシャッターを閉めてから出発するなどささいな業務の連続だが「手順が守れていないとドライバーが出入り禁止になることもある」(岩田社長)。配送先とドライバーのひも付きが固定化されるため、配車計画を狂わせたり、他のドライバーに任せる障壁になったりする。数多くのルールが配送先ごとにあるため、マニュアル化も苦戦するという。
「荷積みで数時間待ちはよくあること」と語るのは、BツーB(企業間)輸送が専門のミライノ(愛知県清須市)の橋本憲佳社長。製品不良の発生や他のトラックの積み込み待ちにより、物流センターで長時間の待機を余儀なくされる。国土交通省も長時間労働の要因の一つとして荷待ちを挙げるが「荷主が物流にコストをかけにくい背景もあるだろう」とミライノの山田元気取締役は説明する。
ドライバーの人手不足も深刻化する。有効求人倍率は2倍近くあり、募集しても集まらない状態だ。中小企業にとっては「入社してからの定着率を上げるしかない」(岩田社長)。賃上げするための運賃値上げも手段の一つだが「競合が多い過当競争な市場では値上げは難しい」(同)と肩を落とす。指定した時間に指定した場所に運ぶ物流では、付加価値を付けることも難しい。
ラストワンマイルに焦点
多くの物流会社にとって、生産性を高めドライバーの働き方の“カイゼン”を実現することが、重要課題となっている。カギを握るのはデジタル変革(DX)。しかし物流会社はその知見に乏しい。こうした中で存在感を高めるのが、デジタル技術を得意とするベンチャー企業だ。
オプティマインド(名古屋市中区、松下健社長)は配送拠点から消費者が手に取るまでの配送「ラストワンマイル」に焦点を当てた。人工知能(AI)で配送ルートの計画策定を最適化するシステム「ルージア」を使うと「ベテラン配車担当者が2時間かけて組み立てていた計画を数分で作れる」(松下社長)。自前の配送網を持つ卸やメーカーなどの荷主を中心に約100社に提供し、トヨタ自動車や三菱商事などからも出資を受けている。
ラストワンマイルをめぐりYper(イーパー、東京都品川区、内山智晴社長)は、ロボットを活用した効率化に取り組んでいる。同社が開発を進める配送ロボット「ロンビー」は、遠隔操作によって、現場に人がいなくても物の運搬を可能にする。内山社長はロンビーの導入により「これまで業界への参入が難しかった女性や高齢者、障がい者の雇用も実現できる」という。ロンビーは23年4月の道路交通法改正を見据えて、公道での走行実験も重ねている。
一方、Hacobu(ハコブ、東京都港区、佐々木太郎社長)は、企業間物流の効率化を支援するSaaS(サービスとしてのソフトウエア)を展開する。主力は、物流施設向けの「ムーボ・バース」でトラックのオンライン予約に対応する。入出荷作業を円滑化したり、待機時間を低減したりできるようにする。利用施設は1万カ所にのぼる。最近では物流DXのコンサルティング事業を積極化する。「戦略立案からシステム導入、現場での改善まで一気通貫で対応できるのが強み」(同社)とアピールする。
中小・零細、個人の運送事業者にも事業機会をもたらそうとするのが、ハコベル(東京都品川区、狭間健志社長)だ。物流業界は9割超の運送会社が中小規模事業者とされる。経営資源の制約などからアナログ的で非効率な業務が根強く残る。低調な運賃水準や燃料高などもあり「業界の収益性は課題」(狭間社長)だ。運送業界でウェブによるマッチングモデルを構築し、荷主と運送会社を仲介する。同社サービスで、中小・個人の運送事業者が大企業とも直接つながる。マッチング数は、事業開始から6年経過した21年末に52万件を超えた。
働き方改革関連法、24年4月から適用
物流業界が抱える主な課題の一つは慢性的な人手不足だ。厚生労働省によるとトラックドライバーの年間所得額は全産業平均と比較し、大型で約5%、中小型で約12%それぞれ低いという。また、年間労働時間も全産業平均との比較で、大型・中小型とも約1、2割長い。こうした状況が人手不足に拍車をかける。
一方で、コロナ禍に伴う「巣ごもり需要」の増大により、宅配便の取扱件数は急拡大。国土交通省の調査では21年度の宅配便取り扱い個数は7年連続で過去最多を更新し、前年度比2・4%増の49億5000万個と50億個の大台に近づく。物流業界では物流量の増大で外部委託費が膨らんだ結果、「営業減益の要因になっている」(宅配便大手)。
さらに、長時間労働を是正する働き方改革関連法が24年4月から適用され、トラックドライバーの年間時間外労働が960時間に制限される。労働環境を改善する試みだが、物流・運送企業やドライバーの収入減や離職につながる懸念もある。
物流業界の置かれた状況は厳しく、現状の物流サービスを維持できなくなる恐れがある。国交省では物流のDXや機械・自動化などを推進することで、業界全体の効率化を推進する施策を進める。また、働き方改革だけでなく、荷主側に有利な商習慣の見直しや運賃の改善なども推進する。
物流業界もDXの推進や共同輸配送、再配達の削減などに向け、各社設備投資を急ぐ。ただ、こうした一連の動きも適切な運賃や法令順守など荷主側の理解が不可欠。物流の危機を直視し、物流業界と荷主側双方が歩み寄る必要がある。