大学のベンチャーキャピタルだからこそできる人材育成とは?
大学発ベンチャー(VB)の育成・投資をする大学関連ベンチャーキャピタル(VC)で、人材面の多様な支援が出てきている。ファンドに有限責任組合員(LP)出資する事業会社はVCに中堅社員を出向させ、自社・VBの協業推進とVB投資人材の育成の両方を狙う。離職女性をVBスタッフとして研修し送り出す取り組みもある。技術が要となる大学発VBは、通常のVBよりVCが深く支援に関わるケースが多く、広がりが注目されそうだ。(編集委員・山本佳世子)
東京工業大学のVC、みらい創造機構(東京都渋谷区、岡田祐之社長)は今、メーカーなど大企業の中堅社員を1年間などで4人の出向を受け入れている。2017年から累計11人、エンジニアが多いが営業担当者もいる。デンソーは定番化しており5人目だ。アステラス製薬はみらい創造、東工大の3者連携で、東工大研究者向けに医工学シーズの探索・育成プログラムも動かす。「業界内、社内しか知らない中堅にとって、視野が広がる大きな機会だ」と出向者の1人はコメントする。
大企業の目的の一つは自社と、VCの投資先VBとの協業だ。みらい創造は材料やロボット、半導体などディープテックVBへの投資が多い。創薬などと異なりサプライチェーンが長く、多様な連携が力になる。VB側からすると、敷居の高い大企業で投資担当者でなく、協業に適した技術担当者との面談が、出向者の仲介で気軽になされる魅力がある。
もう一つはVCでの大学シーズ探しや投資業務を通じて、自社内に新事業創出やVB投資にたけたリーダーを育成することだ。他社の出向者との横連携も財産になる。みらい創造は東工大VCだけに、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)経験者などが多い。金融出身が中心のVCとは違う雰囲気がプラスに効く。
「大企業のオープンイノベーション経験は一巡している」と岡田社長は、明らかになった共通の悩みを説明する。新事業は大企業にとって市場が小さ過ぎる。品質など大企業の顧客満足度まで到達しにくい。案件を推進すべき事業部が多忙で手が回らない―などだ。しかしVB発のイノベーション創出を実現するには、大企業の営業網や人材などの資産の活用が力になる。「双方に欠けるピースを組み合わすなど、我々が役割を果たせる」と考えている。
東京大学のVC、東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC、同文京区、大泉克彦社長)は、人材紹介会社のワリス(同千代田区)と、キャリアブランクのある離職女性向けの研修・紹介「東大IPCキャリアスクール」を始めた。多様な仕事をこなせるVBスタッフとして送り込むのが目的で、研修後は東大関連VBとミートアップイベントを開催。22年1―3月の1期生では、イベント参加の18人中15人と8割が就業した。
また、「大学発VBでニーズが高いのはエンジニア。当社はやや距離があるため工夫がいる」と頭をひねるのは東大IPCの水本尚宏パートナーだ。注目するのは出資先VBの一つ、「SIGNATE」(東京都千代田区)だ。同社のデータ分析コンペティションは人気が高い。延べ7万人強のエンジニアが参加しており、大学発VBへの転職を促す仕組みと組み合わせられないか思案している。