ニュースイッチ

量子コンピューターで火花、海外勢ロードマップと日本の開発動向

海外勢ロードマップ

海外では大手を中心に量子コンピューターの開発を巡るつば競り合いに拍車が掛かっている。数年前までは数十量子ビットを巡る攻防だったが、米IBMや米グーグルなどの大手が意欲的なロードマップ(工程表)を相次ぎ公表し、新展開の様相。量子コンピューターの開発競争は10-20年先を見据えた長期戦だが、利活用に向けては「機が熟してから参入できるほど甘くはない」と研究者らは口をそろえる。長期戦に向けて、基礎研究から実証実験、人材育成までいま何をすべきかが問われている。(編集委員・斉藤実)

各社のロードマップをみると、現時点は「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum device)」と呼ぶ、ノイズによるエラーが生じる中小規模の量子コンピューターが中心。ここ2-3年で「数百-1000量子ビット超」が射程に入る状況だ。
  これを5-10年かけて、量子ビット数を数万個に増やし、エラー訂正機能を実装した量子コンピューターを実用化するのが当面の目標。米グーグルは2029年に100万量子ビットの達成を目標に掲げている。

量子コンピューター(ハードウエア)や基盤ソフトといった道具建ての提供ではITベンダーによる「作る力」が問われるが、用途展開に向けて「使う力」は産業界などユーザー側に追うところが大きい。悩ましいのは量子コンピュターは技術革新の真っ只中にあり、「作る」と「使う」が同時進行で動いていることだ。
 こうしたなか、ロードマップを前倒しながら、ビジネスに役立つ量子アプリケーションをいち早く見いだせるか否かが焦点となっている。カギとなるのは市場ニーズであり、金融や自動車、化学などユーザー企業の力がモノを言う。日本の産業界にとっては力を生かすチャンスでもあり、材料開発や創薬、自動車、物流などの先進企業はすでに量子研究が動き出している。

ハードウエア

ハードウエアの観点で注目されるのはIBMが打ち出した最新ロードマップで、25年に4000量子ビットに照準を合わせている。IBMは22年に433量子ビット、23年に1121量子ビットの計画を公表済みだが、25年の4000量子ビットは意欲的な目標といえる。

もとより、量子コンピューターの技術革新は目覚ましく、制御方式(量子プロセッサーに外部から信号を与えて量子状態を制御する方式)は多様化している。IBMやグーグルなどが採用する超電導方式のほか、常温でも稼働するイオントラップ方式や光で制御するフォトニクス方式、冷却原子を用いる方式などが群雄割拠する。
 これらは大きな分類では「量子ゲート方式」と呼ばれるが、それとは別に、カナダのディーウエーブ・システムズが実用化で先陣を切った「量子アニーリング方式」も有望だ。同社の最新機種「Advantage(アドバンテージ)」は量子ビットの数が5000個超(前機種の約2倍)に増え、量子ビット間の結合形態(トポロジー)なども強化されている。

このほか、米マイクロソフトが開発中の「トポロジカル方式」も注目されている。ただ、それぞれ一長一短があり、どれが本命になるかはまだ見えていない。

野村総研の資料より

ソフトウエア

「量子計算はハードウエアだけでは成り立たず、量子アルゴリズム(量子力学の原理を用いて問題を解く方法)やアプリの整備が必要」(藤吉栄二野村総合研究所上席研究員)。グローバルでみると、量子ソフトウエアについては大学発のスタートアップの台頭が目立つ。数十億円規模の資金調達に成功する企業もあるが、大手が買収するといった状況も見受けられる。

長期戦では有能な人材を獲得するとともに、いかに資金を継続的に獲得できるかが決め手となる。海外では社内に研究チームを発足する動きが大手企業を中心に増えている。PモルガンチェースはIBMの研究者をスカウト、ゴールドマンサックスはリゲティの研究者をスカウトした。ビジネスに適用できるアルゴリズムの研究はもとより、ユースケース(利用例)の開拓では新技術に敏感なアーリーアダプター(初期採用層)企業の動向が注目される。

国内の開発動向

日本は大学が中心となって産官学での取り組みが動き始めたところ。東京大学や大阪大学、理化学研究所は国産量子コンピューターの開発を進める。
 産業界主導の取り組みでは、トヨタ自動車や東芝、NTTなど24社が設立した「量子技術による新産業創出協議会(QーSTAR)」が業種横断で活動を始めている。
 QーSTARが目指すのは量子技術を利用した新産業の創出。産業界の力を結集して量子技術の実用化や社会実装を加速し、先端領域でわが国が再び世界に打って出るための国家戦略が根底にある。21年に任意団体から一般社団法人へと衣替し、現在は59法人が参画している。

このほか、産業界では富士通やNEC、東芝、日立製作所らが既存の半導体技術を活用した疑似量子コンピューティングで先陣争いを展開中だ。疑似量子コンピューティングは「量子インスパイアード」とも呼ばれ、量子コンピューティング時代への向かう前哨戦として、各社がしのぎを削っている。

量子技術を巡っては海外では欧米や中国勢が覇権争いで火花を散らし、巨額な研究費用を投じる中で、巨額な投資マネーが流れ込んでいる。米ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の調査によると、量子コンピューターの研究開発に流入したエクイティ投資(株式取得と引き受けを伴う投資)は急増している。過去10年間でみると「投資総額の約3分の2が18年以降に実行された」(BCG)ことが分かる、20年実績の内訳としては、大半を占める5億2900万ドルがハードウエア開発向けだった。

BCGの資料より抜粋

量子技術は量子コンピューターや量子暗号化、量子通信、量子計測・センシング、量子マテリアルなどの研究テーマがあり、それぞれに目指すべきゴールがある。量子暗号・通信は国家安全保障の根幹にもかかわり、技術流出を防ぐための知財管理の枠組みも不可欠だ。

【ウェビナー開催のお知らせ】
『量子技術の圧倒的な進化がもたらす未来。ビジネスパーソンが今できることとは?』

2022/9/9(金) 14:00 ~ 15:30 オンライン配信
<<お申込みはこちら>>
参加料:¥19,800(税込)
申し込み締切:2022年9月8日(木)12:00
【アーカイブ配信】
 本セミナーの参加申込者は、ウェビナー終了後、アーカイブ配信をご覧いただけます。
 視聴可能期間:2022年9月9日(金)16:00~9月16日(金)17:00(配信開始時間は多少前後する場合がございます)
 アーカイブ配信の視聴方法は、9月9日(金)16:00頃、メールにてご案内いたします。

講演者紹介

 寺部 雅能(てらべ まさよし)氏
住友商事 Quantum Transformation (QX) プロジェクト Technology Director
東北大学大学院 情報科学研究科 特任准教授(客員)

社会とテクノロジーの交差点に立ち、新たな価値の創出に挑戦し続ける元エンジニア・研究者の商社マン。
量子コンピューティングの社会実装分野で数多くの世界初実証、知財創出、論文出版、海外スタートアップ出資や国際会議での基調講演、招待講演等の実績を持つ。著書「量子コンピュータが変える未来」他。

特集・連載情報

量子コンピューターの現在、作り出す未来
量子コンピューターの現在、作り出す未来
一部で商用化が始まっている量子コンピューター。期待される高速計算は従来の科学技術とは異なり、指数関数的に成長していきます。社会への実装が進めば、市場プレーヤーが入れ替わるインパクトがあります。量子コンピューターの基礎知識から、開発動向、社会実装や期待される未来まで網羅します。

編集部のおすすめ